9 デートの余韻、時々尋問②
夕飯を終え、食器を洗っていると、スマホが鳴った。
LINEの通知だ。
見ると、田中からだった。
『お前、明日学校来れるか?』
『なんで?』
『いや、四条様の取り巻きとか、ファンとかが騒いでるらしくて』
『何を?』
『お前が四条様に指輪あげたって』
俺は思わず手を止めた。
『なんで知ってるんだ』
『公園で写真撮られてたらしい。もう拡散されてる』
田中が画像を送ってきた。
それは、俺が凛音に指輪を差し出している場面だった。少し離れたところから撮影されたもので、顔ははっきり見えないが、制服ではなく私服なので、間違いなく今日の写真だ。
『マジかよ……』
『お前、覚悟しとけよ。明日すごいことになるぞ』
『覚悟って……』
『四条様のファン、めちゃくちゃ多いからな。特に上級生の』
俺は頭を抱えた。
また騒ぎになるのか。
でも、今回は違う。
今回は、俺が自分の意志で凛音に指輪を渡した。蒼葉に言われたとはいえ、断ることもできたのに、俺は渡すことを選んだ。
それは、俺が——
『お兄ちゃん、どうしたの?』
さくらが心配そうに声をかけてきた。
「いや……明日、学校でまた騒ぎになるかもしれない」
「指輪のこと?」
「ああ」
「お兄ちゃん、後悔してる?」
さくらが真剣な顔で聞いてきた。
「……後悔はしてない」
「じゃあ、堂々としてればいいじゃん」
さくらが笑顔で言った。
「お兄ちゃんは、悪いことしてないんだから」
「そうだよ。お兄ちゃんが四条さんを好きなら、それでいいじゃん」
すみれも頷いた。
好き。
その言葉が、胸に引っかかった。
俺は、四条凛音のことが好きなのか。
確かに、彼女といると楽しい。笑顔を見ると、胸が温かくなる。困った顔を見ると、助けたくなる。
でも、それが恋なのかどうか、まだ確信が持てない。
俺には妹弟がいる。バイトもある。恋愛に割く時間も余裕もない。
そんな俺が、凛音のような令嬢と——
「お兄ちゃん、また考えすぎ」
さくらが俺の頭を小突いた。
「難しく考えなくていいんだよ。お兄ちゃんが四条さんと一緒にいて楽しいなら、それでいいじゃん」
「そうそう。四条さんも、お兄ちゃんと一緒にいて楽しそうだったんでしょ?」
「……ああ」
「じゃあ、それでいいじゃん」
二人の言葉に、俺は少し救われた気がした。
*
その夜、布団に入ってからも、凛音のことを考えていた。
指輪を受け取った時の笑顔。「一生大切にします」という言葉。
あれは、どういう意味だったんだろう。
ただのガチャガチャの指輪を、なぜあそこまで喜んでくれたんだろう。
薬指の意味を知った上で、「このままでいい」と言ってくれた。
それは、俺への——
考えれば考えるほど、わからなくなる。
スマホを見ると、凛音からLINEが来ていた。
『今日は、本当にありがとうございました。
とても楽しかったです。
指輪、大切にします。
また、学校でお話しできたら嬉しいです。』
その文章を何度も読み返した。
凛音は、今頃何をしているんだろう。
指輪を見ながら、今日のことを思い出しているんだろうか。
俺も返信しようとしたが、何を書けばいいのかわからなかった。
結局、シンプルに返信した。
『こちらこそ、ありがとうございました。
俺も楽しかったです。
また、月曜日に』
送信してから、少し後悔した。
もっと何か、言葉を添えるべきだったんじゃないか。
でも、すぐに既読がついた。
そして、スタンプが返ってきた。笑顔の猫のスタンプだ。
それだけで、凛音が喜んでくれているのがわかった。
俺は枕に顔を埋めた。
月曜日。
また凛音に会える。
その事実だけで、胸が高鳴った。
*
月曜日の朝。
登校すると、案の定、周囲の視線が痛かった。
「あれが雨宮……」
「指輪あげたらしい」
「マジかよ……」
ひそひそと囁く声が聞こえる。
俺は無視して、昇降口へ向かった。
「雨宮」
背後から声がかかった。振り返ると、田中だった。
「お前、大丈夫か?」
「なんとか」
「すごいことになってるぞ。掲示板、お前の話題で持ちきり」
「見ないようにしてる」
「賢明だな」
田中が苦笑いした。
「でも、お前、すごいよ。四条様に指輪あげるなんて」
「あれは、蒼葉が——」
「言い訳は聞きたくない。お前、ちゃんと向き合えよ。自分の気持ちと」
田中が真剣な顔で言った。
「四条様、お前のこと本気で好きだぞ。それに応えるのか、応えないのか。ちゃんと決めろ」
「……わかってる」
「わかってないだろ」
田中が呆れたように言った。
「まあ、頑張れよ」
田中が肩を叩いて、教室へ向かった。




