第13話 ギクシャク
さて、これでまずまず打ち解けたし、一応はお互いの自己紹介も無事に終わった――と思っていたのだが、アイリスの様子が少々おかしい。
何か言いたいことがあるのか、再びもじもじとし始めたのだ。
「それで、その……」
「ん? どうした?」
(なんじゃ、妙な娘じゃなあ。言いたいことがあれば言えばよかろう)
「い、いえ。何でもありません、ごめんなさい!」
手を忙しなくぱたぱたと動かし、明らかに動揺しているアイリス。
あれを見て「そうなんだ、何でもないんだね」と思うやつはいないとは思うけど、まあ初対面だしな。あのくらいの女の子にはきっと色々あるのだろう。
「うんうん、相性もバッチリみたいですねっ! それではこちらの受領証を――あ、その前に」
ぱちんと両手で良い音を鳴らした受付嬢は、くるりと振り返ると壁際にあった収納の引き出しを開け、1枚の紙を取り出した。
「はい、こちらのパーティー登録証に皆さんの名前をご記入ください! そうだ、皆さんは字を書けますか? 代筆もできますよ?」
彼女は羽ペンを握り、しゃかしゃかと空中で文字を書く手振りをしている。
「いや、俺は大丈夫」
「同じく」
「私も。書ける」
「……あ、そうですか……。では、はい、どうぞ」
俺は露骨に残念そうな顔を浮かべる受付嬢から羽ペンを受け取り、カウンターの上に置かれたパーティー登録証と向き合った。
そこにはリーダー1名とサブリーダー、そしてメンバーの記入欄があるだけ。
俺が以前申請した臨時登録証とは違って、だいぶ簡素なフォーマットに見える。
さて。どうしたものか――
「ほらちゃちゃっと書いて、リーダー」
「リーダー、遅い」
(こやつが先導者とは。世も末よの)
何だか知らないけど、いつの間にか俺がリーダーになっていた。
ペンを握ったまま、首だけ振り返って二人の方へと視線を向ける。
「いやいや、勝手に決めんなよっ」
「えー? でも俺はジール君についていくだけだし」
「できると、思う?」
肩をすくめるトラックスと、自分を指さし適切な判断を促してくるプリム。
正直、誰かの上に立つなんてガラではないけど、これも経験か。
俺は視線を戻すと、『リーダー』の欄に手早く自分の名前(仮名)を記載した。
そして、押し付けるようしてトラックスへとペンを渡す。
「それで、今回の依頼についての詳細なんですが――」
まだ全員書き終わっていないのに、受付嬢はどんどん話を進めていく。
こういうのはリーダーさえちゃんと聞いてれば問題ない、というスタンスなのだろう。
俺たちの後に並んでるパーティーもいるしな。
「――あ、ちょっと待ってください」
ただ、こまごまとした説明が始まる前に、ちょっとやりたいことがあった。
まあ、シャレみたいなもんだ。あと、仲間はずれにすると拗ねるしな。
受付嬢の話を手で制した俺は、かりかりと自分の名前を記入中だった魔法使いの少女へと声をかける。
「プリム、書き終わったら俺にもう一回貸して」
俺は受け取った羽ペンを握り、ある女の名前を書く。
――綴りは分かんねーから適当だ、勘弁しろよ。
……あと、文句言われても取り消しはしてやんねーからな、覚悟しとけ。
*
「ってことで、明日の朝の鐘が鳴ったら北門の前で」
「わかった。まかせて」
「はいよー。そんじゃリーダー、アイリスさんのことは頼んだよー」
俺たちは軽い打ち合わせを経て、手分けをして明日からの旅路を想定した準備に取り掛かることになった。
それぞれ手を振りながら別方向へと足を向ける二人によろしくな、と手を挙げて応え、「さて」と一息。
二人を見送った俺も自分の担当――野営用のギアを購入するため雑貨屋の方へと向かうことにする。
俺は「えーと、確かあっちだったかな」と不要な独り言をつぶやきつつ、一歩目を踏み出した。
「……」
「……」
雑貨屋に続く石畳の上を、ゆっくりと歩いていく。
「……」
「……」
時間はそろそろ夕方に差し掛かろうとしてた。夕飯の準備もあちこちで始まっているようだ。サンダリア特産の黒ハーブの香りがそこかしこから漂ってくる。
「……」
「……」
今日で見納めとなるサンダリアの夕暮れを楽しみながら歩く俺。
左後方にちらりと視線をやる。
護衛対象の少女、アイリスは少し離れた後からトコトコと、浅葱色の髪を揺らしながら付いてきていた。
「っていうかさ。なんで俺なんだよ」
(お主が先導者だからじゃろ)
なんだか急に居たたまれなくなった俺は、何の気なしに『ふたりごと』を始める。
どうせ距離も離れてるし、色々忙しい時間だし俺を見てる暇人なんていないだろう。
「いや別に関係なくない? こういうのはプリムの方が良いと思ったんだけど」
(糸目娘はどちらかといえば庇護される方じゃろ)
「じゃあトラックスとか」
(あのような不潔な大男、論外じゃ)
俺だけではなく、あの二人の評価も割と辛辣なダリアだった。
それにしても――
もう一度、アイリスの方を見る。
ちゃんと付いて来ているかの確認という意味もあるけど……
どうしたんだろう。ギルドの中ではあんなに自然な笑顔を見せていたのに、今は完全に緊張、というか不安と脅えが混ざり合ったような表情だ。
――やっぱり、俺、怖いのかな。
(……何をしておるんじゃ、お主は)
おもむろに前方へと移動してきたダリアの呆れたような声。
ぐにぐにと眉間にできた皺を揉み解す俺を怪訝な表情で見ている。
「うるせえなあ」
(今さら指でほぐした程度ではその皺は取れんじゃろ。無駄な努力よのう)
言われなくてもわかってるわい。でもほら、年下の女の子に「あの人、顔こわーい」とか思われたくないだろ。もう手遅れかもしれないけど。
「……っていうかお前、帰りに言ってたサンダリアに何か感じるとかいう話はどうなったんだよ」
(ああ、あれか)
『ダリアをどうするか問題』は依然として俺の中の『要解決問題リスト』で常時トップ5に入り続けている難題だ。
色々あってすっかり忘れていたけど、解決できるヒントがあるならそれを見逃す手はない。
(感じておるぞ。今でも、ビンビンにな)
「ビンビンって」
(む、ビシバシのほうが良かったか?)
「どっちでもいいわ」
いや、本当にどうでも良いことなんだけど、こいつって擬音のセンスないよなあ。いちいち古風って言うか。
(しかも先ほどから、どんどん強くなってきておる!)
「あー、もしかして、そろそろ消える合図とか?」
(……なんじゃお主。本当に、儂に消えてほしいのか?)
いつもの軽口のつもりだったが、予想外の真面目な返答に、思わず言葉が詰まる。
あれ? 俺って、一体こいつをどうしたいんだ?
消えてほしい? このままでいてほしい? それとも、他の何か?
改めて問われると、俺の答えは実にふわふわしていて、あらゆる結末が不正解に見えてきてしまう。
結局、「さあ?」と一言口に出すのが精いっぱいで、ダリアの感じていた『何か』についてはそれ以上追及することはできなかった。
*
翌朝。サンダリアの北門前。
セリア神殿の早朝を知らせる鐘が鳴る前に、俺たちは全員集まっていた。
「おお、ずいぶんと色々買ったんだねぇ」
「アイリスが色々詳しくてな。助かったよ」
へぇー。と珍しく感情のこもった相槌を打つトラックスもまた、大きな背嚢を抱えていた。
「わたしも。頑張った」
えっへん、と胸を張るプリム。
何でも良い、どうでも良いの男一人旅と違って今後はやはり色々と気を遣うところも出てくるということで、彼女には衛生品もろもろの調達をお願いしていたのだが、どうやら満足のいく結果だったらしい。
「どれどれ……ほぉー。鍋とかもあるんだねぇ」
「はい! わたし、料理が大好きで!」
俺達の準備した野営グッズを品定めしていたトラックスの言葉に、満面の笑みで応えるアイリス。
「料理。楽しみ」
「ご期待に沿えると良いんですけど」
えへへ、と少し照れながらはにかむ自然な笑顔。
よし、良い流れだ。これに乗じて俺も――
「でも、依頼人に仕事させるのはまずいかなー、なんて」
(それくらい、べつに良いじゃろ)
「あ……ええ、平気です。気にしないでください」
しかし、少女は俺から紺碧の瞳をそらし、ぽそぽそと呟くような声に変わってしまう。
多少は改善されたけど、俺だけ二人より数オーズも時間をかけたにも関わらず、このザマである。
ここまで大して会話もしていないのに、あの打ち解けようの二人と一体何が違うというのだろうか……。
「あー。えーと……じゃあ、行くか」
俺の周りだけ、空気が重い。
この場でじっとしているのが辛くなってきた俺は、とりあえずな感じで出発を宣言してみた。
――昨日生まれ変わったたばかりの新生パーティー。
その、記念すべき初クエスト。
華々しくなければならないはずの門出は、何とも締まらないリーダーの、何ともふわふわした一言によって始まってしまったのであった――。
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