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3:《使用人とメイドの出会い―前編》

部屋の掃除を終え、たたんだ段ボールをまとめてゴミステーションに投げた俺は、自分の部屋で一息ついていた。

青羽の母親は海外出張の準備があるとかで先程から使用人の人達とどたばたしている。

何か手伝ったほうがいいのか、とそれとなく聞いてみたが、『あなたは久美様の方をお願いします』と丁寧に押し返されてしまった。

正直、お願いしますと言われても何をしていいかわからない。というかそもそもアイツの部屋がわからない。


「……腹減ったな……」


頭を使うと腹が減るな。まぁ使ったというほどでもないけど。


「ついでに、アイツの部屋でも探して見るか」


ベッドに座っていた俺は立ち上がり、台所探しと青羽の部屋を探すことにした。




「……どれだよ」


部屋から出た俺は、すぐにそう呟いていた。

床の綺麗さもさることながら、長く続く廊下に張り付いている扉の数が異常だった。

そして、今さらながら思う。

ここはいわゆる『お屋敷』と呼ばれる場所なんだ、と。

昨日の夜は暗く、玄関しか目に入らなかったが、今玄関から出て確かめれば俺はその大きさに腰が抜けるだろう。

とんでもない場所に来たもんだ、と一人でため息をつく。

そして、元の目的を果たそうと足を一歩踏み出そうとした時。


「キャアーーー!!」


ドンガラガッシャーン!!とけたたましい音と、恐らくは青羽のものであろう叫び声が屋敷中に響いた。


「な、なんだ!?」


俺は慌てて音がしたほうに走り出そうとしたが、音が反響してどこが出元だかわからない。

視線だけをせわしなく動かすが、それだけで事態が解決するはずはない。

それどころか、二陣三陣とけたたましい音が響き、落ち着くことすら許されない。


「うぅ〜、どうしたらいいんだよ……」


足踏み状態に、俺はだんだんテンパッてきた。

そして、俺自身は何もしていないのに、勝手に追い詰められ叫び出しそうになる。


「こちらです」


と、いきなり現れた人物が俺の手を取って引っ張った。

いきなりのことに対応出来なかった俺はつんのめり、俺を引っ張った人も思い切りブレーキがかかる。

メイド服を来た彼女は、怪訝そうな顔で振り返る。


「……行かないんですか?」


その声に、俺は場違いに感動した。

波紋のかけらもない水のように静かで、底が見渡せる海のような透き通った声。一瞬返事をするのを忘れてしまう程に、その声は不思議な魅力を持っていた。

が、それに気を取られていたのもほんの数秒。

本日四回目となるやかましい音が響いたからだ。


「……行きましょう、二宮様」


そう言って、彼女はまた走り始めた。



















「ここです」

「………………」

「二宮様?」


彼女は今不思議そうな表情で俺を見ていると思う。

なぜなら、俺は今、膝に手をついて体全体で息をしているからだ。

まぁ、早い話、ただ単に疲れて参っているだけなんだが。

けれど、こればかりはしょうがない。

何を隠そう、俺は喘息持ちなのだから。

その証拠に、今の俺の呼吸音は、まるで細い空洞を風が吹き抜けたような音がする。

ヒュー、ヒュー、と必死で呼吸をして、何とか息を整える。


「……大丈夫、でしょうか?」

「…………」


喋るのはまだ億劫なので、彼女の言葉に手を挙げることで答えた。


全く、自分が情けないったらありゃしない……。


そんな俺を待つのは無駄と悟ったかそうでないか、(多分、前者なんだろうなぁ)コンコン、と彼女が部屋をノックする。


「久美様?……失礼しますよ?」


返事が無いことを確認し、部屋の扉を開ける彼女。


「……っ、あぶないっ」

「!?」


瞬間、俺は言うことを聞かない身体を無理矢理に動かし、彼女の前に回り込み、覆うようにして抱き寄せた。


……いや、別に我慢出来なくなったとかじゃない。

……多分。


そんなくだらない言い訳(なのか?)が頭を過ぎり、次の瞬間には大きな影が俺達を包む。

それはつまり、俺の背後に何かとても大きなモノがあるというわけで。


「……っ!!」


頭、そして背中に大きな衝撃が次々と駆け込んでくる。

もちろん痛いが、おそらく驚いて固まっている彼女の為にも、倒れる訳にはいかない。

自然と抱き寄せる腕にも力が篭ってしまう。


……しょうがないよ、な?


「二宮様……大丈夫でしょうか?」

「ん、あぁ。大丈夫……」


やがて衝撃は来なくなり、俺は彼女の顔を覗き込む。

そして、驚いた。


「……泣いてる、の?」

「!!いえ、決してそんな事はっ!」


必死に否定する彼女だが、涙を溜めて、身体を震わせながら言っても説得力など生まれない。

腕の中で震える彼女を見て、自然と俺の手は彼女の頭へと向かっていた。


「へ……?」

「…………」


なでり、なでり。


割とショート気味、肩にかかるかかからないか位の黒髪はサラサラしていた。

ふわりと香る香りに、何かのたがが外れそうになるのは男としてしょうがないと思う。


「あの……」


小さく発せられた彼女の声。

そこで俺は、彼女を抱き寄せたままのことにようやく気が付いた。

慌てて彼女を解放し、身体を離す。


「あ…………」

「?」


急に俯く彼女。

それを見た俺は、言いようのない罪悪感に似たモノが胸の内から競り上がってきた。


(初対面の人を抱きしめた挙げ句、頭まで撫でてしまった……。やばい、嫌われたかも……)


俺は俺で俯いてしまった。

そのまま二人で、散々な状況になった廊下で俯く。

俯いたままちらっと視線を動かすと、生活用品やら段ボールやらが散乱していた。


「あちゃ〜……やっぱり崩れちゃったか……」


急に後ろから聞こえてきた声に、俺は勢いよく振り返る。(彼女もすごい勢いで顔を上げて俺の少し後ろに移動した)

そこには、この惨事を生み出した犯人が立っていた。


「お前ぇ!!」

「久美様!?」

「ひぇっ!?……な、何よ二人してぇ……」


全く同じタイミングで叫んだ俺と彼女は、顔を見合わせて少しだけ笑った。


うん。嫌われたわけではないらしい。

……多分。


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