表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧稿】台所シリーズ 第2部 台所は世界をかえる(長旅編)  作者: 朧月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/22

名古屋駅

名古屋駅




キッチンの前のダイニングテーブルに座って、伸子はこの二年間を振り返っていた。




2022年11月21日、名古屋の朝は雨だった。その後、空は晴れ、最高気温は21.6度。最低気温は11.9度で、日中は暖かく、どこか春のような陽気だった。


前夜は遅くまで起きていたけれど、早朝に目が覚めた。ホテルを早々にチェックアウトし、名古屋駅へと向かった。




札幌駅では人の流れが一方向なのに対し、名古屋駅は右へ、左へ、上へ、下へと、あらゆる方向に人が流れていた。まるで駅というより、未来都市の中枢に立っているような錯覚さえ覚えた。




札幌駅と名古屋駅に共通していたのは、人々が皆マスクをしていること、そしてポケットにスマートフォンを入れ、自信に満ちた足取りで歩いていることだ。その日、名古屋の朝は小雨が降っていたため、傘を持つ人も多かった。それでも、彼らの歩みには迷いがなかった。まるで雨すら予定に織り込み済みであるかのように。




札幌駅では、外国人はすぐに見分けがつく。けれど名古屋駅では、そうではなかった。皆が都市の巨大な流れに自然と溶け込み、そこにいるのが当たり前のようだった。


思えば、あの時の自分こそが“異国人”だったのだ。そう思いながら、伸子は初めての一人旅を思い出していた。




2025年1月4日




年が明けて間もない2025年1月4日。


伸子は朝から、同じ場所に置きっぱなしの新聞をぼんやりと見つめていた。パソコンの画面に開いている報告書は、相変わらず十行のまま。まったく進まない。


時おり、キーボードに「kkkkkkkkkkkkkkkkkkkk」と無意味な文字列を打っては、すぐにデリートキーを叩く。それを何度も繰り返していた。




記憶の波が、ふいに名古屋駅の光景を引き戻してくる。


あのとき、最初は人の波にうまく乗れなかった。名古屋駅の構内で、一瞬立ち尽くしてしまったのを覚えている。どの流れに乗ればいいのか、まるで分からなかった。




そういえば――あの駅、ベンチがない?




あれほど立派で近代的な駅なのに、どこにも座れる場所が見当たらなかった。これでは、孫を連れて来るのも、老いた母を案内するのも難しい。


やっぱり、一人で来て正解だったな――伸子はそう胸の中でつぶやいた。




前日のコンサートで隣に座っていた女性が、ふとこう言ったのを思い出す。


「札幌駅って、光がたっぷり入って、駅全体がぽかぽかしてて、素敵ですね」




そのとき初めて、自分がいつも当然のように感じていたもののありがたさに気づかされた。




札幌駅のあのベンチ。黒いストーブの前に置かれていて、近づきすぎると熱くて汗をかく。でもどこか懐かしい。


上には古いテレビがあって、いつも地元の情報番組が流れていた。馴染みのあるアナウンサーが穏やかな声で「道内の天気」を伝えてくれる。その姿は、安心感そのものだった。




「今日は、午後から気温が少し上がりますが、風が強いので、防寒対策をしっかりと――」




そんな言葉を聞きながら、ストーブの熱で手を温めていた学生時代。あの頃の記憶が、不意に甦る。




当時は「もうちょっとトイレの近くに置けばいいのに」と文句を言ったこともある。


それなのに今、名古屋駅でそのベンチがないと気づいて、札幌のあの空間が無性に恋しくなっている自分に驚いていた。


たった二泊の一人旅で、ホームシックを楽しむなんて。ちょっと可笑しな話だ。




「ベンチがないなら、せめて『ベンチはこちら』って標識だけでも置いてくれたらいいのにね」




心の中でそうぼやきながら、伸子はもう一度、人の波に身を委ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ