6話 クビはクビでも、懲戒処分になるかもしれません
ノーチェさんのその言葉に「ポポちゃんスキル持ちなの?!すごーい!」とペタロさんが目を丸くする。しかし私には全く身に覚えが無かった。
「え、ちょ、何のことですか?」
「いや分かるぜ、スキルを職で使わないヒトはスキル持ちって隠したがるもんな」
ノーチェさんはうんうんと頷きながら言うが、当の本人である私は頭が追い付かない。
スキルとは、ヒトという種族に稀に付与される特殊能力のことである。他の種族と違って特に抜きん出た能力は無いはずのヒトだったが、ダンジョン出現を堺にスキルが付与される事例が多発した。
初代ダンジョン攻略者の勇者はヒトであり、保有スキルは気炎万丈という烈火を操るスキルであった。スキルを活かした華麗なダンジョン攻略はそれはもう話題を呼んだものだ。
それから、戦闘において有利なスキルを持ったヒトがリーダー格の勇者として存在し、その周りを他の種族やサポート系のスキルを持ったヒト、または元来の能力を活かした種族が固める体系がパーティーとしての標準となったのだ。
スキル持ちと言うと感心されるものだが、スキル持ちのヒトはそう多くはない。しかもスキルと言っても戦闘向きでないものもある。もちろん、それを活かして勇者枠でないにしろパーティーに参加する者も多いが、例えば保有スキルが『運転技術』とかであればダンジョンには関わらない人生を送っていることだろう。
とはいえ、スキル持ちというだけで人生の道は開けていると言える。己の得意とすることを生業にすれば自ずと生活は上手く行くというものだ。そう、上手く行ってるはずだ。私にスキルがあると言うのなら。
「タンポポ、不思議に思ったことないか?お前、存在感無さすぎだろ」
「え、急に悪口言うやん」
「ちげーよ!ただ影が薄いって言うには異常だろって話だよ!」
縦長の瞳孔の目を丸くして言うルカさんに、ノーチェさんが噛み付く。
異常。そう言われればそうかもしれない。今日一日だけで三度、そこに存在したことを驚かれた。あまりに慣れすぎてこれが普通だと、私が地味すぎるのが悪いんだと思っていたが、異常と言われれば異常である。
「ほなタンポポのスキルは身を隠す能力ってことかいな」
「でもポポちゃんがノーチェと入ってきた時、私もルカもペタロも普通に存在見えてたよ?」
「恐らくだが、声を認識した際に姿も認識できるんだろ」
ノーチェさんは私を見て、「あんなバカでかい声で挨拶されたらな」と鼻で笑う。悔しいがその通りである。言われてみれば、今日の朝も、ノーチェさんと会った時も、さっきリーラさんと会った時も、私が声を出した瞬間存在に気が付かれていたことを思い出す。自分のことながら、なかなか鋭い指摘だ。
「存在感の無さがスキルだとしても何か……喜べないですね……」
「喜べよ、その力がこれから存分発揮されるぞ」
背中をノーチェさんに叩かれ、「ヒィッ」と情けない声が出る。
ノーチェさんは社内の地図をどこからか取り出すと、それを黒板に貼った。コラジョの本社であるこの建物は、五階建てで入り組んだ構造をしている。何かしらのお使いを頼まれた新入社員が迷うのは珍しいことじゃない。ノーチェさんは持っていたペンで二階部分の奥を指した。
「中和剤のある第三開発があるのはここ。この奥にある倉庫に中和剤はあるだろうが、管理人である猫嫌いウィッチはいつもそこに籠っている」
「籠ってるというか住んでるからな、あいつ。まじで出てこおへんねん、社内の避難訓練でさえやで?」
「そ、そんな人がいるんですね……」
「自分の作る薬に酔ってるんだよねえ、死なばもろともくらい」
「変人ってやつだよね、実績あるから解雇されないけど。ほんとに災害起きても出てこないんじゃない?」
冗談ぽくファルさんは言うが、そこまで言うなら本当に災害が起きても出てこなそうだ。
「倉庫に入るにしてもそれ以前に人払いが必要だねえ。そこはペタロに任せなあ、嘘の災害でも起こそっか!」
ペタロさんが小さな体を大きく反らして胸を張る。何かしらの嘘を吐いて人を払うということだろうか。しかし嘘によって会社にただならぬ損害をもたらしたペタロさんだ。ペタロさんの言うことなんか皆信じるのだろうか。
そう考えていたのが見え透いていたのだろう。ペタロさんはいたずらっぽく舌を出した。
「ポポちゃん、嘘の吐き方って百万個あるんだよお」
「すごい、悪事をそんな誇らしそうに言うことあるんだ」
きゅるん、と効果音が出そうなポーズをとるペタロさんに淡々とした拍手をファルさんが送る。ノーチェさんはそんなファルさんの首根っこを掴む。ファルさんは飼われている子犬のようにされるがままだ。
「我関せずって顔して言ってるがファル、お前も働いてもらうぜ。警備員に規制線貼らせて、そうだな二十分は入らないように上に伝えさせたい」
「二階の警備員でしょ?なら大丈夫だよ」
「……何がどう大丈夫なんですか?」
「まあ昔ちょっと乳繰りあった仲だから」
にこにこと穏やかな顔しながら言うことじゃない。一度でも関係のあった男は掌の上ということらしい。
「ほんで、倉庫の鍵開け役はウチやな」
「そう、横領疑惑を裏付ける理由になったルカお得意の鍵開け」
「ノーチェあんたほんま一度しばいたらなあかんな」
そう言って力こぶを作るような仕草をするルカさん。リザードマンの特徴として第三の目がある。無機物の構造を見通して把握できる能力だが、大体はざっくばらんなもののはずだ。鍵を開けられるとしたら誰もが唸る相当なものである。
「で、タンポポにはルカが鍵を開けたらこっそり中和剤をかっぱらってきてもらう、と」
「えっ、中にいる猫嫌いウィッチさんはノーチェさんがどうにかしてくれるんじゃないんですか?!殴って意識無くしてその間にみたいな!」
「ポポちゃん結構えぐいこと言うねえ」
「ばーか、これは猫嫌いウィッチに気が付かれないように中和剤を奪うための作戦なんだよ。あたしと鉢合わせしちまったら社員を誘導したのも全部二課のせいってバレちまうだろ」
それはそうだが、私の比重が重すぎないだろうか。私に任されたのは窃盗である。会社にバレたらそれこそクビ待ったなしだ。
「で、でも私の影の薄さがスキルじゃなくてただほんとに地味なだけだったとして、普通にバレたらどうするんですか?!」
「………」
「な、何か言ってくださいよ……む、無理ですよ!」
「無理じゃない!」
「な、何を根拠に!」
「あたしの勘だ!」
そんな堂々と言われても。つまり、ノーチェさんの言う通り、本当に私に懸かっているということである。「そ、そんなあ」と項垂れる私の肩をノーチェさんは「まあまあ」と言いながら軽く叩く。軽すぎる。あまりにも。
「ま、いつも通り各々何となくやるべきことは分かるだろ。このデブ猫が伸び切る前にいっちょやるぞ!」
「おおー!」
いつもこんなテンションなのだろうか。まるで体育祭の前の円陣くらいの感覚で皆拳を上げて意気込んでいる。その中で私だけがただ一人、拳を挙げられずにいた。当然である。私は私のスキルが本物か分からない状態でぶっつけ本番なのだから。
「何でこんなことに……」
お母さん、ごめんなさい。クビはクビでも、懲戒処分になるかもしれません。
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