1 寝不足の視線が、運命の告白になった①
午前六時。目覚ましが鳴る前に目が覚める。
俺、雨宮大樹は布団から這い出ると、廊下へ出た。まずは妹たちの部屋のドアをノックする。
「さくら、すみれ、起きろ」
「んー……」
中学二年生の双子、さくらとすみれの気だるい返事が聞こえる。次は弟の部屋だ。
「蒼葉、朝だぞ」
「……うん」
小学五年生の蒼葉は比較的素直に返事をする。三人が起きる気配を確認してから、俺は階下へ降りた。
キッチンに立ち、冷蔵庫を開ける。昨日スーパーで買ってきた食材を確認しながら、朝食のメニューを組み立てる。
今朝は味噌汁、卵焼き、焼き鮭。米は昨夜のうちにタイマーをセットしておいた。
慣れた手つきで朝食を作り始める。
雨宮家の両親は、二年前に交通事故で亡くなった。
突然のことだった。仕事帰りの二人が乗った車に、居眠り運転のトラックが突っ込んできた。二人とも即死だったと警察から聞かされた。
当時高校一年だった俺が、中学生と小学生の妹弟三人の面倒を見ることになった。
親戚は遠方にしかおらず、施設に入るか、バラバラになるかという選択肢もあったが、俺は四人で暮らすことを選んだ。
保険金と両親の貯金、それに諸々の補助でなんとか生活はできる。
ただ、将来のことを考えると、俺も働かなければならない。だから休日や深夜はバイト三昧だ。
「お兄ちゃん、おはよー」
パジャマ姿のさくらが眠そうな顔でキッチンに現れた。
「おはよう。顔洗ってこい」
「はーい」
続いてすみれと蒼葉も降りてくる。全員が食卓に揃ったところで、朝食を並べる。
「いただきます」
四人で手を合わせ、食事を始める。
「お兄ちゃん、また寝てないでしょ」
さくらが俺の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫だ」
「目の下にクマできてるよ」
「気のせい」
実際、大丈夫ではない。昨夜は深夜二時までコンビニでバイトをして、帰宅後シャワーを浴びて寝たのが三時。二時間ほど仮眠を取って、この朝を迎えた。
「蒼葉、今日の給食何?」
「えっとね、ハンバーグだって」
「そっか。楽しみだな。じゃあ夕飯は別のものにするか」
「うん!」
蒼葉が笑顔を見せる。この笑顔を守るために、多少の寝不足くらいは我慢できる。
朝食を終え、三人を学校へ送り出す。俺自身の登校準備を済ませ、家を出た。
*
教室に着くと、いつもの席に座る。
クラスメイトたちは朝から賑やかだ。誰かの恋バナで盛り上がっている様子だが、俺には関係ない。机に突っ伏して、始業までの僅かな時間を睡眠に充てる。
「雨宮、また寝てんのか」
友人の田中が声をかけてきたが、軽く手を振って追い払った。
一時間目は数学。苦手ではないが、今日の俺には睡魔という強敵がいる。
教師が黒板に数式を書き始める。ノートを開き、一応メモを取ろうとするが、ペンを持つ手が重い。まずい。意識が遠のきそうだ。
俺は目を見開き、何とか覚醒を保とうとした。視線を教室内に彷徨わせる。黒板、天井、窓の外。
そして、窓際の席。
そこには、四条凛音がいた。
長い黒髪を綺麗に整え、背筋を伸ばして授業を受けている。整った顔立ち、上品な雰囲気。学園一の令嬢と呼ばれる彼女は、誰もが認める美少女だ。俺とは住む世界が違う。
それでも、眺めている分には問題ないだろう。
(今日の夕飯、何作ろうかな……)
俺は無表情のまま、凛音の方向に視線を向けたまま思考を巡らせた。
(蒼葉がハンバーグって言ってたけど、給食で食べるなら夕飯は別のものがいいよな。鶏肉が冷蔵庫にあったはず。照り焼きチキンか、唐揚げか……)
食材のストックを頭の中で確認する。買い物に行く時間はあるだろうか。今日のバイトは夜十時から。それまでに夕飯を作って、片付けも済ませて。
思考の海を漂いながら、俺はぼんやりと凛音の方向を見つめ続けた。彼女が時折ノートに目を落とし、再び顔を上げる。その仕草すらも優雅に見える。
(明日は休みだから、まとめて作り置きしておくか……)
俺の視線は、ずっと凛音に向いていた。自分でも気づかないうちに。
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