13 試練の始まり③
火曜日の朝。
俺は昨夜、ほとんど眠れなかった。
凛音のことを考えていたら、いつの間にか朝になっていた。
重い体を起こして、いつも通りに朝の準備をする。
「お兄ちゃん、目の下にクマできてるよ」
さくらが心配そうに言った。
「大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ」
すみれも心配している。
「今日、四条さんと話すんでしょ? ちゃんと寝ないと」
「もう朝だから、今から寝られないだろ」
俺が苦笑すると、二人が呆れた顔をした。
「とにかく、頑張ってね」
「ああ」
*
学校に着くと、教室に凛音の姿があった。
いつもの席に座っている。
でも、その表情はいつもと違った。
どこか元気がなく、寂しそうに見えた。
俺が席に座ると、凛音と目が合った。
凛音が小さく微笑んだ。
でも、その笑顔は、どこか無理をしているように見えた。
*
一時間目の授業が終わると、凛音が俺の席に来た。
「雨宮くん」
「はい」
「お話し……できますか?」
「はい。屋上に行きましょう」
二人で教室を出た。
廊下を歩きながら、凛音は何も話さなかった。
俺も、何を言えばいいのかわからなかった。
屋上に着き、いつもの場所に座った。
しばらく沈黙が続いた。
風が吹いて、凛音の髪が揺れた。
「あの……雨宮くん」
凛音がぽつりと言った。
「はい」
「昨日、お父様と話をしました」
「はい」
凛音が俯いた。
「お父様……雨宮くんとのこと、反対されました」
その言葉を聞いて、俺の胸が締め付けられた。
「そうですか……」
「お父様は……雨宮くんのことを、相応しくないって……」
凛音の声が震えている。
「それに……来月、見合いをするように言われました」
「見合い……」
「はい。お父様が決めた相手と……」
凛音の目から、涙が一筋流れた。
「ごめんなさい……私、どうすればいいのか……」
凛音が泣き始めた。
俺は、凛音の肩を抱いた。
「泣かないでください」
「でも……お父様は、もう会うなって……」
「大丈夫です」
俺が言うと、凛音が顔を上げた。
「え……?」
「大丈夫です。俺、凛音さんを守ります」
「でも……どうやって……」
「わかりません。でも……」
俺は凛音の目を見つめた。
「凛音さんを、諦めたくないんです」
その言葉を聞いて、凛音の目が大きく見開かれた。
「雨宮くん……」
「俺、まだ自分の気持ちがはっきりわからなくて……でも、一つだけ確かなことがあります」
俺は続けた。
「凛音さんといると、幸せです。凛音さんの笑顔を見たい。凛音さんを、守りたい」
凛音が、また泣き始めた。
「雨宮くん……嬉しい……」
凛音が俺に抱きついた。
「ありがとうございます……」
俺は凛音を、ぎゅっと抱きしめた。
風が吹いて、二人を包んだ。
「大丈夫。きっと、何とかなります」
「……はい」
凛音が小さく頷いた。
*
その日の放課後。
俺は一人で、家路についていた。
凛音の父親は、俺たちの関係を認めない。
見合いまで決められている。
どうすればいいんだ。
どうすれば、凛音を守れるんだ。
答えは、まだ見つからない。
でも、一つだけわかったことがある。
俺は、凛音のことが——
好きなんだ。
その自覚が、ようやく芽生え始めていた。
*
その夜。
俺は布団の中で、天井を見つめていた。
凛音の涙。
凛音の不安。
全部、俺が何とかしなければならない。
でも、どうすればいいのか。
四条家の当主を、説得できるだろうか。
俺のような、普通の高校生が。
不安は尽きない。
でも、諦めるわけにはいかない。
凛音を、守る。
その決意だけは、揺るがなかった。
スマホが鳴った。
凛音からのLINEだ。
『今日は、ありがとうございました。
雨宮くんの言葉、すごく嬉しかったです。
私、頑張ります。
雨宮くんのためにも。
おやすみなさい。』
その文章を読んで、俺の決意がさらに固まった。
凛音も、頑張っている。
だから、俺も頑張らなければ。
どんな困難が待っていても、乗り越える。
凛音のために。
そして、俺自身のために。




