10 別の誤解、発生中①
火曜日の放課後。
俺は図書室にいた。
図書委員の活動日だ。月に二度、放課後に本の整理や貸出管理の手伝いをしている。
今日は先輩の柊結衣と二人での作業だった。
柊結衣は三年生で、図書委員長を務めている。肩まで伸びた栗色の髪を耳にかけ、丸い眼鏡をかけている。いつも本を読んでいて、物静かな雰囲気の人だ。
「雨宮くん、この本棚の整理、お願いできる?」
「はい」
俺は指示された本棚に向かい、乱れた本を整理し始めた。
結衣先輩は隣の本棚で作業をしている。図書室には俺たち二人しかいない。静かな空間だ。
「雨宮くん、最近話題の人だよね」
結衣先輩が穏やかな声で言った。
「……はい、すみません」
「謝らなくても。四条さん、素敵な人だもの。羨ましいな」
結衣先輩が微笑んだ。
「いえ、あの……誤解もあって……」
「誤解?」
「最初は、本当に勘違いだったんです。でも、今は……」
俺が言葉に詰まると、結衣先輩がクスッと笑った。
「複雑なのね」
「はい……」
作業を続けながら、俺はまた考え事を始めてしまった。
明日の夕飯、何にしよう。さくらが最近野菜を食べなくなってきた。鍋にすれば、野菜も食べやすいかもしれない。でも、鍋だと準備が大変だな。すみれは鍋好きだから喜ぶだろうけど。
そんなことを考えながら、無意識に視線が結衣先輩の方に向いていた。
無表情で、ぼんやりと。
「……雨宮くん?」
結衣先輩の声で、俺は我に返った。
「はい?」
「あの……私の顔、何かついてる?」
結衣先輩が頬を押さえている。少し不安そうな表情だ。
「いえ! すみません、考え事を……」
「考え事……」
結衣先輩が少し頬を染めた。
「そういえば、雨宮くんの視線……ドキドキしちゃうかも」
「え?」
「四条さんが惹かれた理由、わかる気がする……あの、まっすぐな視線……私のことも、時々そうやって見てるよね」
結衣先輩が照れたように視線を逸らした。
——あっ、またやってしまった。
俺は慌てて顔を背けた。
なんで俺は、考え事をする時に人を見つめてしまうんだ。
そして、その割に人の顔を覚えないところがある。
「あ、あの、今のは——」
「ううん、大丈夫」
結衣先輩が微笑んだ。でも、その笑顔はどこか照れているように見えた。
「雨宮くん、真面目で優しいよね。四条さん、幸せだと思う」
「いえ、そんな……」
気まずい空気が流れた。
俺は黙々と本の整理を続けた。
*
翌日の朝。
登校すると、田中が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「おい、雨宮……お前、何やってんだよ」
「何が?」
「図書委員の柊先輩にも、『あの視線』向けたらしいじゃん」
「え?」
「昨日、図書室で二人きりだったろ? 柊先輩、友達に話したらしくて……『雨宮くんに見つめられた』って」
俺は頭を抱えた。
「いや、あれは誤解で——」
「誤解って、また?」
「また、って……」
「お前、学習しろよ」
田中が呆れた顔をした。
廊下を歩くと、周囲の視線が痛い。
「雨宮って、四条様だけじゃないんだ」
「柊先輩にも手を出すとか」
「マジで罪な男……」
ひそひそと囁く声が聞こえる。
「ちょっと待って、誤解だから——」
俺が言っても、誰も聞いてくれない。
教室に入ると、クラスメイトたちが一斉にこちらを見た。
「雨宮、お前……」
「柊先輩にも告白したの?」
「いや、してない!」
俺は必死に否定したが、誰も信じてくれない様子だった。




