12 日常の幸せと、迫る影①
木曜日の朝。
いつも通りの時間に起きて、いつも通りに朝食を作る。
最近、この日常に少しだけ変化があった。
朝食を作りながら、自然と凛音のことを考えている自分がいる。今日は何を話そうか、笑顔を見られるだろうか——そんなことを。
「お兄ちゃん、また笑ってる」
さくらが呆れたように言った。
「笑ってない」
「笑ってたよ。卵焼き焼きながら、ニヤニヤしてた」
すみれも頷いた。
「してない」
俺が否定すると、二人がクスクスと笑った。
「四条さんのこと、考えてたんでしょ?」
「……別に」
「嘘。顔に出てる」
蒼葉も笑っている。
「おにいちゃん、おひめさまだいすきー!」
「蒼葉まで……」
俺は諦めて、朝食を食卓に並べた。
確かに、最近は凛音のことを考える時間が増えた。
水曜日の相合傘、家に来てくれたこと、「大好きです」と言ってくれた言葉——全部が、頭から離れない。
これが、恋なのかもしれない。
まだ確信は持てないけれど、凛音といると幸せだ。それだけは確かだ。
*
学校に着くと、教室はいつもの賑やかさだった。
席に座ると、田中が話しかけてきた。
「おはよう、雨宮」
「おはよう」
「最近、四条様といい感じだな」
「……まあ」
「水曜日、相合傘してたらしいじゃん。しかも、お前の家にも行ったって?」
「誰から聞いたんだよ」
「噂だよ、噂。お前ら、学園中の注目の的だからな」
田中がニヤニヤしている。
「もう諦めた」
俺が肩をすくめると、田中が笑った。
「でも、いいことじゃん。四条様、お前のこと本気で好きだぞ」
「……そうみたいだな」
「で、お前は?」
「え?」
「お前も、四条様のこと好きなんだろ?」
田中が真剣な顔で聞いてきた。
俺は少し考えてから答えた。
「……わからない。でも、一緒にいると楽しい」
「それって、好きってことじゃん」
「まだ、確信が持てないんだ」
「素直じゃないな」
田中が呆れたように言った。
その時、教室の扉が開いた。
四条凛音が入ってきた。
俺と目が合うと、凛音が嬉しそうに微笑んだ。俺も、自然と笑顔になった。
「ほら、顔に出てる」
田中が小声で笑った。
「うるさい」
*
昼休み、いつものように凛音が俺の席にやってきた。
「雨宮くん、今日もお弁当作ってきたんですけど……」
「ありがとうございます」
「屋上で、食べませんか?」
「はい」
二人で教室を出る。もう、周囲の視線には慣れた。
屋上への階段を上りながら、凛音が話しかけてきた。
「あの、水曜日は……本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
「雨宮くんの家族、みんな優しくて……すごく楽しかったです」
凛音が嬉しそうに言った。
「また、来てください」
「本当ですか?」
「はい。妹たちも、凛音さんのこと気に入ってましたから」
「嬉しいです……」
凛音が幸せそうに微笑んだ。
屋上に着き、いつもの場所に座る。
凛音がお弁当箱を開けた。今日も、綺麗に盛り付けられている。
「今日は、ハンバーグとオムレツです」
「美味しそうですね」
「雨宮くんの好きなもの、作りたくて……」
凛音が恥ずかしそうに言った。
「ありがとうございます」
二人で、お弁当を食べ始めた。
穏やかな時間が流れる。風が優しく吹いて、心地よい。
「あの、雨宮くん」
凛音がぽつりと言った。
「はい?」
「私……最近、すごく幸せなんです」
凛音が俺を見つめた。
「雨宮くんと過ごす時間が、とても楽しくて……毎日、学校に来るのが楽しみで……」
その言葉に、俺の胸が温かくなった。
「俺も……楽しいです」
「本当ですか?」
「はい」
凛音が嬉しそうに笑った。
しばらく無言で食事を続けていると、凛音が再び口を開いた。
「あの……雨宮くん」
「はい?」
「もうすぐ、父が帰国するんです」
「お父さんが?」
「はい。海外出張から……来週には、日本に戻ってくるそうです」
凛音の表情が、少し曇った。
「そうなんですか」
「はい……父は、とても厳格な人で……私のこと、いつも心配してくれるんですけど……」
凛音が言葉を選ぶように、ゆっくりと話した。
「時々、少し……重いんです」
「重い?」
「ええ。私の交友関係とか、学校のこととか……全部、報告を求められて……」
凛音が少し寂しそうに微笑んだ。
「だから……雨宮くんのこと、どう説明すればいいのか……」
その言葉に、俺は少し不安になった。
凛音の父親。四条家の当主。
おそらく、俺のような普通の高校生と娘が親しくしていることを、良く思わないだろう。
「大丈夫ですか?」
「わかりません……でも……」
凛音が俺を見つめた。
「雨宮くんとのこと、隠したくないんです」
その言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。
「凛音さん……」
「ごめんなさい、変なこと言っちゃいました」
凛音が慌てて視線を逸らした。
「いえ……」
俺は何を言えばいいのかわからなかった。
ただ、凛音の不安を、少しでも和らげたかった。
「大丈夫です。きっと、わかってくれます」
「……そうだといいんですけど」
凛音が小さく呟いた。




