第七章 託されたバトン
緊急事態に、田中先生も含めてメンバー全員が集合した。れんのケガの程度を確認した結果、やはりリレーへの出場は困難と判断した。
「在原、頼んだぞ」
田中先生の言葉に、ももの心臓が大きく跳ね上がった。個人種目での失敗の直後だけに、プレッシャーは相当なものだった。
「走順についてだが、加速の在原を1走にして、アンカーに後半型の桃田がいいとは思う…ただ、急造の編制だ…」
田中先生が続けてそう言うと、
「私は1走のまま、ももがアンカー……でお願いします」
かなが即座に提案した。
「え?でも..」
ももが遠慮がちに言いかけたが、かなに遮られた。
「アンカーは元々、ももの定位置じゃん」
その言葉に、ももは中学時代を思い出した。確かに、あの頃のリレーでは、ももがアンカーを務めていた。みんながつないだバトンをトップで受け取り、ひとり独走する、あの爽快感。忘れられない。
それに離脱したれんのところに入る方が、他の3人の負担は少ない。
「みんなでお膳立てをする、最後はももに任せる」
かなの言葉に、しょうこやあやも頷いた。
「ももセンパイなら大丈夫です」
両拳をギュッと握り締めたあやの純真な笑顔に、ももは胸が熱くなった。
「でも、私は個人種目で...」
「関係ないよ」
しょうこがきっぱりと言った。
「個人種目とリレーは別物。ももの加速にちゃんと追いついてバトン届けてみせるから」
しょうこは3走だ、ももと合わせるのは久しぶりになるにもかかわらず、迷いを見せなかった。
メンバーたちの期待と信頼を背負って、ももは覚悟を決めた。
「わかった。頑張る」
決勝まで残り一時間となり、ももたちは再びサブトラックで最後の調整を行っていた。特に重要なのは、あやからしょうこへのバトンパスだった。
「あや、しょうこの手に押し込むように!」
ももはあやの受け渡しの際の力加減を細かく指導した。バトンを受け渡す時のちょっとした躊躇がタイムに大きな影響を与える。
「こうですか?」
「そう、その強さ。あとは、声をもっと大きく、しょうこが安心して加速できるように」
バトンパスにおいて重要なのは、渡し手と受け手の信頼関係が全てだ。そのためにも、明確な力強い合図は必須だ。
「はい!」
あやの声がグラウンドに響いた。ももは満足げに頷く。
「あや、これなら安心して加速できる!」
しょうこがあやに声をかける。
「うん、大丈夫、今の感じで絶対に決まる」
ももも励ますように言った。
「でも、しょうこセンパイとももセンパイのパス練習の時間が…」
あやの心配は最もだった。しょうこからももへのバトンパスは、急遽決まったメンバー変更のため、ほとんど練習ができていない。
「あ~、そこは大丈夫」
しょうこはあっけらかんと答えた。
「まあね、しょうこと私は中学時代からやってるから、なんとかなるよ。あやは自分のパスに集中して」
ももは言った。
「はい!」
あやの返事は力強かった。いつもしょうこが冷たくあしらっているももへの信頼感の強さが頼もしくて心強かったのだ。
いよいよ決勝の時刻が近づいてきた。各チームの選手たちが招集所に集まり、最終確認を行っている。
ももたちのチームのメンバーの100メートル走の記録は、かな以外は他校と比べて決して上位の実力ではなかった。しかし、バトンパスの技術と連携においては、どこにも負けない自信があった。
「緊張してる?」
しょうこがあやに声をかけた。
「はい…少しだけ。でも、さっきより全然大丈夫です」
あやの声には、先ほどまでの不安が和らいでいるのが分かった。
「さすがあや、もう大丈夫そうだね」
ももが言うと、かなが小さくうなずいた。
「その図太さ、羨ましい」
かなが言うと、
「え?かなが言う?」
としょうこが返し、
「ねえ、中学の時のこと覚えてる?」
と懐かしそうに続けて言った。
「あの地区大会の決勝?」
ももが振り返る。
「そう。あの時もこんな感じだった。わたしとれんがミスってたから」
しょうこがそう言うと沈黙が流れた。みんなれんのことを思っていた。
「れんも見てる」
かながぽつりと言った。短い言葉だったが、その中にチーム全体への想いが込められていた。
「そうだね。れんの分も頑張らないと」
ももが答えた。
もも、かな、しょうこ、あやが輪になって肩を組んだ。
かなが語り始める。いつものように表情は変わらないが、その目には強い意志が宿っていた。
「みんな、私はこのメンバーで、負けるつもりは全然ない。それはももが誰んとこ入っても同じ」
かなが自分から話し始めることは珍しい。
「1走の私が絶対トップであやに渡す。あやはその勢いを加速させる。あやは自分を、しょうこを信じて」
「はい!」
「しょうこからもも…全然心配してない」
「ふふ、まかせとけ」
しょうこが答える。
「あとはももが、みんなの想いを背負ってゴールする。いい?」
かなの言葉に、ももたちメンバーは力強く頷いた。
「私も、絶対にみんなの想いを繋ぐ」
ももは決意を強くした。
「かなセンパイ…たまに流暢になるとこれだもん、ずるいです」
あやがもう涙ぐんでいた。
「あや、泣くのは勝ってから、行くよ!」
「おー!」
4人は輪を解いて、お互いの背中を叩き合って、気合いを入れた。




