8 初めてのデート(という名の公園遊び)③
お弁当を食べ終わった後、蒼葉が元気を取り戻して「しゃぼんだまやりたい!」と言い出した。
「シャボン玉?」
「うん! ほいくえんでやったの! たのしいんだよ!」
凛音が嬉しそうに反応した。
「私も、シャボン玉やりたいです!」
「四条さんも?」
「はい。子供の頃、やったことないんです」
「ないんですか?」
意外だった。シャボン玉なんて、誰でも子供の頃に一度はやるものだと思っていた。
「ええ。公園に来る機会もなかったですし……シャボン玉も、テレビで見たことがあるだけで……」
凛音が少し寂しそうに言った。その表情を見て、俺の胸が少し痛んだ。
「じゃあ、売店で買ってきます」
俺は立ち上がり、売店へ向かった。シャボン玉のセットを三つ購入して、芝生広場に戻る。
「これ、どうやって使うんですか?」
凛音がシャボン玉の容器を珍しそうに見ながら聞いてきた。まるで初めて見るおもちゃに興味津々の子供のようだ。
「えっと、まずこの輪っかを液に浸けて……それから、優しく息を吹きかけるんです」
「優しく……ですね」
凛音が真剣な顔で輪っかを液に浸けた。そして——思いっきり息を吹きかけた。
液が飛び散った。
「あれ?」
凛音が困惑している。白いワンピースに、少しシャボン液がついてしまった。
「あ、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。でも、やり方が……」
凛音が不安そうに俺を見上げた。
「もっと優しく、ふーって」
俺が手本を見せた。輪っかに息を優しく吹きかけると、綺麗なシャボン玉がいくつも飛んでいった。
「わあ!」
凛音が目を輝かせた。子供のような純粋な驚きの表情だ。
「私もやります!」
今度は優しく息を吹きかける。すると、小さなシャボン玉がふわふわと飛んでいった。
「できました!」
凛音が子供のように喜んでいる。その笑顔が、本当に無邪気で可愛らしい。お嬢様としての上品さの奥に、こんな一面があったんだ。
「じょうずー!」
蒼葉も一緒にシャボン玉を作り始めた。
三人で芝生の上でシャボン玉遊び。周りの家族連れも、微笑ましそうにこちらを見ている。きっと、仲の良い家族だと思われているんだろう。
凛音が夢中でシャボン玉を作っている。大きなシャボン玉を作ろうとして、ゆっくりと息を吹きかける。すると——
「わあ、大きい!」
手のひらくらいの大きなシャボン玉ができた。それがゆっくりと空に昇っていく。
「すごいです! こんなに大きいの、できるんですね!」
凛音の表情は、心から楽しそうだった。
「楽しいです……こんなに楽しいなんて……」
凛音がぽつりと呟いた。
太陽の光を受けて、シャボン玉が虹色に輝いている。凛音はその光景を、まるで夢を見ているような表情で見つめていた。その横顔が、とても綺麗だった。
*
午後二時を過ぎた頃、三人で公園内を散策していた。
遊具エリアから少し離れた、木々が生い茂る小道を歩いている。木陰が涼しくて、心地よい風が吹いている。
「あ、蝶々!」
蒼葉が白い蝶を見つけて、追いかけ始めた。
「蒼葉、あまり走るなよ」
俺が注意すると、蒼葉は「はーい」と返事をした。しかし、その足は止まらない。白い蝶を追いかけて、蒼葉はどんどん先に進んでいく。
「雨宮くん、蒼葉くんが……」
凛音が心配そうに言った。
「ちょっと追いかけましょう」
二人で蒼葉の後を追った。しかし、小道は途中で二手に分かれていて、蒼葉がどちらに行ったのかわからなかった。
「蒼葉!」
俺が呼びかけるが、返事がない。
「どっちに行ったんだろう……」
「わかりません……」
凛音が不安そうに周りを見回す。
「とりあえず、右に行ってみましょう」
右の小道を進むが、蒼葉の姿は見えない。引き返して、左の小道も探す。それでも見つからない。
「蒼葉!」
「蒼葉くん!」
二人で必死に呼びかける。しかし、返事は返ってこない。
五分、十分と時間が経つ。蒼葉の姿はどこにもない。俺の心臓が早鐘を打ち始めた。
まずい。本当にまずい。
「雨宮くん……」
凛音の声が震えている。振り返ると、彼女の目に涙が浮かんでいた。
「どうしよう……蒼葉くん、どこに……」
「大丈夫です。絶対に見つかります」
俺は自分に言い聞かせるように言った。でも、不安は消えない。もし蒼葉が公園から出てしまったら。もし誰かに連れて行かれたら。そんな最悪の想像が、頭をよぎる。
「私のせいです……私が、ちゃんと見ていなかったから……」
凛音が泣きそうな声で言った。
「違います」
俺は凛音の肩に手を置いた。
「俺も一緒にいたんだから。四条さんのせいじゃない」
「でも……でも……」
凛音の涙が溢れた。
「今は、蒼葉を探しましょう。一緒に」
「……はい」
凛音が涙を拭った。
二人で再び公園内を探し回った。遊具エリア、芝生広場、池の周り、売店の近く——それでも、蒼葉の姿は見つからない。俺の不安は、どんどん大きくなっていく。
「あ……」
凛音が何かに気づいた。
「案内所に行ってみましょう。迷子の子供が保護されているかもしれません」
「そうですね」
二人で案内所に向かって走った。
案内所が見えてきた。そして——
「あおば!」
小さな声が聞こえた。案内所の前に、蒼葉がいた。案内所の職員さんと一緒に立っている。蒼葉の目は赤く、泣いた跡があった。
「蒼葉!」
俺が駆け寄ると、蒼葉が振り返った。
「おにいちゃん!」
蒼葉が俺に飛びついてきた。俺はしっかりと蒼葉を抱きしめた。
「心配したんだぞ」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
蒼葉が泣きながら謝る。
凛音も駆け寄ってきて、蒼葉を抱きしめた。
「よかった……本当によかった……」
凛音の目から涙が溢れた。
「ごめんなさい、蒼葉くん……おねえちゃん、ちゃんと見ててあげられなくて……」
「ううん……ぼくが、わるいの……」
蒼葉も泣いている。三人で抱き合って、しばらくそのままだった。
案内所の職員さんが優しく声をかけてくれた。
「お兄さんたち、仲がいいんですね」
俺と凛音は顔を見合わせた。家族みたいに見えたんだろうか。
「ありがとうございました」
俺が職員さんに頭を下げると、職員さんは笑顔で「無事でよかったです」と言ってくれた。




