3 妹たちの査定会議②
夕飯を終え、片付けも済ませた。
妹弟たちは宿題をしたり、テレビを見たりしている。俺はリビングのソファに座り、スマホでニュースをチェックしていた。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「誰だろ、こんな時間に」
時計を見ると、夜の八時を回っている。
俺は立ち上がり、玄関へ向かった。ドアを開けると——
そこには、黒いスーツを着た中年の男性が立っていた。背後には高級車が停まっている。
「雨宮大樹様でいらっしゃいますか?」
「は、はい……」
「四条家よりの使いです。お嬢様が、こちらを」
男性は丁寧に頭を下げ、高級そうな紙袋を差し出してきた。
「え……あの……」
「お嬢様から、直々にお渡しするようにと」
俺は戸惑いながらも、紙袋を受け取った。ずっしりとした重みがある。
「それでは、失礼いたします」
男性は再び頭を下げて、車に乗り込んだ。高級車はゆっくりと走り去っていく。
俺は呆然と紙袋を見つめた。
「お兄ちゃん、誰?」
さくらとすみれが玄関に現れた。
「四条家から……」
「え! 何それ! 開けて開けて!」
すみれが興奮して紙袋を覗き込んでくる。
リビングに戻り、テーブルの上に紙袋を置いた。蒼葉も近づいてくる。
中を確認すると、綺麗にラッピングされた箱と、封筒が入っていた。
まず封筒を開ける。便箋には、丁寧な文字で手紙が書かれていた。
『雨宮くんへ。
昨日は驚かせてしまって、ごめんなさい。
突然のことで、私も混乱していました。
でも、あなたの視線を感じたとき、
胸が温かくなったのは本当です。
よかったら、これ、食べてください。
私が作ったクッキーです。
上手にできているか、自信はありませんが……
また、学校でお話しできたら嬉しいです。
——四条凛音』
「手作りクッキー!?」
さくらが目を輝かせた。
箱を開けると、綺麗に並べられたクッキーが入っていた。一つ一つが丁寧に作られている。形は少しいびつなものもあるが、それがかえって手作り感を感じさせる。
「すごい……本当に手作りなんだ……」
すみれが感嘆の声を上げた。
「たべていい?」
蒼葉が目をキラキラさせている。
「あ、ああ……」
三人がクッキーを一つずつ取って、口に運んだ。
「おいしい!」
「サクサクしてる!」
「おいしー!」
三人とも満面の笑みだ。
俺も一つ食べてみる。確かに美味しい。バターの風味が効いていて、甘さも控えめで食べやすい。プロの味ではないが、丁寧に作られたことが伝わってくる。
「お兄ちゃん、四条さん……すごく良い人だと思う」
さくらが真剣な顔で言った。
「こんなに丁寧に作ってくれて、手紙まで書いてくれるなんて。本気でお兄ちゃんのこと想ってくれてるんだよ」
「うん、クッキー美味しかった! 四条さん、お料理上手なんだね」
すみれが頷く。
「りんねおねえちゃん、だいすき!」
蒼葉が無邪気に叫んだ。
俺は手紙をもう一度読み返した。
丁寧な字。気遣いの言葉。そして、手作りのクッキー。
凛音は、本当に真剣なんだ。俺のことを、本気で想ってくれている。
「お兄ちゃん」
さくらが俺の顔を覗き込んできた。
「もし、四条さんのこと、少しでも気になるなら……ちゃんと向き合ってあげて」
「え?」
「だって、誤解だからって逃げるのは簡単だけど、相手の気持ちを無視することになるでしょ?」
すみれも頷いた。
「お兄ちゃんは優しいから、きっと気づいてないかもしれないけど……四条さん、勇気出して想いを伝えてくれたんだよ」
二人の言葉が胸に刺さった。
確かに、俺は誤解を解くことばかり考えていた。でも、凛音の気持ちに、ちゃんと向き合っていただろうか。
「……考えてみる」
俺はそう答えるしかなかった。
*
その夜、布団に入ってからも、凛音のことが頭から離れなかった。
誤解を解かなければならない。それは間違いない。
でも、本当にそれだけでいいのだろうか。
凛音の寂しそうな顔。手紙の温かい言葉。手作りのクッキー。そして、屋上で言っていた『ずっと、誰かに本気で見つめられたこと、なくて』という言葉。
お嬢様として生まれた彼女は、周りから特別扱いされて、本音で接してもらえなかったのかもしれない。
だからこそ、俺の無表情な視線を、本気だと思ってくれた。
俺の心が、少しずつ揺れ始めていた。
いや、これは誤解なんだから。ちゃんと説明しなければ。
でも、なんで胸がこんなに騒ぐんだ。
なんで、凛音の笑顔を思い出すと、温かい気持ちになるんだ。
俺は枕に顔を埋めた。
明日、学校で凛音に会ったら、何を話せばいいんだろう。
誤解を解く。それとも、彼女の気持ちにちゃんと向き合う。
考えれば考えるほど、答えが見つからなかった。




