15 二人の誓い③
土曜日の朝。
いつもより早く目が覚めた。今日、凛音の父親に会う。その事実だけで、胸がいっぱいだった。
朝食を作りながら、何度も深呼吸をした。
「お兄ちゃん、緊張してる?」
さくらが心配そうに聞いてきた。
「ああ、少しな」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんなら、ちゃんと伝えられるよ」
すみれが励ましてくれた。
「ありがとう」
朝食を食べ終えた後、俺は自分の部屋で身支度を整えた。いつもの服ではなく、少しきちんとした服を着た。鏡を見ながら、何度も髪を整えた。午後一時半、俺は家を出た。
「いってきます」
「頑張って!」
妹たちが見送ってくれた。
*
四条家は、駅から車で十分ほどの高台にあった。門をくぐると、広い庭が広がっていた。手入れの行き届いた庭園、立派な日本家屋。これが、凛音の家なんだ。俺の家とは、全く違う世界だ。でも、ここで暮らしている凛音は、いつも寂しそうだった。広い家も、綺麗な庭も、凛音の心を満たすことはできなかったんだ。
玄関のチャイムを鳴らすと、執事が出てきた。
「雨宮大樹様ですね。お待ちしておりました」
執事に案内されて、応接室に通された。重厚な家具が並び、壁には絵画が飾られている。俺は、ソファに座って待った。心臓が、うるさいくらいに鳴っている。
しばらくすると、扉が開いた。四条凛音が入ってきた。
「雨宮くん……」
「凛音さん」
凛音は、少し緊張した顔をしていた。でも、俺を見ると、少しだけ笑顔になった。
「来てくれて、ありがとうございます」
「いえ……」
凛音が俺の隣に座った。二人で、しばらく無言で待った。そして——扉が開いた。
四条厳一郎が、入ってきた。五十代半ばの男性で、グレーのスーツを着ている。整った顔立ちだが、その表情は厳格そのものだった。鋭い目が、俺を見つめた。
「雨宮大樹くん、だね」
低い声が、応接室に響いた。
「はい」
俺は立ち上がり、深く頭を下げた。
「初めまして。雨宮大樹です」
「座りたまえ」
四条氏が向かいのソファに座った。俺も座った。凛音が、俺の手をそっと握った。その手は、震えていた。俺は、凛音の手を握り返した。大丈夫、と心の中で言った。
「単刀直入に聞く。君は、凛音とどういう関係なのか」
四条氏が俺を見つめた。その視線は、重かった。
「俺は……凛音さんのことが、好きです」
俺ははっきりと答えた。
「凛音さんと、付き合いたいと思っています」
四条氏の眉が、わずかに動いた。
「付き合う、か」
「はい」
「君は、凛音の立場を理解しているのか」
「はい。四条家の令嬢だということは、理解しています」
「ならば、わかるだろう。君とは、釣り合わない」
その言葉が、胸に刺さった。でも、俺は引かなかった。
「確かに、俺は普通の高校生です。家も、裕福ではありません。でも——」
俺は凛音を見た。
「凛音さんを、大切にします。幸せにします」
四条氏は無言で、俺を見つめていた。長い沈黙が続いた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「君の家庭環境は、調べさせてもらった」
「……はい」
「両親を亡くし、妹二人と弟一人の面倒を見ている。アルバイトもしている」
四条氏が続けた。
「立派なことだ。君は、家族思いの青年だと思う」
「ありがとうございます」
「しかし」
四条氏の声のトーンが変わった。
「それと、凛音の相手として相応しいかどうかは、別問題だ」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
「凛音には、来月見合いがある。相手は、名門の御曹司だ。四条家にとっても、良い縁談だ」
「お父様!」
凛音が立ち上がった。
「私、その見合い、断ります」
「凛音——」
「私、雨宮くんのことが好きなんです。他の人と、結婚なんてできません」
凛音の目から、涙が溢れた。でも、その目は強かった。
「お父様は、いつも私のことを心配してくれます。でも、私の幸せは、私が決めます」
四条氏は、娘の姿を黙って見つめていた。
「凛音……」
「雨宮くんは、私を普通に見てくれる人です。『四条家の令嬢』としてじゃなく、『私』として」
凛音が俺を見た。
「雨宮くんと一緒にいると、幸せなんです。だから……お願いです。認めてください」
凛音が父親に向かって、深く頭を下げた。俺も、立ち上がって頭を下げた。
「お願いします」
長い沈黙が続いた。そして——
「……わかった」
四条氏がため息をついた。
「しかし、条件がある」
「条件?」
「君が、本当に凛音を幸せにできるか、見極めさせてもらう。半年間、様子を見る」
四条氏が俺を見た。
「その間に、君が凛音にふさわしくないと判断したら、別れてもらう。いいね?」
「……はい」
俺は頷いた。半年。その間に、俺が凛音を幸せにできることを、証明しなければならない。
「ありがとうございます」
俺と凛音は、もう一度深く頭を下げた。




