8 初めてのデート(という名の公園遊び)①
日曜日の朝。
俺は蒼葉を連れて、街の中心にある緑ヶ丘公園へ向かっていた。
この公園は市内で一番大きく、広大な芝生広場、大型遊具、池、売店などが揃っている。休日には家族連れで賑わう場所だ。
「おにいちゃん、まだー?」
「もうすぐだ」
蒼葉は朝からずっとテンションが高い。昨夜も「あしたりんねおねえちゃんとあえるー!」と叫んでなかなか寝なかった。
俺も、実は昨夜あまり眠れなかった。
凛音と二人きり——いや、蒼葉もいるが——で会うのは初めてだ。しかも私服で。制服以外の凛音を見るのも初めてだ。
胸が高鳴る。
公園の正面入口に着くと、時計を確認した。約束の十時まであと五分。少し早く着いてしまった。
「おひめさま、まだかな!」
蒼葉が周りをキョロキョロ見回している。
「もうすぐ来るだろ」
俺も周囲を見渡す。休日の公園は既に賑わっていて、家族連れやカップルが行き交っている。
その時——
「お待たせしました!」
明るい声が聞こえた。
振り返ると、凛音が小走りでこちらに近づいてきた。
白いワンピース。裾が風にふわりと揺れる。麦わら帽子を被り、小さなショルダーバッグを斜めがけにしている。髪は普段と違って、サイドで一つにまとめられている。
——っ!?
心臓が大きく跳ねた。
制服姿も綺麗だが、私服の凛音は別次元だった。上品でありながら、どこか少女らしい可愛らしさがある。
「おひめさま、かわいい!」
蒼葉が凛音に駆け寄る。
「ありがとう、蒼葉くん」
凛音がニコニコしながら蒼葉の頭を撫でた。
「雨宮くん、お待たせしてしまって……」
「いえ、俺たちも今来たところです」
凛音が俺を見て、微笑んだ。
「今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
俺は視線を逸らした。直視できない。可愛すぎる。
「じゃあ、行きましょうか」
凛音が嬉しそうに言った。
*
公園の中を歩きながら、蒼葉が先を走っていく。
「あっちにおっきいすべりだいある!」
「蒼葉、走るな。危ない」
俺が注意すると、蒼葉は少しペースを落としたが、それでも嬉しそうに跳ねている。
「蒼葉くん、元気ですね」
凛音が笑顔で言った。
「すみません、うるさくて」
「いえ、可愛いです。子供は元気な方がいいですから」
凛音は本当に楽しそうだ。その表情を見て、俺の胸が温かくなった。
遊具エリアに到着すると、蒼葉が真っ先にブランコに向かった。
「おひめさま、おして!」
「はい、わかりました」
凛音が蒼葉をブランコに乗せ、後ろから優しく押してあげる。蒼葉が「わー!」と嬉しそうに叫ぶ。
俺はその様子を少し離れたところから見ていた。
凛音の笑顔が、本当に自然だ。学校で見せる上品な笑顔とは違う、心からの笑顔。子供と接している時の彼女は、どこか少女のような無邪気さがある。
「雨宮くん」
凛音が俺を振り返った。
「一緒に押しませんか?」
「あ、はい」
俺も凛音の隣に立ち、ブランコを押す。二人の手が、ブランコの鎖の近くで時々触れそうになる。その度に、心臓が跳ねた。
「四条さん、子供の扱い、慣れてますね」
「ボランティアで練習しましたから」
「ボランティア?」
「はい。月に一度、児童養護施設でお手伝いをしているんです。子供たちと遊んだり、勉強を教えたり」
「そうなんですか」
「子供たちと接していると……自分も癒されるんです。みんな素直で、一生懸命で……」
凛音の表情が柔らかくなる。
「雨宮くんは、毎日こうやって蒼葉くんと遊んでるんですか?」
「まあ、時間がある時は。でも平日は忙しくて、なかなか……」
「それでも、ちゃんと時間を作ってあげてるんですね。素敵です」
凛音が俺を見つめる。その瞳は真剣で、温かかった。
「もっとたかく!」
蒼葉の声で、俺たちは我に返った。
ブランコに満足した蒼葉は、大型の複合遊具に向かった。
滑り台、ネット、吊り橋などが組み合わさった、カラフルな遊具だ。
「すごい……」
凛音が目を輝かせた。
「四条さん、こういう遊具、初めて見ますか?」
「はい。私が子供の頃は……こういう場所に来る機会が、あまりなくて……」
凛音が少し寂しそうに言った。
「じゃあ、今日は思いっきり遊びましょう」
「え?」
「せっかく来たんですから」
俺が言うと、凛音の顔がぱあっと明るくなった。
「はい!」
蒼葉が遊具を登り始める。凛音もその後を追う。
「あの、四条さん、ワンピースだと——」
「大丈夫です!」
凛音が元気よく答えて、遊具に手をかけた。しかし——
「あれ……?」
ネットの部分で、スカートの裾が引っかかってしまった。
「動けない……」
凛音が困った顔をしている。
「ちょっと待ってください」
俺が駆け寄り、裾を優しく外してあげた。
「ありがとうございます……」
凛音が顔を赤くしている。
「やっぱり、ワンピースだと遊びにくいかもしれないですね」
「そうですね……でも、可愛い服で来たくて……」
その言葉に、俺の顔が熱くなった。
可愛い服で来たかった。それは、俺に見せたかったということだろうか。
「あの……変、でしたか?」
凛音が不安そうに聞いてくる。
「いえ、すごく……似合ってます」
俺が答えると、凛音が嬉しそうに微笑んだ。
「よかったです」
*
しばらく遊具で遊んだ後、蒼葉が「のどかわいた!」と言い出した。
「じゃあ、売店で何か買いましょう」
三人で売店に向かう。売店の前には、アイスクリームやジュースの看板が並んでいる。
「蒼葉、何がいい?」
「ぼく、アイスがいい!いちごあじ!」
「じゃあ、いちごアイス一つ」
俺が注文してから、凛音を見た。
「四条さんは?」
「私……チョコミントがいいです」
「チョコミント?」
意外だった。もっと上品な、バニラとか抹茶とかを選ぶと思っていた。
「意外……ですか?」
凛音が少し不安そうに聞いてくる。
「いえ、そういうわけじゃなくて……もっと、その、上品な味が好きかと」
「チョコミント、美味しいですよ?」
凛音が少しムッとした表情をしている。それがまた可愛い。
「俺も好きですよ、チョコミント」
「本当ですか?」
「はい」
実は俺もチョコミントは好きだ。あの爽やかな味が、夏にぴったりだと思う。
「じゃあ、チョコミント二つといちご一つで」
アイスを受け取り、近くのベンチに座った。三人並んで座る。真ん中が蒼葉、右が凛音、左が俺だ。
「いただきます」
三人で手を合わせて、アイスを食べ始めた。
「おいしい!」
蒼葉が嬉しそうに叫ぶ。
凛音もチョコミントアイスを美味しそうに食べている。その姿を見ていると、微笑ましくなる。
しばらく無言で食べていると、凛音が突然口を開いた。
「あの、雨宮くん」
「はい?」
「私、普通の高校に通っていること、不思議に思いませんでしたか?」
「え?」
「四条家は、それなりの家柄なので……普通はエスカレーター式の私立に通うものなんです」
確かに、そう言われてみればそうだ。俺も疑問に思っていたが、聞くタイミングがなかった。
「でも、私は……普通の学校に通いたかったんです」
「普通の学校?」
「はい。エスカレーター式の学校だと、みんな似たような家庭環境で……本当の友達ができるか、不安で……」
凛音が少し寂しそうに微笑んだ。
「だから、父と母に頼んで、公立の高校に通わせてもらったんです。最初は反対されましたけど……」
「そうだったんですね」
「普通の生活を知りたかったんです。普通の友達を作って、普通に笑って、普通に過ごす……そういう日常が、私にはなかったから」
凛音がアイスを一口食べた。その横顔は、どこか切なそうだった。
「でも、学校に入ってからも……みんな『四条家の令嬢』として見てくるから……」
「今は、友達もできたじゃないですか。美咲さんたちとか」
「はい。美咲さんたちは、本当の友達です。でも、それでも……」
凛音が俺を見た。
「雨宮くんと出会えて……本当によかったです」
「え?」
「雨宮くんは、私を『四条凛音』として見てくれてない気がして……」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
確かに、俺は凛音のことを「お嬢様」として意識はしているが、それ以上に「一人の女の子」として見ている。
「あ……」
突然、凛音が声を上げた。
「どうしました?」
「口の周り……アイス、ついちゃいました……」
凛音がハンカチを取り出そうとするが、バッグの中で見つからないようだ。
「あの……」
俺はポケットからティッシュを取り出した。
「こっち向いてください」
「え?」
「拭いてあげます」
凛音が顔を赤くしながら、こちらを向いた。
俺はティッシュで、凛音の口元を優しく拭った。至近距離で見る凛音の顔は、やはり綺麗だった。
「ありがとうございます……」
凛音が小さな声で言った。
「おにいちゃん、やさしい!」
蒼葉が横で笑っている。
「りんねおねえちゃん、かわいい!」
「も、もう……蒼葉くん……」
凛音が恥ずかしそうに俯いた。
——この人、意外と天然なんだな。
そして、そういうところが、また可愛い。




