1:《新幹線の出会い》
純粋なラブコメ……には残念ながらならないかもしれません……。
『……ごめんね、やっぱり、君とは友達のままでいたい……』
『……………え?』
「…………」
むくり、と起き上がる。
同時に、悲しさと虚しさが心を支配した。
「……いい加減、立ち直れよな、俺」
自分で自分にツッコミを入れるが、虚しさが更に増したような気がした。
俺は、溜息をついてから布団から身体を出す。
「一体、何回失恋の瞬間を味わえば気が済むんだろうな」
夢の内容を思い返し、首をがっくりとうなだれた。ゴキリ、と首が鳴って痛かった。
「和斗ー?起きたんなら下に来て準備手伝って〜!」
「はいはい」
名前を呼ばれ、小さな声で自己満足な返事を返してから部屋を出る。しかし、相手に聴こえない返事に意味などあるのだろうか?
そんなくだらない事を考えながら、二宮 和斗は階段を降りていく。
「おはよ」
「おはよう、和斗」
居間に行くと、我が父親が優雅に朝食を食べていた。
まぁ、どれだけ優雅に見えようとも、その背後にダンボールが山のように詰まれていては、荷物の雪崩の方の心配に気が向いてしまうのだが。
「お前も食べろ。ほら、食わないと力が出ないぞ?」
「ん」
腹が減っているのは確かなので、俺は素直に父親の向かいに座った。隣に座らなかったのは諸事情があるから。
雪崩警報発令中の地域で優雅にコーヒーを飲んでいる父親を視界の端におさめながら、俺はトーストを口に運んだ。
「和斗、それはそっちに運んで」
「あいよ」
朝食を食べ終わり、母親の命令でダンボールを運ぶ俺。
何故こんなことをしているかというと……。
「ほーら、早くしないと引越しの業者さんが来ちゃうでしょ!?」
「わかってるって!」
そう。引越しである。
父親の転勤という有りがちな理由で、我が家族は住み慣れたこの地を離れる事となっていた。
といっても、俺だけは親戚の家に預けられるらしいのだが。
現に、俺の荷物は既にこの家にはなく、部屋は無駄に開放感あふれる仕様となっている。小さな物音でも響くので、夜中はプチ心霊体験をしている気分だった。
そうこうしているうちに、運ぶべきダンボールの数も大分少なくなっていた。
俺は肩を回し、もう一度気合いを入れ直す。
そして、見た目で一番重たそうなダンボールに手をかけ、思い切り持ち上げる。
「あ、和斗ちょい待ち」
「がっ!」
が、いきなり母親に呼び止められ、気合いが空回りした。
更にはダンボールが予想外に軽かったせいで危うく投げ飛ばすところだった。
俺はダンボールを床に置き、母親を見る。
すると、母親はとんでもないことを言った。
「今日、あんたは出発してもらうからね」
「…………は?」
「信じらんねぇ……」
そう呟いたのは新幹線の中。
俺は、流れる景色を眺めながら親の理不尽さに思いを馳せた。
いきなり告げられた移動予告。
あれよあれよというまに手荷物をまとめられ、気がつけば新幹線の中である。
「行き先だけ告げて、何が『頑張ってね!』だよ……。とんでもないな」
まあ連絡先はわかっているので、困った時はそこで聞けばいいだろう。
何事もポジティブに、と半ば開き直って背もたれに寄り掛かる。
うん、それなりにいい席だ。
「あの……」
「?」
背後、正しくは右斜め後ろから声が聞こえてきた。
だが、その声が俺に対して発せられているか分からないので、反応は最小限に抑え振り向きはしない。
「あの……」
しかし、声の主はどうも俺に用があるらしく、先程よりも少し大きな声で呼び掛けてきた。
流石に無視するわけにもいかず、首だけを向けて声の主を見た。と、その拍子に何かが顔に当たり、俺はそれを払いながら聞いた。
「何です、か?」
そこには、長い髪をした女が立っていた。先程のは彼女の髪が顔に当たったようだった。
長い髪を穏やかに揺らしながら、彼女は申し訳なさそうに言った。
「……隣、空いてますか?」
「で、指定席が先に座られてて、それを言い出せずにいたら、偶然俺の隣が空いてるのが目に入った、と」
「はい……」
荷物を上の棚に押し上げながら、彼女は俺の問い掛けに応える。
やがて、荷物が安定したのか、彼女はひとつ息をついてから、トスン、と俺の隣に座った。
微妙な距離を開けて座った彼女の横顔を見てから、俺は前を向いた。
だいたい同い年だろうか?
そんな感想しか覚えないのは、多分あまり機嫌が良くないからだろう。
そんな俺を、なぜだかじっと見つめている隣人。
「えっと、自己紹介?」
「どこにそんな流れがあったかな?」
「あはは〜」
あれ?キャラ変わってないこの人?
冷めた驚きと共に視線を彼女に向ける。
そこにあったのは、なんだかとても楽しそうな表情だった。
「……二宮和斗」
「へ?」
「名前。自己紹介」
しょうがないので乗ってみると、その笑顔は一瞬ぽかんとしたものに変わり、しかしまた前以上の笑顔に戻っていた。
何だか照れ臭いのは気のせいだろうか。
「私は、青羽久美っていいます。よろしくね」
「青羽……」
彼女――青羽久美の名を聞き、何か頭にひっかかるのを感じた。
しかし、彼女の顔を再度見ると、それもどうでもよくなった。
どうせ、大したことじゃないだろう。
「敬語じゃなくていいよ。なんだか話しづらい」
「そう?……えっと、二宮君って、何歳かな?」
「十六。高校二年生」
「えっ?私よりも下なの?」
「え?俺より上なの?」
予想外だ。
「うん。私高三だもん。……へぇ〜、てっきり私と同じか、上かと思ってた」
もしかして俺はふけてみえるのだろうか、と若干どうでもいい事を考えながら、俺は窓の外を見る。
太陽が、昼間の激しい光ではなく、優しい包むような光を発しながら、半分顔を覗かせていた。
「…………ん……」
目を開く。
どうやら、青羽と話す内に眠ってしまっていたようだ。
視線だけを外に向けると、空の主役は月へと代わっていた。
「…………ふぁ……」
どうせ最後まで降りないのだから、もう一眠りしてもいいだろう。
そう思って目を閉じた。が、ふと、本当にふと考える。
(青羽は……?)
そう考えると同時、ガタンと新幹線が揺れる。と、左肩に割と強めな衝撃がきた。
なんだ、と思い目を開く。
そこには。
「……コイツ……」
左肩を枕にして、気持ち良さそうに眠っている青羽の姿があった。
今の振動でポジションがズレたのだろうか、「うぅん……」と唸りながら頭を肩にこすりつけてくる。
やがて、気に入ったポジションがあったのか、今度は「……ぅふ〜……」と幸せそうな声で、ついでに表情も幸せそうな感じで動かなくなった。
「……………」
頭を肩から弾き落とそうかとも思ったが、こうも幸せそうにされるとそんなことはできるはずもなく。
「……ま、いいか……」
俺は、左肩に心地好い重みを感じながら目を閉じた。
「う〜ん……よくねたぁ」
新幹線から降り、思い切り伸びをする青羽。
それを見て、俺も身体を伸ばす。身体中の骨が鳴って、気持ち良かった。
「二宮君は、ここからどうするの?」
「俺?俺は…………」
親戚の住所は……と鞄の中を探る。
小さな内ポケットの中に、これまた小さく折られた紙があった。
「えっと……」
紙を広げ、そこに書いてある住所を見る。
青羽も俺の肩に手を架けて紙を覗き込んだ。
どうでもいいが、近い。
「あれ?」
「ん?」
突然、青羽が耳元で疑問の声を上げた。若干こそばゆかったが、当の本人は気付いていないようで、
じっと俺の持つ紙を凝視している。
もしかして知っている住所なのだろうか、と考えを巡らせ、聞いてみようかと思ったその時。
「久美?」
俺と青羽の背後から、女性の声が聞こえてきていた。
名前を呼ばれた青羽は、そこでやっと紙から視線を外した。
「お母さん!迎えに来てくれたの?」
「一応ね。でも、その必要も無かったかな」
「?……なにが?」
青羽が『お母さん』と呼んだ女性は、俺を見てそう言った。
青羽はその言葉の意味が分からず、首を傾げて俺を見た。
お前に分からないなら俺が分かるはずがないだろ、と同じ動作で返す。
女性は、俺に少し近付き、俺の顔をじっと見てから口を開いた。
「二宮、和斗君よね」
「あ、はい」
いきなり名前を呼ばれ、粗末な対応しか出来なかったのを若干後悔。
何故俺の名前を知っているのか、と思ったが、そんな些細な問題は、次の言葉で吹き飛んでいた。
「久美、来なさい」
「あ、うん」
青羽を呼び、俺の前に親子が並ぶ。
状況がつかめずに、俺と青羽は意味もなく見つめ合う。
「今日から家に住む、二宮和斗君よ。二人共、仲良くね」
……どうやら、まだ自己紹介は終わっていなかったらしい。
「「えぇ〜〜〜〜〜〜!!!!?」」