13 試練の始まり②
その頃、四条家。
凛音は応接室で、父親と向かい合っていた。
四条家の当主、四条厳一郎。五十代半ばの男性で、整った顔立ちだが、その表情は厳格そのものだった。グレーのスーツを着て、背筋を伸ばして座っている。
「凛音」
父の低い声が、応接室に響いた。
「はい、お父様」
凛音は緊張で、手が震えていた。膝の上で、両手を握りしめる。
「お前の交友関係について、報告を受けている」
「……はい」
「雨宮大樹という男子生徒。彼との関係は?」
その名前を聞いて、凛音の心臓が大きく跳ねた。
「お父様……あの……」
「答えなさい」
父の声は、冷たかった。
「雨宮くんは……私の、大切な人です」
凛音が勇気を振り絞って答えた。
父の眉が、わずかに動いた。
「大切な人?」
「はい」
「どのように大切なのか、具体的に説明しなさい」
父が問い詰める。
凛音は深呼吸をした。
「雨宮くんは……私を、普通に接してくれる人です」
「普通に?」
「はい。『四条家の令嬢』としてではなく、『私』として見てくれる人です」
凛音が続けた。
「雨宮くんと話していると、楽しいです。笑顔になれます。私、雨宮くんと一緒にいると……幸せなんです」
父は無言で、凛音を見つめていた。
その視線が、重い。
「凛音、お前は四条家の令嬢だ」
父がゆっくりと口を開いた。
「お前には、相応しい相手がいる」
「お父様……」
「雨宮大樹。調べさせてもらった」
父が書類を取り出した。
「両親は二年前に他界。現在は妹二人と弟一人の面倒を見ながら、アルバイトをしている。成績は中の上。特に目立った才能もない」
その言葉一つ一つが、凛音の心を抉った。
「悪い人間ではないかもしれない。しかし、お前の相手として相応しいとは思えない」
「お父様、それは——」
「凛音」
父が凛音の言葉を遮った。
「お前は、まだ若い。世の中のことを、何も知らない」
「でも——」
「今は、そう思っているかもしれない。しかし、いずれわかる。身分の違いは、簡単には乗り越えられない」
父が立ち上がった。
「雨宮大樹との交際は、認めない」
その言葉が、凛音の胸に突き刺さった。
「お父様……お願いです……」
凛音が立ち上がった。
「雨宮くんは、本当に良い人なんです。優しくて、誠実で……」
「それは、お前の主観だ」
父が冷たく言った。
「私は、お前の将来を考えている。四条家の令嬢として相応しい相手を、ちゃんと用意している」
「用意?」
「そうだ。来月、お前には見合いをしてもらう」
凛音の顔から、血の気が引いた。
「見合い……?」
「ああ。相手は、名門の御曹司だ。お前に相応しい」
「お父様、お願いです。それだけは……」
「これは決定事項だ」
父が応接室を出ようとした。
「それと、凛音」
父が振り返った。
「雨宮大樹とは、もう会うな」
その言葉を残して、父は去っていった。
凛音は、その場に立ち尽くした。
涙が、溢れてきた。
*
放課後、俺は一人で帰路についていた。
今日はバイトがない日だ。
凛音からは、まだ連絡がない。
大丈夫だろうか。
父親との話は、どうなったんだろう。
不安で、胸が苦しい。
家に着くと、妹たちが待っていた。
「お帰り、お兄ちゃん」
「ただいま」
「四条さんから、連絡あった?」
さくらが聞いてきた。
「いや、まだ」
「そっか……」
すみれが心配そうに言った。
「大丈夫だよ。きっと」
でも、その言葉は自分に言い聞かせているようだった。
夕飯を作り、三人と一緒に食べた。
でも、味がしなかった。
頭の中は、凛音のことでいっぱいだった。
*
夜、十時を過ぎた頃。
スマホが鳴った。
LINEの通知だ。
凛音からだった。
心臓が、大きく跳ねた。
メッセージを開くと、短い文章が表示された。
『雨宮くん、ごめんなさい。
今日は学校、休んでしまいました。
明日、お話しできますか?
大事なお話があります。』
大事な話。
その言葉が、不安を掻き立てた。
俺は返信した。
『大丈夫ですか?
明日、待ってます。』
送信してから、天井を見上げた。
明日、凛音と話す。
どんな話なんだろう。
父親との話は、どうなったんだろう。
不安で、眠れそうになかった。
*
その頃、四条家。
凛音は自分の部屋で、ベッドに座っていた。
今日の父との会話が、頭から離れない。
「雨宮大樹とは、もう会うな」
その言葉が、何度も何度も頭の中で響いている。
でも、凛音は諦めたくなかった。
雨宮くんのことを、諦めたくない。
「どうすれば……」
凛音は左手の指輪を見つめた。
ガチャガチャの安物の指輪。
でも、凛音にとっては何よりも大切なもの。
「お父様に、わかってもらいたい……」
でも、どうすればいいのかわからない。
凛音は、涙を堪えながら、窓の外を見つめた。
遠くに、雨宮くんの家がある方向を。




