6 弟、ヒロインに懐く①
放課後。
俺は校門で妹たちを待っていた。
今日は蒼葉の保育園に妹たちが迎えに行った後、俺の学校に寄ることになっていた。
本当は直接家に帰ってもらいたかったのだが、さくらが「お兄ちゃんの学校、見てみたい」と言い出し、すみれも賛成したため、仕方なく了承した。
蒼葉も「おにいちゃんのがっこう!」と大はしゃぎだったので、仕方ないだろう。
校門の前で待っていると、下校する生徒たちの視線が相変わらず痛い。
もう一週間近く経つが、四条凛音との噂は収まる気配がない。むしろ、日に日に話題が大きくなっている気さえする。
「お兄ちゃん!」
さくらとすみれが、蒼葉の手を引いて歩いてくる。蒼葉は小さなリュックを背負い、嬉しそうに跳ねている。
「お疲れ様」
「ただいま、お兄ちゃん」
すみれが笑顔で言った。
「蒼葉、ちゃんと手繋いでてね」
「うん!」
蒼葉が元気よく返事をする。周りをキョロキョロと見回している。
高校の校舎や広いグラウンドが、六歳の蒼葉には新鮮に映るのだろう。
「がっこう、おっきい!」
「そうだな。お兄ちゃんの学校は大きいだろ」
「うん! すごい! あのたてもの、なんかいあるの?」
「四階まであるぞ」
「よんかい!? すごーい!」
蒼葉は目を輝かせている。普段は保育園の小さな平屋の園舎しか見ていないから、高校の校舎は巨大に見えるはずだ。
さくらとすみれも、興味深そうに校舎を見上げている。二人の中学校も三階建てだが、高校の方が規模が大きい。
「じゃあ、帰ろうか」
俺が言いかけた時、背後から声がかかった。
「雨宮くん?」
その声に、俺の心臓が一瞬跳ねた。
振り返ると、四条凛音が立っていた。今日も制服姿で、カバンを肩にかけている。放課後の日差しに照らされて、黒髪が艶やかに光っている。
「四条さん……」
「偶然ですね。今日は部活ですか?」
「いえ、妹と弟を迎えに——」
俺が説明しようとした瞬間、蒼葉が大きな声を上げた。
「おひめさまだ!!」
蒼葉が凛音を見て、目を輝かせた。
どうやら、動画か何かで凛音の顔を見たことがあるらしい。あるいは、直感的に「お姫様」だと感じたのかもしれない。
「蒼葉、待て——」
俺の制止も聞かず、蒼葉はさくらの手を離して、タタタッと凛音に向かって走っていった。小さな足で一生懸命走る姿は可愛いが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「きゃっ……」
凛音が驚いた声を上げたが、すぐに屈んで蒼葉を受け止めた。転ばないように、しっかりと腕で支えている。
「こんにちは」
凛音が優しく微笑む。その笑顔は、普段学校で見せる上品な笑顔とは少し違う、もっと柔らかくて温かいものだった。
「おひめさま、きれい!」
蒼葉が無邪気に言った。
「ありがとう。あなたは?」
凛音が蒼葉の目線に合わせて、優しく聞く。
「あおば! おにいちゃんのおとうと!」
凛音の顔が一瞬で赤くなった。
「……っ! 雨宮くんの……弟さん……」
彼女は俺を見て、困ったような、でも嬉しそうな表情をした。頬が薄く赤く染まっている。
「すみません、いきなり」
「いえ、大丈夫です」
凛音は蒼葉の頭を優しく撫でた。その仕草は自然で、子供に慣れているように見えた。
「蒼葉くん、いくつ?」
「ろくさい!」
「そう、大きいわね」
凛音の笑顔が、とても優しい。子供に接する時の自然な笑顔だった。蒼葉も、凛音のことを気に入ったようで、嬉しそうに笑っている。
*
少し離れたところで、さくらとすみれが近づいてきた。
「お兄ちゃん、あれが四条さん?」
さくらが小声で聞いてくる。目は凛音に釘付けだ。
「ああ」
「めっちゃ綺麗……写真で見るより実物の方がすごい……」
すみれが感嘆の声を上げた。確かに、凛音は写真や動画で見るよりも、実際に会った方が美しい。その上品な雰囲気と優しい笑顔は、画面越しでは伝わりきらない。
凛音は蒼葉と楽しそうに話している。
「蒼葉くん、保育園は好き?」
「うん、だいすき! おともだちいっぱいいるよ!」
「そうなんだ。偉いわね。お友達の名前、教えてくれる?」
「えっとね、ゆうとくんと、あやかちゃんと、けんたくんと——」
蒼葉が一生懸命、友達の名前を数え始める。凛音は優しく頷きながら、全部聞いている。途中で蒼葉が詰まっても、急かさずに待っている。
「すごいわね、たくさんお友達がいるのね」
「うん! ぼく、おともだちいっぱいいるんだ!」
「素敵ね」
凛音が笑顔で答える。その表情は、普段学校で見せる上品な笑顔とは違う、もっと自然で温かいものだった。子供と接している時の彼女は、どこか少女のような無邪気さがある。
「おひめさまは? がっこうすき?」
「ええ、好きよ。楽しいもの」
「なにがたのしいの?」
「お勉強もだけど……お友達とお話しするのが、一番楽しいかな」
「ぼくもー!」
蒼葉が嬉しそうに叫んだ。
その様子を見ながら、俺は胸が温かくなるのを感じた。凛音は、本当に子供が好きなんだ。蒼葉に対して、全く嫌な顔をせず、むしろ楽しそうに接している。
「ねえねえ、おひめさま」
蒼葉が凛音の顔を見上げた。
「なあに?」
「おにいちゃんのおよめさんになる?」
——ッ!?
時間が止まった。
周囲の音が消え、世界が静止したように感じた。
「えっ……あ、その……」
凛音の顔が真っ赤になる。耳まで赤くなっている。
「蒼葉!!」
さくらとすみれが同時に叫んだ。二人とも慌てて蒼葉に駆け寄る。
「ごめんなさい、四条さん!」
「蒼葉、そういうこと聞いちゃダメ!」
二人が慌てて蒼葉を引っ張る。しかし蒼葉は不思議そうな顔をしている。
「えー、だって、おひめさまでしょ? おにいちゃんのおよめさんになってほしいなー」
「蒼葉!」
俺も顔が熱くなった。周囲の視線が痛い。何人かの生徒が、この光景を見て立ち止まっている。またスマホを取り出している者もいる。
凛音は顔を赤くしたまま、でも嬉しそうに笑っていた。
「ありがとう、蒼葉くん。嬉しいわ」
その言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねた。




