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スラスト→トラスト ~最強騎士と半透明ヒロイン、嘘にまみれた世界をぶっ壊す旅に出る~  作者: 羽久間アラタ
第1章 落ちぶれ精霊騎士、旅に出る
10/24

第9話 お仕置きとトラウマ

「さあて、どうしてやるか」


 ぱちぱちと焚き木が爆ぜる音が聞こえる。

 決着がついたときにはかろうじて顔を見せていた太陽も、今では地平線の向こうへと去ってしまい、周囲は夜の闇に包まれていた。


 俺の前には膝くらいの高さの石に座り、「しゅん」としているプリムの姿。

 野暮ったくてぶかぶか気味な深緑のローブから両手だけを出してもぞもぞと動かしている。


(お、セクハラするんじゃな?)

「するかっ!」


 突然俺が怒鳴ったように見えたのだろう、プリムはびくっと体を震わせた。

 そして、少しだけ顔を上げる。


「……ごめんなさい。負けちゃった」

「どうだ。見たか」

「うん。すごかった」


 よしよし、分かればよろしいと俺は腕組みを解き、プリムの頭部へ向けて軽く握った拳を近づけていく。


「え。その」


 まあ、何も言わずに勝者が敗者の前に手を近づけてきたらそれは怖いだろう。

 でも、良いのだ。これはお仕置きなんだから。


「えいっ」


 軽く握った拳を額の上で止め、そのまま親指で人差し指を強く抑え込む。

 そして、解放――。

 次の瞬間、ばちーんと『非常に良い音』が峡谷に響き渡った。


「うがあッ!」


 女子が出してはいけない声を上げ、後ろへ吹っ飛ぶプリム。


「ははは、大げさだなあ。たかがデコピンじゃないか」

(何をどうやったらアレで人が吹っ飛ぶのじゃ……)

「みんな鍛え方が足りないんだよ」


 額を抑えて地面を転がるプリム。いや、なんかもっさりしてるな。

 転がるというより……寝返りといったほうが近いかもしれない。


 あまりの痛み――じゃなくて、あまりの罪悪感に声も上げられないのだろう、いやあ、反省しているようで何よりだな。


「あーあ、そんなに砂まみれにして。ほら、立てよプリム」

「……?」


 額を両手で抑え、涙目というより現在進行形で涙が出続けているプリムへ右手を差し出した。

 プリムは涙と脂汗と土やら泥やらでぐちゃぐちゃになった顔で不思議そうに俺の手を見ている。


「……トラックスのこと、早く出してやんなきゃ。あそこから」


 俺が投げつけた大岩によって発生した崖崩れ。それによって出来上がった、土砂の山を左手で指さす。


 最初の、そのもっと前の時点から偽りがあったとしても、俺たちはまだ正式にパーティーを解散したわけではない。

 例えどんな事情があったとしても、『仲間』であることには変わらないはずだ。(おい、お主)


 もしかしたら、いや――かなりの確率で彼の遺体は惨い状態になっていることだろう。

 だけど、だからこそ、俺たちは掘り出し、この目に焼き付けなくてはならない。(お主よ)

 自分たちがしたことで起きた重大な結果を。(何を浸っておるのじゃ、この阿呆は)

 そして、本人を前にしてきちんと謝らないといけない。彼の魂が安らかであることを祈らなけれ――ば?


「って、プリム! 待てよぉ!」


 俺が一人で浸っている間にプリムは自力で立ち上がり、スタスタと土砂の山に向かって歩いていた。

 

 そうか、俺が説教じみたメッセージやセンチメンタルなポエムを披露しなくても分かってた、ってことか……ちょっと寂しいけど、まあいいだろう。


 そうだよな、きっと俺よりも一緒にいた時間は長いだろうし。一刻も早く弔いたくなる気持ちもわかるよ、プリム。


 駆け足で追いつき、彼女の横に立つ。

 さて彼女は、トラックスに向けていったいどんな弔いの言葉を――


「――トラックスー。もーいいよー」

「……もう、いいいよ?」


 いったいこれはどういう意味があるんだろう。彼らの間だけで通じる追悼の言葉?

 もう死後の世界に行ってもいいんだよ、ってこと?

 などと考え込んでいると――


「や、山が?」


 山の一部が突然、ボコン! と盛り上がった。そして――


「引っかかったねぇっ! 最初からこれが狙いだったのさ!」


 あの山賊風の男の声と一緒に巨大な掌が俺に向かって飛んできたのである。



「あいたたた」

「す、すまんトラックス」

「もう、終わってたんならさぁ、もっと早く言ってちょうだいよぉ」


 真っ赤に腫れ、拳の跡がくっきり残った頬をさすりながらトラックスは恨み言を吐き出していた。


(ひ、ひどい顔になっておるなあ)

「ごめんなさい。楽しくて。つい」

「反射的に手が出ちまった。つい」

「つい、じゃないよ、二人してさあ。君たちが楽しーく戦ってる裏で俺はずーーっとあの暗い土の中で待ってたんだよ?」


 いやいや、突然土砂の山から俺を掴もうとする巨大な手が現れたらさ、それはもう、反射的にジャンプアッパーの一つや二つ、出てしまうよね。


 前のめりで俺を掴もうとしていた"筋力肥大"モードのトラックスをカウンターで一発K.O.したとしても俺は悪くない、そう、何も悪くないのだ。


「しかも。半裸で」

「そうだよ! "筋力肥大"使うと服がダメになっちゃうんだから! あの土がまた冷たくてさあ! 余計にこたえたよ!」


 どうやら崖から落下したトラックスは俺が降りてくるまでにいそいそと服を脱ぎ、土の中に隠れてチャンスを伺っていたらしい。


「……ああ、俺が油断したところを捕まえてトドメ、みたいな作戦だったのか」

「だってさあ、元精霊騎士の現役バリバリ相手だよ? サシでなんて勝てるわけないじゃないの」

「手、抜かれた。露骨に」

「……。いやいや、そんなことないぞ」


 二人ともいい感じで俺を追い詰めてたと思うけどなあ。

 ほら、脇腹切られたし。2イリムくらい。あと、謎魔法で左くるぶしにちょっと火傷しちゃったし。


「……ああ、痛いなー。"筋力肥大"使ってなかったら首から上が無くなってたよー」

「わたしも。指一本じゃなかったら」


 二人でフィニッシュブローの傷跡を食らわせた本人に見せつけるようにして、いかにダメージの差があるかを遠回しに伝えてきた。


 とはいえ、一つ分からない点がある。

 確か、あの大岩を投げたとき、トラックスは通常モードだったはず。

 なのに、そのダメージが残っていそうには見えない。


「そんなことよりさ。トラックスはなんで生きてるの?」


 俺は素朴かつシンプルな疑問を口にしただけのつもりだったけど、これよく考えたら「生きてる理由がないから死ねよ」と言ってるようにも聞こえるな。


「――俺はさ。元訓練生なの」

「ええっ!」

「そんなに驚くようなことかい?」

「あ、まあ」

「脱落組がこういう仕事するのなんて別に珍しくもないでしょ」

「……あ、ああ。そうだったな。俺の同期も結構な人数が"討伐隊"行きだったと思う」


 卒業までの十年。最初は20人以上いた同期は歳を重ねるごとに一人減り、二人減り……と少しずつ脱落していき、俺の代は最終的に2人しか残らなかった。

 ただ、数年とはいえ高度な戦闘訓練を受けた人間を国が遊ばせておくわけもない。

 卒業が叶わなかった者たちには通称"討伐隊"に入隊させ、精霊騎士を補佐させたり、精霊騎士の手を煩わせるほどでもない魔物の対応をさせるのが通例だった。


「俺ね、自分で言うのもあれだけど、凄くタフなんだよ」

「あれはタフってレベルじゃないだろ」

「はは。で、それで付いた二つ名が『不死身のステインコング、トラックス』だったんだよね」

「二つ名までは行けたのか」

「うん。でも、俺には精霊の声がどうしても聞けなくてねえ」

「……そうだったのか」


 基礎体力や技能が身についた7年目以降になるといよいよ精霊とコンタクトを取るための訓練が始まる。

 そして、そこで適性がないと判定されたものは容赦なく落とされていく。

 もし、まともに意思を伝えられない半人前の状態で精霊と交信すれば、彼らを怒らせてしまう可能性もあるからだ。

 怒らせてしまった場合、精霊は高確率で『暴走』する。彼らの力は人間程度で対処できるようなものではない。

 暴走させたあとに待っているのは再起不能レベルの大怪我か、あるいは墓標に名が刻まれるか――のいずれかしか無い。

 つまり、落第させるのは厳しさからではなく、取り返しのつかない事態になることを防ぐ……という意味合いの方が強い。

 俺が訓練所にいた頃も、7年目以降に落第した訓練生に接する教官たちの態度はそれまでとはまるで別人のように優しかった記憶がある。


「じゃあ、トラックスも"討伐隊"に?」

「いや、俺はこの体でしょ? 盾にされるのが目に見えてたからさ、逃げちゃった」

「逃げちゃった、って」


 あれって半ば強制みたいなものだとばかり思ってたけど。そんなことも出来るんだな。


「で、しばらくブラブラしてたんだけど。どこで嗅ぎつけられたのか訓練所時代の先輩に捕まってさ。首根っこ掴まれて『暇してるなら手伝え』、って」

「へえ。随分と怖そうな先輩だなあ」

「そんで、今いる治安維持局に入れられた、ってわけ」

「今度は逃げなかったのか?」

「無理無理無理無理! 逃げようとしたら殺されちゃうよぉ」


 トラックスはその"先輩"のことを思い出したのか、突然頭をブンブンと振り、怯えたような声を出した。


 短い付き合いではあるけど、ここまで見てる限りはいつもマイペースで泰然自若としていた男をここまで怯えさせる相手って誰なんだろう。


 一瞬だけ、強烈な心当たりのある人物の顔が頭に浮かんだ。

 それだけで胃に汗をかいてしまいそうな苛烈で熾烈で強烈な例の女性ひと

 ……いや、まさか。まさかな。


「あのさ、もしかして、なんだけども」


 すっかり縮こまり、捨てられた子犬のように震えるトラックスに心当たりの確認だけしてみる。


「その"先輩"って……」

「シェリーさんだよぉ。今はウチの局長やってるけど」

「っ!」


 俺の全身に戦慄が走った。

 慌てて立ち上がり、周囲を確認――


「あー、ジール君、大丈夫だって。ここに局長は来てないから!」

「本当……?」


 気を抜いてはならない。あの人は、教官は――こうやって俺を油断させておいてボコボコにして、満足そうに笑うんだ。「甘いなあ、小僧」と。


「やれやれ。疑り深いねえ。気持ちはわかるけどさ」

「……じゃあ、トラックスはシェリーきょうか……局長の指示でここに?」

「そうそう。ジールくんの腕が鈍っていないか確かめてこい、ってね。お陰で危うく死にかけたんだけど」


 そういえば、『殺す気で行け』と言われてたって話だったな。

 相変わらず、とんでもねえひとだ、教官は。


「あー。それであんなにガチだったのか。納得したわ」

「ごめんね。こっちも必死だったのよ」


 分かる。

 俺の人生の中で「あ、死んだ」と思ったことは何度もあるけど、そのほとんどは訓練所時代の教官、シェリー女史絡みだったんだから。


 ――と、ここで回想に飛びそうになったけど、脳みそが拒否したのでやめておく。

 人生には、笑い話にもならない、封印しておいた方が良い思い出だってあるということだ。


 なのでかわりに、耳にタコができるほど聞かされ、一字一句まで暗記してしまった副所長のありがたーい訓示を思い浮かべることにする。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

☆やブクマして頂けますと作者のやる気が100倍になる!…かもしれません。

軌道に乗ればこちらの作品も挿絵を入れていきたいと思います。

どうかよろしくお願いします!!

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