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ラムネ

「は、、ありがとう。」



知らないおじさんが僕の前に立っていた。ラムネのジュースをくれたおじさんは、そのままどこかにいなくなった。


ガラスで出来た青い瓶の中には、ビー玉とジュースが入っていて、僕は蓋を開けたら、たちまち空になるまで飲んだ。


飲み干した瓶の中に入っていた、青い地球のように丸いビー玉が、町の提灯に照らされれば今度は赤黒く光を灯していた。


おじさんはそれからも僕の前に度々現れた。毎年毎年、僕の手の届かないところを見て、サポートしてくれた。


射的も、金魚すくいも、水風船はすぐに割ってしまったけど、線香花火は消えるまで見れた。


おじさんは本当に単なる知らない人だ。それなのに、真夏の限りは僕のことを孫のように扱ってくれた。


だけどおじさんはいつも、気付いたら僕の前から消えていた。ありがとうって僕が一方的に言うばかりで、他にはなんも話したことがない。


それで、僕はついにある夏に、思い切って

「誰なんですか?」と聞いた。


本来ならば一番最初に聞いておくべき疑問なはずなのに、僕はついついその優しさに甘え込んでしまっていた。おじさんの事を聞いてしまったら、もうこの関係も終わるような気がしていたから、僕は手が震えて答えを待った。



でも、おじさんは僕には何も答えてくれなかった。


おじさんは黙ってまた、ラムネのジュースを僕にくれた。



次の年の真夏から、おじさんには会っていない。名前も知らないおじさんのことは、もちろん誰に聞く当てもなかった。


それに聞いたって、誰も知らないような気がしていたのだ。本当はおじさんなんて居ないんじゃないかと、本気で考えていたりもしていたけど、そんな事をしていても、おじさんはやはり現れることはなかった。



高校生になってから、そういえば僕は急激に背が伸びた。中学3年までのチビというあだ名が、たったの1年でのっぽになったのだから人間って怖い。


新しくできたばかりの友達らに、身体測定の紙を見せたら、みんな飛び上がってびっくりするのもそのせいだった。毎年毎年、真夏の測定の時に限って、なぜかかなり身長が伸びていた。


僕だって、紙に書かれた182センチに驚かなかったわけではない。むしろ、誰よりも驚いていたのは自分自身だ。これはハッキリ言える。


あのおじさんのことは誰も知らないけれど、僕だけは知っている。真夏にだけやってくる特別なおじさんだ。こんな話したって誰も信じてくれやしないだろうけど、あのおじさんは本当にすごい人だったんだと今になって思う。


思えば、毎年毎年、その背の高さがどんどん縮んでいっていた。最初はそれこそ、今の僕と同じくらいの、のっぽのおじさんだった。


それでも最後の年はどうだったか。170センチもあっただろうか。


きっと、人は風船のように縮まるのだ。空気を入れられて散々空に飛ばされて、挙げ句の果てには否が応でも割られてしまう。そんなもんなんだ。人って。


あの時僕が、「誰ですか?」なんて聞かなければ、もしかしたらまだおじさんは真夏の中にいたのかもしれない。そう考えると、なぜ聞いてしまったのかと、今になって口惜しい。



「あ、ラムネ買ってかね!」



「うわいいね!最高!」



またみんながラムネのジュースの屋台に駆けていく。僕も大急ぎでそれについていった。


たくさんの喧騒を掻き分けて、ようやく辿り着いた頃には、ラムネのジュースはなんと残り一本限りとなっていた。



「じゃん、けんっ、ポン!」



5人いたグループで、まさかの一人勝ちを巻き起こしたのは、最後に遅れてやってきた僕だった。



「まじかよー!!」



「つよくねじゃんけん!」



「そうかなぁ、たまたまだよ。」



ぼーっとしてたやつが、さらっと一人勝ちをしてしまったことでかなり申し訳ない気持ちになりつつも、本音は、僕もちょうど喉が渇いていたところだったのでタイミングが良かったと思っていた。


肩に下げたがま口から200円を取り出して、ラムネのジュースを差し伸べてくれた人の顔を見上げる。



「ありがとうございま」




まさにあの時のおじさんだった。あの時と違うところといえば、真顔だった顔に笑顔がついていたところと、僕よりも3まわりも小さくなっていたその背丈だ。



だけど、そんな変化が全くと気にならないほど、おじさんはしっかりとあの頃の面影を残したまんまで、僕にラムネを差し出してくれた。




「おじさん!!」



僕はつい、声に出してその人の顔を目で見つめた。



「ん、なんだい?」




「いや、なんでもない、です。」




なんでもないなんて言うつもりなど無かったのに、口走ってしまった。僕には切り出す勇気も賢さもまったく無かった。



「また来年きてな。」



「………はい!!」



屋台の片付けをしていたおじさんが、優しく言ってくれた。



また来年。そう思いながら、ラムネのジュースを一気に飲み干す僕。


空瓶の中では、青い地球のようなビー玉が、町の提灯の赤と黒を吸い込んで、踊っているのが見えた。



僕は今も、あの時の味を、忘れてはいない。



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― 新着の感想 ―
静かで大きな事が起こる訳でもない、主人公の僕だけが分かる小さな喜びという空気感がとても良かったです。
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