ダビデとウイロウ
北海道のブラックアウト。スマホが使えず、信号も消え、冷蔵庫の中身が悪くなる。それは家族にまかせる。私はただ暗闇の中でじっとしていた。ペンをもって。
数年後、名古屋のコメダでダビデと出会った。彼はまるで異国の王子様のようで、私は彼の流暢な日本語に驚かされた。「ウイロウは食べたことがありますか?」彼の問いかけに、私は首を振る。彼は笑って、「名古屋に来たなら、一度は試したいと」と。
その日、私はペンをきっと落としてしまった。大したことではないはずなのに、何かがずれていく感覚があった。カフェで注文を済ませ、手持ち無沙汰のままテーブルを指でなぞる。隣の席では、同年代の友達同士が娘の進学先の相談をしている。
「郷に入っては郷に従え」と心の中でつぶやきながら、席にもどった。
トイレに立つと、鏡に映る自分の顔が妙に疲れて見えた。ペンがないだけで、こんなにも心がざわつくのはなぜだろう。名古屋の街は賑やかで、北海道の暗闇とは対照的だった。
ブラックアウトの夜、私も、まずペンをさがした。たとえ、見えなくても、ひらがなはかけた。おうとうできない。れんらくとれない。ゆうせんじゅんい。1かくにん2すまほのざん3あとで4ほじょでんげん、、、、、、
その時と同じように、今も静かにこの喧騒の中にいる。
時は、また、名古屋のコメダ
「ウィロウ、買って帰らなくちゃ」と、伸子は独り言のように
呟いた。その後ろの席に座るダビデは、静かにその一部始終を見守っていた。
ダビデは、ウイロウを買いに行きたいといった。
「僕も、ウイロウ、買いに行きたいです。一緒にいきたい。あなたと。」
もじゃもじ、が、「いいんじゃないか。ウイロウ、いっしょに、かってきたらいいじゃないか」
と、にやにやしている。
「二人で?」それは、もういい。一人旅は、満喫した。洗面所にいって、かばんの中のペンをさがして、そして、昨日ゆっくりみれなかった、水道資料館にいこう。
もう、英語はやめた。日本語でだ。郷に入っては郷に従え。と、心の中でへんなりくつをこねて、日本語で、きっぱりウイロウの買い物はことわることにした。
「ごめんなさい。せっかくの、お誘いなんだけど、私、今日は、水道資料館にいって、北海道にかえらなければならないんです。ウイロウは、空港でかいます。あなたは、だれかに、きいて、名古屋の老舗で、買うといいと思います。きっと、だれかが、おしえてくれるとおもいますよ。」
コメダ会談のAとBに視線をやった。
自分でも、なかなか、きっぱり、上手に断り、バトンをAとBにわたすトークができた。一単語、一単語、しっかり区切って、幼児でも、十分ききとれるはやさでいった。バトンをうけとった、A とBもまんざらでもない顔している。ようちゃんも、君なかなかやるねと、という顔してた。
ところだが、雅春の声で、「水道資料館、きょう、お休みですよ。アイパットで、たしかめてごらんなさい。検索ワードは、名古屋水道資料館がはやいですよ。」
といわれた。
私は、また、ピエロになった。
わたしが、アイパットで、調べようとしたとき、もうすでに、ようちゃんが、しらべてくれて、
「ダビデのいうとおりだ。今日は、休みだね。その、水道資料館。定休日月曜日。あなた、本当に日本人?」なんて、失礼なこという。
まるで、かめだ、課長のようなひとだ。仕事はできるが失礼なことを、ずばずばいう。あの課長のようだ。いなきゃこまるけど、近くにいるのは、いやだ。コメダのコーヒー飲むときは、別のテーブルに座りたい。
Aが、声をかけてきた。
「ウイロウのお店、案内しましょうか?」
(もういい。ピエロでいい。バトンをわたそう。席をたとうとした。)
「おわすれですよ。大事なI PATでしょう。」また、さっきの言葉がリフレインした。
「ありがとう。さようなら。」
三重奏王子が、「ありがとう。」
伸子が、グッバイといようとしたとき、びっくりして、テーブルの角に足をぶつけた。
ダビテの手に、伸子のさがしていた、きゅんちゃんのペンをもってワイパーのように、右、左に振っているではないか。草薙つよしくんみたいなさわやかな屈託のない笑顔で。白いシャツが何より似合う、石鹸のにおいまでとどきそうな、その石鹸もアラビア製の初めてしる石鹸の香りで。
「いたい。」
また、三重奏王子ダビテが「大丈夫?」
(もう、大丈夫じゃない。)
「私、お手洗いにいってきます。」
と、いって、かばんも、あいぱっともひろげたまま、トイレにいった。
トイレで、鏡をみた。当たり前だが、朝の自分とかわりない。
ふう。深呼吸した。もう一度、鏡をみた。
だれもいないので、スマホをみた。だれかにラインしようか。
そういえば、朝食の写メ、おくってと響香は、別れ際いっていた。
響香のラインのページをひらいてから、、朝食の写真がないことに、気が付いた。
そして、あのペン。どうして、ダビデがもっているの?どう頭を整理してもわからなかった。
英語で、聞くなら、どうきけばいいのか?と考え「なぜ英語にしようとするのかと?」またさっきの自問迷路にはいって、郷に入っては郷に従えといって、背筋をのばした。
「でたとこしょぶだわ」結局、何一つ頭の整理もつかぬまま、席にもどった。
伸子の席はあいたままだったが、ダビデの横にAがいた。
Aは、まるで、ずっと前からの友達のように、「いっしょに、ういろうかいにいきましょう。これも縁ですから。Ipat、かしてくださる?」
ときいてきた。だめだといえず、「どうぞ。」
NOBUKOといれてある娘がアレンジしてつくってくれた、カバー。品なある桜のが、家紋のようにえがかれている。
「のぶこさんっていうの?」
「はい」
「すてきな、カバー」
「娘がつくってくれたものなんです。ペットボトルのふた、溶かしてつくるんですって。」
「あら、素敵な技法。工芸家?」
「いえ、幼稚園の先生です。」
ようちゃんが、通訳しなくていいのに、ダビデに通訳している。
ダビデは、「伸子のむすめさんは、幼稚園の先生なんだね。」というから、ハイといえばいいところを、イエスといったら、またダビデのペースになって、「伸子のファミリーは、すごい。幼稚園の先生なら、イギリスのダイアナ妃と一緒だ。」
なんていいだした。
B「そうだったわ。幼稚園の先生だった。私まだ、十七 八のころよ。」
よその国の女王だけれども、憧れのまなざしで、みてた、きれいな女王の写真をおもいだした。A,B,伸子は。
「よくおぼえているな、女子は。」ようちゃんは、いった。
ようちゃんは、まとめにかかった。亀田課長のように。
「いくの。いかないの。ウイロウかいに。どっちでも、僕はいいけど、いかないなら、いますぐ、いかない、と手をあげて。1,2,3,はい、きまり、皆行く。
ここは、僕がおごる。」と、2枚の伝票をレジにもっていった。
A,Bは、水知らずの、もじゃもじに、おごられることを躊躇したが、「かっこつけさせてよ。会社で、自慢話したいから、頼むよ。」とまとめられて、AとBと一緒にお礼をいった。
「ごちそうさま」
ダビデも「ごちそうさま」と伸子とこえをあわせた。
もじゃもじは、しっかり、領収書をもらっていた。
「名古屋店ってかいってあるのにしてくれよ。札幌から出張にきたのだから。」
本当に、亀田課長ににてる。あのもじゃもじ。
法事も出張経費おとされたらたまったもんじゃない。そんなどうでもいいことまで、考えた。自分の思考回路がわからなくなった。
そう。ペン。ぺん。ぺん。キュンちゃんのぺん。なんで、ダビデ、あなたがもっているの?かえしてほしい。おねがい。小走りに少しはなれていたダビデの横に、急いだ。