11 雨の日の傘と、温かい手⑤
# 1,500字版
その夜、布団に入ってからも、凛音のことを考えていた。
今日の出来事が、頭の中を何度も巡る。雨に濡れそうになった凛音を助けた相合傘。二人で分け合った傘の中で感じた、彼女の温もりと甘い香り。妹たちと蒼葉が凛音を温かく迎え入れてくれたこと。リビングで笑い合った時間。
そして、何より心に残っているのは、凛音が照れながらも真剣な目で口にした「大好きです」という言葉。
あの言葉を思い出すたびに、胸が苦しくなる。
俺は、四条凛音のことを、どう思っているんだろう。
好き、なのか。
その問いを自分に投げかけても、まだはっきりとした答えは出てこない。確信が持てない。でも、一つだけ確かなことがある。
凛音と一緒にいると、幸せだ。
彼女の笑顔を見ると、自然と自分も笑顔になる。凛音が楽しそうにしていると、こちらまで嬉しくなる。そして、もっと彼女の笑顔を見たいと思う。
凛音を、守りたい。
彼女が悲しそうな顔をしていると、胸が痛む。涙を流していると、何とかしてあげたいと思う。どんなことがあっても、凛音を守りたい。
そう思う自分がいる。
これが、恋なのだろうか。
まだ、わからない。でも——
スマホが鳴った。
画面を見ると、LINEの通知が表示されている。凛音からだった。心臓が、少し早く鳴った。
メッセージを開く。
『今日は、本当にありがとうございました。
雨宮くんの家族、みんな素敵でした。
さくらさんも、すみれさんも、蒼葉くんも……
みんな、温かくて優しくて。
また、お邪魔してもいいですか?
おやすみなさい。』
その文章を読んで、胸が温かくなった。
凛音は、今日のことを本当に楽しんでくれたんだ。家族のことも、気に入ってくれたんだ。
俺は少し考えてから、返信を打った。
『こちらこそ、ありがとうございました。
妹たちも、凛音さんのこと気に入ってました。
また、いつでも来てください。
おやすみなさい。』
送信ボタンを押してから、スマホを置いた。
そして、天井を見上げた。
四条凛音。
彼女のことを考えると、胸が高鳴る。明日、また会えることを思うと、自然と笑顔になってしまう。
これが、恋の始まりなのかもしれない。
そう思いながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
*
その頃、四条家。
凛音は自分の広い部屋で、ベッドに座っていた。
窓の外には、夜空が広がっている。星が、いくつか見えた。
今日のことを思い返している。
雨宮家の温かさ。家が広くなくても、家族の笑い声で満たされていた。リビングで、みんなでお茶を飲みながら話した時間。さくらさんとすみれさんの優しさ。蒼葉くんの無邪気な笑顔。
そして、雨宮くんの優しさ。
「私……本当に、雨宮くんのことが好きなんだ……」
凛音は、声に出して呟いた。
誰も聞いていない。でも、その言葉を口にすることで、自分の気持ちを確かめているようだった。
凛音は左手の指輪を見つめた。
ガチャガチャの安物の指輪。プラスチックの台座に、安っぽいラインストーンがついている。
でも、凛音にとっては何よりも大切なもの。
雨宮くんが、自分にくれた。それだけで、この指輪は世界で一番大切な宝物になった。
「いつか、ちゃんと伝えなきゃ……」
凛音がそう呟いた時、ドアがノックされた。
コンコン。
「お嬢様、失礼します」
執事の声。凛音は少し驚いて、扉の方を見た。
「はい?」
扉が開き、初老の執事が入ってきた。
「お父様から、お電話です」
「父から……?」
凛音の表情が、一瞬で曇った。
父親は今、海外出張中のはずだ。いつも忙しく、滅多に電話をかけてこない人が、なぜ今この時間に。
嫌な予感がした。
「わかりました。すぐに出ます」
凛音は立ち上がり、執事の後について応接室へ向かった。
廊下を歩きながら、不安が胸をよぎる。
(お父様……何の用だろう……)
まさか、雨宮くんのことを?
そんな考えが頭をよぎったが、すぐに打ち消した。
まだ、何も決まっていない。心配しすぎかもしれない。
でも、胸の奥にある不安は消えなかった。
応接室の扉の前で、凛音は深呼吸をした。
そして、扉を開けた。
電話機が、静かに置かれている。
凛音は受話器を取った。
この電話が、二人の関係を大きく変えることになるとは——
この時の凛音は、まだ知らなかった。




