1 寝不足の視線が、運命の告白になった②
キーンコーンカーンコーン。
授業終了のチャイムが鳴り、俺は我に返った。
首を振って意識をはっきりさせる。気づけば、授業の内容はほとんど頭に入っていなかった。後で田中にノートを見せてもらうしかない。
「雨宮くん」
突然、目の前で声がした。
顔を上げると、四条凛音が俺の机の前に立っていた。至近距離。彼女の顔が真っ赤に染まっている。
「……え?」
周囲の空気が一瞬で変わった。クラスメイトたちの視線が一斉に俺たちに集中する。
「あなたの……その、想い……受け取りました」
凛音が小さな声で言った。顔を俯かせ、両手を胸の前で握りしめている。
「は?」
俺は状況が理解できず、間抜けな声を出してしまった。
「ずっと……私を見つめていましたよね……」
凛音が顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめる。
その瞬間、教室が爆発した。
「えええええええ!?」
「マジかよ!?」
「雨宮が四条様に!?」
周囲から驚きの声が次々と上がる。何人かがスマホを取り出し、カメラを俺たちに向けた。
「ちょ、待って、俺は——」
「私も……あなたのこと、意識してしまって……」
凛音は顔を真っ赤にしたまま、続ける。
「最初は気のせいかと思いました。でも、今日、ずっと見つめられていて……その眼差しが、あまりにも真剣で……」
「いや、だから——」
「だから、私……返事を、しなければと思って……」
凛音が一歩近づく。俺の心臓が跳ねた。違う意味で。
これは、誤解だ。とんでもない誤解だ。
俺はただ、寝不足で意識が朦朧としていただけで、たまたま視線が凛音の方向に向いていただけで、頭の中では夕飯のメニューを考えていただけで——
「あの、四条さん——」
「凛音でいいです」
「いや、そうじゃなくて——」
「雨宮くんも、大樹と呼んでください」
ますます周囲が騒がしくなる。
「待って! 待ってくれ!」
俺は立ち上がり、両手を前に出した。
「俺は何も伝えてない! 告白もしてない!」
「え……?」
凛音が目を丸くする。
「授業中、確かに俺は君の方向を見ていたかもしれない。でも、それは——」
それは、夕飯のメニューを考えていたから。
そんなこと、言えるわけがない。
「——寝不足で、ぼーっとしていただけなんだ」
沈黙。
凛音の顔から血の気が引いていく。
「……そう、ですか」
小さな声。そして、彼女は踵を返して教室を出て行った。
残されたのは、呆然とする俺と、ざわめく教室。
「雨宮……お前……」
田中が引きつった顔で言った。
「学園一の令嬢に、あれはないだろ……」
「いや、だから誤解で——」
俺の言い訳は、誰の耳にも届かなかった。
*
放課後。俺は自分の机で頭を抱えていた。
周囲からは冷ややかな視線が刺さる。特に女子からの視線が痛い。
「最低」「ありえない」「四条様が可哀想」
そんな囁き声が聞こえてくる。廊下を歩けば、すれ違う生徒たちがスマホを見ながらこちらを見てくる。明らかに俺のことを話題にしている。
やばい。これは、やばい。
ポケットの中で携帯が振動した。さくらからの着信だ。
「もしもし」
「お兄ちゃん! 学校で何したの!?」
妹の怒鳴り声が鼓膜を突き破りそうになる。
「ネットで炎上してるんだけど! うちの学校の掲示板、お兄ちゃんの話題で持ちきりだよ!」
「あー……それは……」
「『四条凛音様に告白されたのに冷たく振った男』って書かれてる! しかも動画まで上がってる!」
「動画!?」
「再生回数もうすごいことになってるから! 何なのこれ!」
俺は天を仰いだ。終わった。完全に終わった。
この誤解を解く方法は、あるのだろうか。いや、そもそも本当のことを言ったら——「授業中に夕飯のことを考えていた」なんて——余計に印象が悪くなる気がする。
「お兄ちゃん? 聞いてる?」
「あー……うん、聞いてる」
「とにかく、早く帰ってきて説明して!」
電話が切れた。俺は深いため息をついた。
明日から、どうやって学校に通えばいいんだ。そして、四条凛音には、どう謝ればいいんだ。
いや、謝るべきなのか? 俺は何も悪いことをしていないはずだが……
頭を抱えたまま、俺はしばらく動けなかった。
こうして、雨宮大樹の平穏な日常は、たった一日で崩壊した。
すべては、寝不足の視線から始まった。




