潜入調査
「さ、ついたぜ」
車を二十分くらい走らせてイトロスの中心部から少し離れた静かで小さな街に到着した。
もう街全体は寝静まっていて、このあたりの建物にマフィアの隠れ家があるとは思えないような様相だった。
「私たちは外で待機しているので。二人ともお気をつけて、何かあればすぐに連絡してください」
「はい、わかりました」
「りょうかい~」
拠点のバーがある建物からは少し離れたところで降ろしてもらい上着を羽織る。
ここからはみんな仕事モードだった。ルカもあまり騒がしくなかったり、リベリオは料理しているときからは感じられない緊張感があった。(ちなみにウバルドはいつも通り圧があった)
「キミもあんまり固くならないでね、なんかあったら俺がなんとかするからさ」
「わ、わかりました…」
「敬語。」
もっと大事なことがあるのに私の中での最大の任務は"敬語を話さないこと"だった。なんとなく染み付いてしまった癖というものはなかなか抜けないことを無駄に理解した。
「気を付けま…がんばるよ」
「はは、がんばれがんばれ~」
人がこんなに苦労してるのに、他人事だと思って。大体お前が変なことしなければ今頃普通に仲良くできてたかもしれないんだからな!
「キミ、カクテルの名前覚えてる?」
「あれでしょ?オリーブフィズ」
「正解。ひとまずはそれだけ覚えといて」
そう話しているうちに建物の入り口に到着した。外からみると、一見アパートのようで建物の中にはエレベーターがあった。このエレベーターで五階にあがる。
「もう監視カメラついてるからね。ほら、腕組んで」
「なんで私が…」
「ぶつぶつ文句いわなーい。いい?出るよ」
エレベーターの扉が開くと、そこは薄暗いお化け屋敷のようだった。小さな受付でパオロの作ってくれた会員証を渡す。偽物だったとしても堂々としてるだけで本物に見えるんだ、と前にラウルから教わった。
「…ここに来るのはずいぶんと久しぶりだな。最近何してたんだ?ルゥ、フィーナ」
「彼とハネムーンに行ってたの。人の恋愛事情に口を挟まないでくれるかしら?」
わざとらしく腕にしがみつく。ちょっとやりすぎかなぁ…
「ふん、てめぇの性事情になんざ端から興味ねぇよ」
乱雑に会員証と入場用にチケットらしきものを渡される。自分から聞いといてなんなんだよこいつ!興味があったって教えてやることなんて一つもないわ!!
「ありがとね~行こうかフィーナ」
「ええ」
額に軽くキスを落としてから入り口の方へ進む。意識してないと偽名を使っていることを忘れそうだ。そのまま真っ直ぐ進んで少し大きめな扉へたどり着いた。
「覚悟はいい?」
「何を今更」
両開きの扉を押し開けるとそこは、クラブと賭場が融合したようないかにも裏社会を具現化したような場所だった。
もちろん前の世界でもクラブなんて行ったことがなかったし、ギャンブルなんかもしたことがなかった。そんな健全な私からしたら、この景色は異世界そのものだった。
「…あんまり深く呼吸しないようにね。たぶん薬だと思うけど甘い匂いが充満してる」
「わ、わかった」
上着の袖を伸ばして口元に当てておいてはいるが呼吸を止めることはできないから、できるだけ早く済ませたい。
「あら、あんたたち見ない顔ね?新入り?」
さっさとVIPルームに移動したいのに…!しかもこんなに人数がいるのにどうしてそんなに顔を覚えているんだよ。
と、パオロから内線が入った。
「その女の名前はミラナ。ここ一ヶ月入り浸ってるみたいだけど、下っ端の受け子だから」
パオロってすごいんだな。情報が早くて助かる…
「キミは…ミラナ?一ヶ月前から来てるって聞いたよ。残念だけど俺ら新入りじゃなくて古参なんだよね~。しかもあんたなんかよりよっぽどお偉いさんだったりするよ、口の利き方には気を付けな」
「貴方はまだわかるけどこの女も?軟弱そうなこの女が私より強いとは思えないわ」
こいつ受け子のくせにどこからそんな自信が沸いてくるんだよ。なんで私に勝てると思ってんだよ。根拠はなんだ、根拠は。
私の横でルチアがバッと手を出して、目の前の女の首を絞める。
「う"っ…」
「言ったよな?口の利き方には気を付けろって。それ以上俺の女を汚すようなこと言ったらこのまま絞め殺すぞ」
やばいやばい、こいつ殺したところで何も意味ないし変なとこで注目集めちゃう!止めなきゃ…
「ルゥ、その辺にして。こんな女殺してもなんも価値がないわ。そんなことより貴方の手が汚れる」
「ちっ…てことで気をつけてね、お嬢さん?」
一瞬にして殺し屋の雰囲気を纏わせたルチアに度肝を抜かれたようで、女はその場でへたりと座り込んだ。
「ちょっとあんた…!やりすぎだから!目立っちゃったらどうすんのよ!!」
「ごめんごめん、久々に女虐めたくなっちゃって…」
私の為に怒ってくれた、とかならまだしも動機が久々に女を虐めたくなって、とかふざけてんのか。この先心配すぎる。
「じゃ、早いうちにVIPルームに行っちゃおうか」




