10 別の誤解、発生中②
一時間目の授業中。
俺は机に突っ伏していた。
もう、どうすればいいんだ。
また誤解が広がっている。今度は柊先輩に。
凛音は、この噂を聞いているだろうか。
もし聞いていたら、どう思うだろう。
そんなことを考えていると、背筋が寒くなった。
顔を上げると、窓際の席の凛音と目が合った。
凛音は、いつもの笑顔ではなかった。どこか不安そうな、寂しそうな表情だった。
俺は何か言おうとしたが、授業中なので声をかけられない。
凛音は視線を逸らして、ノートに目を落とした。
*
昼休み。
俺は購買に向かおうとしていた。今日は凛音からの誘いがない。おそらく、噂を聞いて気まずく思っているんだろう。
ちゃんと説明しないと。
そう思っていると、教室の入口に人影が見えた。
柊結衣先輩だった。
「雨宮くん」
結衣先輩が俺の席に近づいてきた。
教室がざわついた。
「お弁当……一緒にどう?」
結衣先輩が穏やかに微笑んだ。
周囲の視線が突き刺さる。
「あ、でも……」
俺が言いかけると、結衣先輩の表情が少し曇った。
「嫌……だった?」
しょんぼりとした表情。
「いえ、そういうわけじゃなくて——」
その時、教室の入口から声がした。
「雨宮くん!」
四条凛音が立っていた。
手には、いつものお弁当の袋を持っている。
結衣先輩と凛音の視線が合った。
一瞬の沈黙。
空気が凍りついた。
「……柊先輩」
凛音が小さな声で言った。
「……四条さん」
結衣先輩も、静かに返事をした。
二人の間に、目に見えない火花が散っている気がした。
——空気が、やばい。
「あの……」
俺が何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
「雨宮くん、今日も……お弁当、作ってきたんですけど……」
凛音が不安そうに俺を見る。
「あら、私もお弁当、一緒にって誘ったんだけど」
結衣先輩が微笑んだ。
凛音の表情が、さらに曇った。
「じゃあ……三人で、食べましょうか」
結衣先輩が提案した。
「……はい」
凛音が小さく頷いた。
*
三人で屋上へ向かった。
俺が先頭を歩き、後ろに凛音と結衣先輩が続く。
誰も何も話さない。重い沈黙だけが続いた。
屋上に着き、適当な場所にレジャーシートを敷いた。凛音が持ってきてくれたものだ。
三人で座る。凛音が俺の右、結衣先輩が左。
気まずい空気が流れる。
「いただきます」
三人で手を合わせて、お弁当を開いた。
凛音のお弁当は、いつも通り丁寧に作られている。結衣先輩のお弁当も、彩り豊かで美味しそうだ。
しばらく無言で食べていると、結衣先輩が口を開いた。
「四条さん、雨宮くんと仲良いんだよね」
「……はい」
凛音が小さく答えた。
「私も……雨宮くん、素敵だなって思って」
結衣先輩が微笑んだ。
凛音の表情が、さらに曇った。箸を持つ手が、少し震えている。
「あの、二人とも——」
俺が口を挟もうとした時、凛音が立ち上がった。
「雨宮くんは……私が、先に……」
凛音が震える声で言った。
「先に……好きになった、ってこと?」
結衣先輩が静かに聞いた。
「……っ!」
凛音の顔が真っ赤になった。
「ごめんなさい、私……」
凛音は弁当箱を持って、逃げるように屋上から出て行った。
「四条さん!」
俺が呼び止めようとしたが、凛音は振り返らなかった。
*
屋上に、俺と結衣先輩だけが残された。
重い沈黙が流れる。
「……四条さん、本気なんだね」
結衣先輩がぽつりと言った。
「すみません、俺のせいで……」
「謝らないで」
結衣先輩が微笑んだ。
「私、昨日の雨宮くんの視線、嬉しかったの。でも……あれは、私に向けられたものじゃなかったんだよね」
「……はい」
俺は正直に答えた。
「考え事をしていて、無意識に視線が向いてしまうんです。昔からの癖で……」
「そっか」
結衣先輩が少し寂しそうに笑った。
「でも、四条さんが羨ましいな。あんなに一生懸命になれる人がいるなんて」
「俺は……」
「雨宮くん、ちゃんと追いかけてあげて」
結衣先輩が真剣な目で言った。
「四条さん、泣いてたよ。あんな顔、初めて見た」
その言葉に、俺の胸が締め付けられた。
「ふふ、私……応援する」
結衣先輩が優しく微笑んだ。
「雨宮くん、素敵な人だと思う。でも、雨宮くんの心は、もう決まってるんじゃない?」
「……」
俺は何も言えなかった。
結衣先輩の言葉が、胸に刺さった。




