危機の代償
話が進みます。
「わかってると思うけど騒いだら殺すから」
騒がなくたって殺そうとしたくせに。
身を乗り上げたまま鎖骨の上あたりに噛みつかれる。
「いたっ…」
「痛くするって言ったでしょ。早く吐かないと喉笛噛み千切るよ」
吐くも何もこっちだってなんも知らねぇんだよ!と、キレたい気持ちを抑えて、ひとまずこの状況を打破する方法を必死に考える。
「あんたの雇い主は?どこのファミリー?んー工学系とか機械に強いならイトロスの人間じゃなさそうだし、フロズ帝国だったりする?まさかとは思うけど一匹狼?」
ま、まって。何か急に情報過多。知らない単語が矢継ぎ早に発せられた気がする。落ち着け、冷静に、整理して。
ファミリーが英語で家族っていうことぐらいさすがの私でもわかるけど、たぶん彼らの服装と所持品を見る限り家族ではなくマフィアのことだ。
あとはイカ天みたいなカタカナとフローズンみたいな…帝国って言ってたから国の名前?
「はーやーく、答えて」
こちらが何も言わないことにしびれをきらしたのか、手のひらで首を圧迫して気管を押し付ける。呼吸ができず必死に抵抗した。
そんな弱々しい抵抗をものともせず片手で軽々しく握り締めていて、もう片方の手は手持ちぶさたに頬杖をついている。
きっと目の前の男にとっては私の命なんか気まぐれで、生きていれば遊び道具になり死んだら死んだで構わないといった感じだ。
「手…苦し…」
「だから、痛くしてるし苦しくしてるんだっての。自分の立場理解しろよ」
そろそろ限界だと思ったちょうどそのとき、部屋の扉がノックされた。
「ルカ、入りますよ」
その声はついさっき目覚めた部屋で聞いた落ち着いた低めの声だった。
酸欠で閉じかけそうだった視界を声のした方へ向けると、やはりさっきの部屋でみた記憶のある男が立っていた。
「全く、やりすぎですよ。いつも程々にしなさいと言っているでしょう」
「ちっ…ウバルドが優しすぎるんだよ」
助けてくれた…?
少し緩められたが、首もとにはまだ手がかけられている。
「先ほどパオロから分析し終わったと連絡がありましたよ。残念ですが彼女は紛れもなくレイさんです」
「は?そんなわけないでしょ!こいつがレイちゃんじゃないのはお前だってわかるだろ」
「詳しい説明は後でしますのでひとまず彼女を。ルカ、これ借りますよ」
ウバルドと呼ばれた眼鏡で細身の男は手早く手袋をしながら、タンスから何かを持ってからベッドの方へきた。とりあえずこの男のおかげで私の、もといレイとやらの命は救われた。
ルカを退けてから片足をベッドに乗り上げる。
「すみません、少し手を触りますね」
乱暴なルカと違ってひとつひとつの動作が優しく丁寧だ。
そのまま言われた通りにしていると手首に厚いものがあたる感触がした。だけどそう感じたときにはもう遅かった。
「え?」
手を前に持ってこようとしても何かに引っ張られて動かせない。その代わりにジャラジャラと金属があたる音がした。
なんとか自分の手首を見てみると黒革の分厚い手枷がついていた。両手の枷から伸びる鎖はベッドヘッドに繋がっている。
助けてくれたと思ったら大間違いだった。
「な、なんですかこれ…!ちょっと、外してください!」
「残念ですけど私はルカの味方ではありませんが、貴方の味方でもないんです。得体の知れない貴方を野放しにしておくわけにもいかないので」
「あはは!かわいそーに、いい様♪」
「はぁ…ルカはもう少し反省してください」
重めの拳骨を食らったルカは頭を押さえたままベッドに倒れこんだ。
ウバルドは細身のくせに力があって優しくないことがわかった。
「改めて聞きますね、貴方は誰なんです?」
「えっと私は…異世界人…?」
「おい、ウバルド。こいつ殺していいか」
「許可したいところですがやめてください」
許可するな、許可したいと思うな。
だいたい私だってなんて説明したらいいかなんてわかるわけない。転生しましたー!なんてそんな簡単に伝わってたまるもんですか。夢がないわ。
「実は私も玲という名前なんです。あるときに死んで目が覚めたら皆さんがいて…」
夢がないとは言ったが、夢なんか見ている場合でもなく普通に命の危機であることに変わりはないから、ひとまず自分の置かれている状況を説明してみる。けど、まぁだいぶ無理がある。
「あれ、もしかして死ぬ前に拳銃で撃たれたりした?」
「え?どうしてそれを…」
珍しくルカが興味を示した。しかも彼の言っていることは私の生前起きたことと一致している。
「なんかさ、2日前くらいにレイちゃんが、古書で見た~とか言ってよくわからない記号を床に書いててさ」
レイちゃん…一体どんな人物だったんだろうか…
「何してんの~?って聞いたら、この生活に飽きちゃったから誰か身代わりを召還する~!とか言ってくるくる回ってた」
レ、レイちゃん…?5歳…??
「何か変なことしてて面白そうだったから誰を召還するか聞いたら、次に拳銃で撃たれて死んだ人!ってニコニコしながら言ってた」
は、話が突飛すぎる~~~!
ファンタジーでしか許されない世界線というかそもそもここはファンタジーってことでいいのかな。わからないけど、私はそんなわけ意味不明な儀式で召還されたの?
「あ、あの!その効果?儀式?はいつ解除されるんですか?」
そもそもそれが効果と呼べるものなのか、解除するという動詞が正しいのか何もわからなすぎる。
「知らないけど変わっちゃった以上、一生じゃん?だってあんたもう死んでるんでしょ?」
「あ…」
ルカってたまに核心をつくタイプだと思った。って感心してる場合じゃない。
「えっと…私はどうしたら…」
「どうにもできないしそのまま生きてればいんじゃな~い?」
「そうですね…現状をどうにかできないのであれば、そのまま生きていてもらった方がこちらとしても都合がいいので」
あ、そうだ。今のうちに魔法使いのようなレイちゃんについて聞いておいた方がいい。
「そういえばそのレイちゃんて何者なんですか?」
「「うちのボスの娘です/だよ」」
たぶん全体の中でも一番突飛な話です。




