12 日常の幸せと、迫る影②
放課後、俺は図書室にいた。
今日は図書委員の活動日だ。
柊結衣先輩と一緒に、本の整理をしている。
「雨宮くん、最近幸せそうね」
結衣先輩が微笑みながら言った。
「え?」
「四条さんと、上手くいってるんでしょ?」
「まあ……はい」
俺が答えると、結衣先輩がクスッと笑った。
「よかった。四条さん、最近すごく明るいもの」
「そうなんですか?」
「ええ。私、四条さんと同じクラスの子から聞いたの。最近、四条さんがよく笑うようになったって」
結衣先輩が優しい目で俺を見た。
「それって、雨宮くんのおかげよね」
「いえ、俺は……」
「素直に受け取りなさい」
結衣先輩が笑った。
「雨宮くん、四条さんを大切にしてあげてね」
「……はい」
作業を続けながら、俺は考えていた。
凛音を大切にする。
その言葉の重さを、俺はちゃんと理解しているだろうか。
*
金曜日。
いつもと変わらない朝。いつもと変わらない学校。
でも、何かが違う気がした。
凛音が、いつもより少し元気がない気がする。
昼休み、屋上で二人きりになった時、俺は聞いた。
「凛音さん、何かありましたか?」
「え……あ、いえ……」
凛音が慌てて笑顔を作った。
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
でも、その笑顔は少し無理をしているように見えた。
「何かあったら、言ってくださいね」
俺が言うと、凛音が驚いたように目を見開いた。
「雨宮くん……」
「俺で良ければ、力になりたいです」
凛音の目が潤んだ。
「ありがとうございます……」
凛音が小さく笑った。
「実は……昨日、父から電話があって……」
「はい」
「来週、帰国したら、私の交友関係について話があるって……」
凛音が不安そうに言った。
「おそらく、雨宮くんのことも……噂を聞いているんだと思います」
「そうですか……」
「父は……とても厳しい人で……」
凛音が俯いた。
「私が、どんな人と付き合っているか、いつも気にしていて……」
その言葉から、凛音の不安が伝わってきた。
「大丈夫です」
俺が言うと、凛音が顔を上げた。
「え?」
「ちゃんと、お父さんに説明します。俺がどういう人間か」
「でも……」
「大丈夫です。凛音さんを心配させたくないですから」
その言葉を聞いて、凛音の目から涙が一筋流れた。
「雨宮くん……ありがとうございます……」
凛音が微笑んだ。
*
その日の放課後、俺は一人で帰路についていた。
今日はバイトがない日だ。まっすぐ家に帰って、夕飯の準備をする。
歩きながら、凛音のことを考えていた。
来週、凛音の父親が帰国する。
そして、俺と凛音の関係について、何か言われるかもしれない。
不安がないわけじゃない。
でも、凛音を守りたい。
その気持ちだけは、確かだった。
家に着くと、妹たちが待っていた。
「お帰り、お兄ちゃん」
「ただいま」
「今日、四条さんと何かあった?」
さくらが聞いてきた。
「なんで?」
「顔、心配そうだもん」
すみれも頷いた。
「少し……な」
俺は二人に、凛音の父親のことを話した。
「そっか……大変だね」
さくらが真剣な顔で言った。
「でも、お兄ちゃんなら大丈夫だよ」
「そうだよ。お兄ちゃん、すごく誠実だもん」
すみれが励ましてくれた。
「ありがとう」
二人の言葉に、少し勇気が湧いた。
*
その夜、布団に入ってからも、眠れなかった。
凛音の父親。
どんな人なんだろう。
厳格で、娘思い。
そんな父親が、俺のような普通の高校生を認めてくれるだろうか。
不安は尽きない。
でも、逃げるわけにはいかない。
凛音が、俺のことを信じてくれている。
だから、俺も——
スマホが鳴った。
凛音からのLINEだ。
『今日は、ありがとうございました。
雨宮くんが、力になってくれるって言ってくれて……
すごく、嬉しかったです。
おやすみなさい。』
その文章を読んで、俺の決意が固まった。
凛音を、守る。
どんなことがあっても。
*
その頃、四条家。
凛音は自分の部屋で、窓の外を見ていた。
来週、父が帰国する。
そして、雨宮くんのことを聞かれるだろう。
不安だった。
父は、雨宮くんのことを認めてくれるだろうか。
でも、雨宮くんは「大丈夫です」と言ってくれた。
その言葉が、凛音の心を少し軽くしてくれた。
「雨宮くん……」
凛音は左手の指輪を見つめた。
ガチャガチャの安物の指輪。
でも、凛音にとっては何よりも大切なもの。
「お父様に、何を言われても……この指輪は、絶対に外さない」
凛音がそう決意した時、ドアがノックされた。
「お嬢様、お父様からお電話です」
執事の声。
凛音の心臓が、大きく跳ねた。
「わかりました。すぐに出ます」
凛音は立ち上がり、応接室へ向かった。
電話を取ると、父の低い声が聞こえた。
「凛音か」
「はい、お父様」
「来週の月曜日、帰国する。お前と話がある」
「……はい」
「お前の交友関係について、いくつか報告を受けている」
凛音の手が、震えた。
「特に……雨宮大樹という男子生徒について」
その名前を聞いて、凛音の心臓が止まりそうになった。
「お父様……」
「詳しい話は、月曜日にする。それまでに、お前の考えをまとめておきなさい」
「はい……」
電話が切れた。
凛音は、電話を握ったまま、しばらく動けなかった。
父は、雨宮くんのことを知っている。
そして、月曜日に話がある。
凛音は、不安で胸が苦しくなった。
でも、同時に決意も固まった。
どんなことを言われても、雨宮くんのことは諦めない。
この想いは、本物だから。




