11 雨の日の傘と、温かい手④
しばらくリビングで談笑した後、凛音が時計を見た。
「あ……もう、こんな時間……」
「そろそろ帰らないとですか?」
さくらが聞いた。
「はい。あまり遅くなると、家の者が心配するので……」
「そっか。じゃあ、お兄ちゃん、送ってあげなよ」
「ああ」
俺は立ち上がった。
「今日は、本当にありがとうございました」
凛音が三人に頭を下げた。
「いえいえ。また来てくださいね」
「はい。ぜひ」
凛音が嬉しそうに笑った。
玄関で、凛音が靴を履く。
雨は少し弱まっていた。
「今日は、ありがとうございました」
凛音が俺を見上げた。
「いえ」
「雨宮くんの家族……みんな、優しくて……」
凛音が微笑んだ。
「私も……こんな家族が、欲しかったな……」
その表情が、少し寂しそうで。
「四条さん……」
「あ、ごめんなさい。変なこと言っちゃいました」
凛音が笑顔を作った。
「でも、本当に楽しかったです。さくらさんも、すみれさんも、蒼葉くんも……みんな、温かくて……」
凛音が俺を見つめた。
「雨宮くんが、どうしてこんなに優しいのか……わかった気がします」
「え?」
「家族に、たくさん愛されてるから……だから、人に優しくできるんですね」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
「また……来てもいいですか?」
凛音が遠慮がちに聞いてきた。
「……はい。いつでも」
凛音が嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
「送ります」
「いえ、ここからは大丈夫です。雨も弱まりましたし」
「でも——」
「大丈夫です。それに……」
凛音が少し照れたように言った。
「さっき、みんなの前で……変なこと、言っちゃいましたから……恥ずかしくて……」
「あ……」
凛音が「大好きです」と言った場面を思い出した。
「あれは……本当に、本気なんです」
凛音が真剣な目で俺を見た。
「雨宮くんのこと……本当に、好きです」
心臓が、大きく跳ねた。
「だから……もう少し、時間をください」
「時間?」
「私の気持ち、ちゃんと整理して……いつか、ちゃんと伝えます」
凛音が微笑んだ。
「それまで……待っていてください」
その言葉を残して、凛音は傘を差して歩き出した。
俺は玄関で、その後ろ姿を見送った。
雨が、静かに降り続いていた。
*
玄関を閉めて、リビングに戻ると、三人が待ち構えていた。
「お兄ちゃん!」
「どうだった?」
「何か言われた?」
三人が一斉に質問してくる。
「別に……普通に送っただけだ」
「嘘。絶対何かあったでしょ」
さくらが疑いの目を向けてくる。
「何もない」
「ふーん」
さくらが納得していない様子だったが、それ以上は追及してこなかった。
「でも、四条さん、いい人だね」
すみれがしみじみと言った。
「うん。すごく優しくて、綺麗で……お兄ちゃんにぴったりだよ」
「おひめさま、だいすき!」
蒼葉が叫んだ。
「お兄ちゃん、四条さんのこと、好きなんでしょ?」
さくらが真剣な顔で聞いてきた。
「……わからない」
「わからないって?」
「まだ……よくわからないんだ」
俺は正直に答えた。
「でも、四条さんといると……楽しい。笑顔を見ると、嬉しくなる。泣いてると、胸が痛む」
「それって、好きってことじゃん」
すみれが呆れたように言った。
「でも……」
「でも?」
「俺には、お前らがいる。バイトもある。凛音さんみたいな令嬢と、俺みたいな……」
「お兄ちゃん」
さくらが俺の言葉を遮った。
「私たちのこと、気にしないで」
「え?」
「お兄ちゃんが幸せなら、それでいいよ。四条さんと一緒にいて楽しいなら、それでいいじゃん」
すみれも頷いた。
「そうだよ。お兄ちゃん、いつも私たちのこと優先してくれてるけど……お兄ちゃんの幸せも、大事だよ」
蒼葉も頷いた。
「おにいちゃん、おひめさまとけっこんして!」
三人の言葉に、俺の胸が熱くなった。
「ありがとう……」




