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8話 下ばっか見てると見えるはずのものも見えないぞ

 小部屋から出て分かったのは、ノーチェさんの起こした爆発は思っていた以上のものだったらしいということだ。噎せ返るような煙に、焦げ付いた匂い。壁も破壊したのだろうか、石材のようなものに躓きそうになる。


「ちょ、ノーチェほんまやりすぎやてこれ……!」

「しょーがねえだろ、あたしこれしかできねんだから」

「こ、こんなのバレたら即クビですよ……」


 確かに堂々としてろとは言っていたが、爆発させて尚堂々としてるその姿に尊敬すら覚える。


 周りに気を付けながら三人で足を進め、第三開発の部屋の前まで来た。あたりには薄っすらフォンテが漂っているような気がする。忍び込むのが第二開発でなくて良かった。フォンテを扱わない第三でこれなら、第二開発の部屋なんて入った日には中和剤を探す前にフォンテに当てられて伸びていたことだろう。


「て、ていうか、猫嫌いウィッチさんってこんな爆発あっても逃げないんですか……!?」

「だから変人やねん、愛してるんやろ自分の薬」

「逃げててくれたら鍵開ける労力も隠れて中和剤探す労力もねえのになあ」

「あのババア今いくつや?八十超えてるか?」

「一度会ったことあるけど、あいつ本気でエルフの血狙ってくるから気色わりーんだよな」

「エルフの血って薬になるっていうけど、ほんまなん?」

「知らねーよ、エルフの血は薬に、精霊の血は毒にって有名な都市伝説みたいなもんだろ」


 「おーこわ」とノーチェさんがわざとらしく身震いをする。


 そんなことを話しながら、薬草やら花やらが吊るされてる中を小走りで通っていく。開発部なんて初めて入ったが、哺乳類や爬虫類のホルマリン漬けや、虫なんかも多く保管されているらしい。調合の途中だったのか、大鍋に毒々しい色の液体がふつふつと沸いている脇に、干したトカゲが置きっぱなしになっていた。


「よしついたぜ、ルカ」

「あいよ、任せとき」


 見るからに重たそうな、重厚感のある扉の前で小さく二人がそうやり取りをする。扉は所々禿げていて、年季を感じさせる。


 ここは開発部が作ったり輸入した、人を死に至らせる物からちょっとした消毒液まで、ありとあらゆる薬が保管されている。もちろん、無断での持ち出しは固く禁じられている。


「ちょっと待っててえな」


 ルカさんはそう言うとゆっくり目を閉じた後に一呼吸置いて、大きく見開いた。縦の瞳孔がより細くなり、瞳の血管がじわじわと存在感を増す。爬虫類の鱗が薄っすらと顔に浮き上がる。リザードマン特有の把握能力だ。今ルカさんはヒトよりも爬虫類に近い状態になっている。


 鍵穴に細い針金のようなものを入れて、動かす。集中してるのか、細い舌が出たり入ったりを繰り返している。今この瞬間、ルカさんの目に何が映っているのか私には想像も及ばない。


 どこか浮世離れしたルカさんの瞳につい呆気にとられていると、こつんと肩をノーチェさんに小突かれた。


「おい、お前も準備しとけよ」

「じゅ、準備って言われても……」


 私は私がスキルを持っているという自覚が無いのだ。そんなことを言われても、何がどう私のスキルを有効なものにさせるのか分からない。


「……っしゃ、できたで」


 ルカさんのその声と共に、カチャンと小さな金属音が鳴る。鍵が開いたのだ。ルカさんの瞳孔がゆっくりと元に戻る。


「す、すごおい……」

「感心してないで早く行け」

「ほ、ほんとに行くんですか?私が?」

「ポポちゃんにしか頼めへんねん」


 辛うじて小声で会話をしているが、今にも大声を上げて逃げ出したい気持ちだ。貴方にしか頼めないの、なんて残業を押し付けられる時にしか言われたことがない。


 ここで行かないなんて駄々をこねる度胸も無いし、何よりリーラの猫のロトンドが心配だ。私は大きく深呼吸をして、扉を薄く開く。蝶番の軋む、歪な音がする。


「うう……」

「これ薬室倉庫の管理地図や。普通に開発部の社員に配られてるやつやから確かやで」

「猫嫌いウィッチがいるのはこの部屋の奥だ。余計な音立てないよう、ここの扉開けておくから」


 私の本当かどうか分からないスキルで中和剤を手に取ったらこの扉まで一直線に戻り、あとは全身全霊の大逃走という訳だ。何たるパワープレイ。


 半ばノーチェさんに無理矢理背中を押されるようにして薬室倉庫へ入る。ツンとした消毒液の匂いが鼻をつく。たくさんの棚が並んでいてまるで迷路のようだ。とりあえず進むしかない。意味があるかは不明だが、存在感を消そう消そうと思いながら歩みを進める。


 ここからずっと奥に光が灯っているらしく、全体的に薄暗いながらもぼんやりと前が見える。きっと奥の光の主は猫嫌いウィッチだ。願わくば、より手前で中和剤を見つけたいものである。


 ルカさんから貰った管理地図を、音を立てないようゆっくり広げる。どうやら図書館の分類のように、棚ごとに用途等で仕分けされているらしい。フォンテの中和剤は解毒薬の部類な気がするが……。


「__っ」


 まさかの最奥部だ。ハズレくじにも程がある。ため息をつきたくなる気持ちをぐっと堪えてまた歩き出す。怖くて前を見ることができない。頼むから見つからないでくれと俯きながら、一歩一歩踏み締める。床の木目が延々と視界を埋め尽くす。


 ずっと奥にあると思っていた光がどんどん近付き、辺りが明るくなる。この先に猫嫌いウィッチがいるはずだ。視線を上げたら見えてしまうのではないかと思うと、怖くて床から目を離せない。


 何だか涙が出てきそうだ。私こんなところで何やってるんだっけ。


「下ばっか見てると見えるはずのものも見えないぞ」


 不意に、先程のノーチェさんの言葉が頭をよぎる。そうだ、私は無能だから営業事務二課に配属された。しかしそれでも、誰かの役に立ちたいと思って、人の為になりたいと思って、その結果ここにいるのだ。


 己を奮い立たせて視線を上げる。すると上げた視線が一つの薬の瓶とかち合う。フォンテの中和剤だ。これだ。これを持って帰ればいいのだ。そしたらロトンドは元気になるし、リーラさんは喜ぶ。きっとノーチェさんも、他の皆も褒めてくれる。


 私の身長よりも高い位置にあるが、背伸びすれば届きそうだ。そう思って、手を伸ばし瓶に触れた時だった。


「っ!」


 指が便を掠め、私の手に収まることなく床に向かって一直線に落ちていく。耳を刺すようなガラスの割れる音が響いた瞬間、己の血の気が引いたような気がした。


「……何かしら?」


 嗄れた声と共にドタドタと忙しない足音が近付いてくるのを感じる。とにかく中和剤だけは手に取ってとりあえず棚の裏に隠れる。足元に割れたガラスと中和剤が飛び散っている。


「…………」


 体の奥底から轟くような心臓の音がうるさい。その姿は見えないが、気配から猫嫌いウィッチが近くにいることが分かる。割れた中和剤の瓶を見て何を思うだろうか。


「誰かいるの?」


 そりゃそう思う。自然に割れるにしては、あまりにも不自然だ。誰かが侵入したと考えるのが普通だろう。足が竦んで動けない。動いたとしてもこれだけ近くにいたら足音でバレてしまいそうだ。


 猫嫌いウィッチの足音がどんどん近付いてくる。終わった。これで私に本当はスキルなんて無かったらこのまま見つかって終わりだ。再就職先、見つかるだろうか。


「___!!!!」


 猫嫌いウィッチがこちらを覗いたのが分かる。俯きながら、必死に息を殺す。開口一番何を言われるだろうか、そう思っていたが猫嫌いウィッチは何も声を発しない。私のことが見えているはずなのに、そのまま何も言わずに私に近付く。


 いや、私に近付こうとしているのではないのかもしれない。本当に私のことが見えておらず、ただ歩いているだけだとしたら?


 そうとなれば、今の私にできることは絶対に声を出さないことだ。ノーチェさんの言うことが本当ならば、声が相手に届くことによって私の姿は視認される。何があろうとも、声を出してはいけない。


 ついに猫嫌いウィッチが私の目の前を通る。目と鼻の先の距離感に、唾を呑んだ。実は私の姿が見えていて、目の前に来た時に肩をぽんと叩かれたりでもしたらどうしようかと思ったがその様子は無い。


 猫嫌いウィッチが通り過ぎていく。彼女が奥に戻ったら、急いで戻ろう。


 そう思った矢先、頭にぽんと何かが乗ったのが分かる。その何かは、私の頭で小さく蠢いている。何となく察しがついて、叫び出したくなるがそれを何とか堪える。私が大の苦手としている、八本足のあの昆虫だ。薬を管理する部屋に虫がいるなんて、何事だ。


「~~~!!!!!」


 猫嫌いウィッチはゆったりとした足取りで奥に戻っていく。頼むからもっと早く歩いてくれ。そう思うがその願いは通じない。私の頭をまるでダンジョン探索のように自由に動く奴の存在を感じて先程とは違う意味で涙が出そうになる。


 やっと、ようやく、猫嫌いウィッチの姿が見えなくなったところで私はなるべく足音を立てないよう意識して走り出す。無我夢中とはこのことだ。


 手の中の瓶を確かめるように強く握る。あまりにも恐ろしいので後ろは見ない。こんなにも全力で走ったのはいつぶりだろう。


 扉が見えたところで安堵する。扉の隙間からノーチェさんとルカさんが顔を綻ばせ手招きしているのが見えた。さながらゴールテープを切るような感覚で部屋から飛び出す。それを抱き留めるような形で二人が迎え入れてくれる。


「よおおおっしゃ、よくやったタンポポ!」

「ポポちゃんすごいわ、ええ子やなあ!」

「え、えへ、えへへ……目の前を猫嫌いウィッチが通った時は焦りました……」

「でも見つからなかったってことはあたしの言う通り、スキル持ちだった訳だ」

「えへえへ……」


 二人は声を抑えながらも、抑えきれない喜びが溢れ出ている。これ以上ない褒められに、つい私も頬が緩む。


 そして何より、自分にスキルがあったことがあまりにも嬉しい。何の取り柄も無いと思っていたこんな私に。しかも姿を消す、認識させない、言わば存在透過なんていくらでも使い道がありそうだ。活用法次第ではコラジョを辞めてギルド入団だって……。


 そう妄想を脳内で繰り広げていると、「まあポポちゃんは後で改めて褒めるとして」とルカさんが冷静な声を出す。


「さっさとずらかるで……って、タンポポは何で頭に蜘蛛乗せてるん?」


 ルカさんにそう言われて、改めて頭の上の奴の存在を思い出す。夢中で走っていたのですっかり忘れていた。あの時は必死だったから耐えられたが、正念場を超えてしまったので私を引き止めるものがない。


「ぎゃっ……うーーーーー!」

「ばっっっっっっかお前!大声出すな!努力全部水の泡にする気か!」


 叫びかけた私の口をノーチェさんが慌てて塞ぐ。間一髪である。「ほらこれでいいだろ」と頭を払われ、奴が床に落ちる。なんて醜く忌々しい生き物だろう。


「ほら行くぞ!調査班が来る前に!」


 しーっと人差し指を口に当て、ノーチェさんが走り出した。それにルカさんと私は続く。


「あーそういえば猫嫌いウィッチの使い魔、蜘蛛だって聞いたことあるわ」

「よく報告されなかったな……って使い魔の蜘蛛にさえ気が付かれてなかったりして」

「う、嬉しいような嬉しくないような……」


 走りながらルカさんとノーチェさんが笑うが私は笑えない。まだ頭を蠢く奴の感触が残っている。それを振り切るように頭を振って私は二人に着いていく。

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