2 学園騒然、俺は何もしていない①
翌朝、家を出る前にさくらとすみれから念押しされた。
「お兄ちゃん、ちゃんと説明しなよ」
「誤解なら誤解って、はっきり言わなきゃダメだよ」
「わかってる」
わかってはいる。わかってはいるが、昨日の時点で既に手遅れな気がしていた。
通学路を歩きながら、スマホで学校の掲示板を確認する。案の定、トップは俺と凛音の話題だった。
『速報:雨宮大樹、四条凛音様に告白し成功か』
『【画像あり】授業中の熱視線が話題に』
『四条様の”受け取りました”発言の全文』
再生回数を見て目眩がした。一晩で五万回を超えている。
学校の門をくぐる。
瞬間、周囲の視線が突き刺さった。
「あれが雨宮……」
「マジで四条様と……」
「どんな告白したんだろ」
ひそひそと囁く声が聞こえる。俺は何も言わず、足早に昇降口へ向かった。
違う。俺は何もしていない。ただ寝不足で、ぼんやりしていただけなんだ。
下駄箱で靴を履き替えていると、下級生の女子が二人、少し離れたところで俺を見ながら話していた。
「あれが伝説の……」
「一時間も見つめ続けたんだって」
「一時間も!?」
そんなに見てない。せいぜい十分か十五分だ。いや、それでも十分長いが。
教室へ向かう廊下でも、すれ違う生徒たちの視線が痛い。特に上級生の男子たちからの視線が鋭い。明らかに敵意を含んでいる。
凛音のファンだろうか。
なんとか教室にたどり着くと、クラスメイトたちが一斉に俺を見た。
「おお、来た来た」
「雨宮ー!」
男子数人が俺の席に群がってきた。
「お前マジかよ、どうやって落としたんだ」
「いや、だから俺は——」
「四条様に告白って、度胸あるなー」
「告白してない」
「照れるなって」
話を聞いてくれない。
一方、女子たちは少し離れたところで、ひそひそと話していた。
「雨宮くんって、普段目立たないのに」
「でも、動画見たら確かにずっと見つめてたよね」
「あの無表情な視線、逆に怖いくらいだった」
無表情なのは、眠かったからだ。
俺は席に座り、机に突っ伏した。このまま一日が終わってくれないだろうか。
*
一時間目の授業が始まる。
教師が教室に入ってくると、クラスがざわついた。教師も俺のことを知っているのか、一瞬こちらを見たが、何も言わずに授業を始めた。
窓際の席に凛音がいる。今日は彼女の方を見ないように気をつけた。視線を教科書に固定し、ノートを取る。
それでも、時々、凛音がこちらを見ている気配を感じた。
気のせいだと思いたい。
二時間目が終わり、休み時間。田中が席に近づいてきた。
「雨宮、お前大丈夫か」
「何が」
「いや、学年中の話題になってるぞ。特に上級生の凛音ファンが、お前のこと敵視してるらしい」
「マジか」
「マジだ。気をつけろよ」
田中は心配そうに言った。ありがたいが、どう気をつければいいのかわからない。
三時間目が終わり、昼休み。
俺は購買へ向かうことにした。今日は弁当を作る時間がなく、パンを買わなければならない。
廊下を歩いていると、また視線を感じる。もう慣れてきた。
購買の前に着くと、そこには既に行列ができていた。俺は列の最後尾に並ぶ。
「雨宮くん」
背後から声がして、振り返った。
四条凛音が立っていた。
周囲の時間が止まった。
購買に並んでいた生徒たち、廊下を歩いていた生徒たち、全員が動きを止めて俺たちを見た。
「あ……四条、さん……」
「あの……昨日はありがとうございました」
凛音が小さく頭を下げた。顔は少し赤い。
「いや、だから俺は——」
「こんなに意識したの、初めてで……」
凛音が顔を上げ、俺を見つめる。その瞳は真剣だった。
周囲から、どよめきが起こった。
「おおおお!」
「マジで付き合ってんの!?」
「四条様、可愛すぎる……」
スマホを取り出す生徒が何人もいる。また動画を撮られている。
「あの、俺——」
「また、お話ししましょうね」
凛音はそう言って、恥ずかしそうに微笑むと、購買の列から離れて行った。
残された俺と、ざわつく野次馬たち。
俺は無言で列に戻った。
これ、もう詰んでるだろ。




