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【旧稿】台所シリーズ 第2部 台所は世界をかえる(長旅編)  作者: 朧月


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20/22

ベネチアの夕日と千歳の着地

また、伸子は夢を見た。

大統領がトランプを切って、いつもこの夢は始まる。

いつもは、大統領は一人だが、今夜の夢は二人だ。

体格の似た二人が目の前でトランプを切っている。

どうも、同時にカードをめくる約束らしいが、そう見せて、どちらも相手の札を見てから出したいようだ。

いつもは一人でカードを切る国の大統領。ふざけているようで、それがまた不気味だ。だが、隣に座るもう一人の男――神妙な顔つきで一点を見つめ、静かにカードを切るその姿は、それ以上に恐ろしい。

富士山のジグソーパズルは完成したが、ただ一つも誰もが実りを感じることなく、スパムの缶も開けることなく、かばんに詰めて次の町に移って三日が経とうとしていた。

部屋に、2か月、聞きなれないラジオが流れる日だったが、その空間にテレビがあることで、一瞬、日本に戻ってきた感覚を覚えた。

2024年パリパラリンピックの日本の車いすテニスの活躍がここでも報道されていて、テレビから流れる日本語に英語の字幕がついていることで、英語圏に戻ってきたことを感じさせた。

伸子は、昨日の大スクリーンを背にした、初めてのプレゼン、それがうまくいかなかったことに落ち込んでいた。

でも、そんなときだからこそ、日本人の活躍に涙が出るほど力をもらえるものだな、と思っていた。

日本人の活躍を見ながら、虹の輪のメンバーも口々に、「昨日、伸子のスピーチもすごかったよ。金メダル級だよ。」

「私もそう思ったわ。とても細やかな技術。」

「美術と文学と技術を融合させたアニメか漫画のよう。」

伸子のスピーチを褒めてくれたが、虹の輪の日本人らしい他国の人の慰めに複雑な気持ちが残った。

まだ、これからさらにこのチームで議論したいことが増えていた。

相変わらず部屋でマイクラばかりやっているトレーナーが部屋から出てきて、伸子に言った。トレーナーはご機嫌で、少し酔っているようだった。

「伸子、今までありがとう。君のおかげで、僕の、いや、僕らの大プロジェクトは完成した。今日は、あのスパムの缶を開けよう。明日は、ベネチアの夕陽を見て、みんなで川くだりをして未来を語ろう。」

部屋にばかりいることが多いので、どこの国にいたかわからなくなり、いつかどこかの絵で見たベネチアの景色が広がった。伸子は思わず「海外旅行しているみたい。」と言った。

「もう一年半も、君はしているじゃないか。」

「そうだった。」

「本当、どこの国に行ったか、思い出せないときはあるわ。ホテルの名前とかは覚えているのに。」

「万里の長城、やっぱり行きたかった。」とか、どこ行きたいと、ただの旅行グループの一団になったみたいに話して、みんなで笑った。

「僕は、あの日、君とチグリスの川のほとりでチェスがやりたかった。」

トムがジェリーに言った。

「そしたら、今やろうよ。チグリスの夕日の話を僕はするよ。」

ふたりはチェスを始めた。


そんなときだった。

テレビで、中国で10歳の男の子が殺傷された事件が報道された。

バラ子さんが言った。

「誰もが、歴史の渦の中にいるのね。私、やっぱり帰国するわ。伸子さん、一緒に日本まで帰って。パラリンピックの帰国団と一緒に帰らせてもらいましょう。」

そして、続けた。

「伸子さん、この前、もしも明日命が尽きるなら、何がしたいと聞いたら、言ったでしょう。孫の凛ちゃんの誕生日の料理を作りたいって。娘さんが運航の一端を担っている空港、娘さんに誘導で、ハッチを開ける飛行機で千歳の地にもどりたいって。明日なら、かなうのよ。ベネチアの夕日と千歳の着地、どちらか選んで。」

二人の男は、どんなカードを切るかわからない。

歴史の渦に負けない。答えはひとつ。

「千歳の地、凛の誕生会。」

スパムの缶の中身はおいしかった。

帰国団の日本の国旗の中に、ウクライナの国旗が混じっていた。

春に想像したあの風景。青い空の下、グラハムトーマスの黄色いバラが、まるで小麦のように咲き揃っていた。

バラ子と撮った「心のシャッター」をそっと開きながら、伸子は千歳へと向かう。

——心のシャッターがあれば、どこでも、この夢の続きはできるはず。滑走路を抜けて、飛行機が飛び立つ。町がどんどん小さくなって、雲を超えた。




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