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5話 ただ、そんなに暇な部署が一つだけあるんだな

「まあまあ、話はこれくらいにしてお仕事するよお」


 ペタロさんがのんびりとした声と共に手を叩き、皆が各々の席に着く。「ポポちゃんはここね」と何も置かれていない、真っさらなデスクに私は座る。


 机の配置はこうだ。上座の亀部長から、ルカさんとノーチェさんが向かい合わせに、その横にファルさんと私が向かい合わせに。そしてペタロさんの向かいの机には様々な資料やら書類が積み上がっており、その斜め後ろに扉がある。


 座ったはいいものの、やることがない。こういうのは自主的に聞くべきだと心得ている。とりあえず、隣のデスクのノーチェさんに恐る恐る声をかける。


「そ、その、何か私できることありますか?」

「あ?なんだろ、あたしすら今やること無いんだよな」

「えっ……ふ、普段はどんなお仕事を……?」

「んあー、そうだな、伝票管理したり、書類整理したり、郵便出しに行ったり、銀行の入金しに行ったり、備品の補充したり、切れた蛍光灯替えたり、植物に水やったり」


 つまり、雑用の中の雑用ということか。分かってはいたが、まともな仕事が振られることはないと考えた方が良さそうだ。まあまともな仕事を振られたとてロクにこなせなかったから、私はここにいるのだけど。


 ここは元の世界で言う追い出し部屋みたいなものなのだろう。会社からしてみれば、こちらから首を切るのもなんだが、社内ニートに耐え兼ねて自主退職してくれたらそれはそれで都合がいいといった所か。


「ああそうだ、給湯室あるからあそこで飲み物とか勝手に用意していいぞ」


 ノーチェさんに連れられて部屋を出ると、隣には冷蔵庫や簡易的なキッチン、そして食器棚が置かれた小部屋があった。経理の時もフロアに給湯室はあった。駄弁っている他部署の面々が怖くて使ったことはなかったけれど。


「サボりたい時はここだよねえ」

「大体毎日三時間はここにいるな」

「ファルがハイボールアホみたいに飲むから氷の減りが早いねん」

「聞こえなーい」


 あの事務室でさえ亀部長の目しかないのに、わざわざここでサボる必要があるのだろうか。とはいえ、狭い空間というものは落ち着くもので、お喋りには最適だ。一日三時間は流石に居座りすぎだけど。


 私はため息をついた。先程ここは追い出し部屋みたいなものかと考えていたが、ここにいる人達があまりにも順応しすぎている。社内ニート適性◎だ。なんて不名誉な。


「ポポちゃん何飲む?コーヒーに紅茶に、ココアとかもあるし、ノーチェのだけど炭酸のジュースもあるよ」

「あたしのジュースは高いぞ」

「あ、えっと、ココアで……」

「ポポちゃんかわええなあ、なんかこう、飴ちゃんとかあげたくなるわ」


 ファルさんが大きな白いマグカップにココアを入れてくれる。皆各々好きな飲み物を持ち込んで飲んでいるようだ。ルカさんに「飴ちゃんいる?」と差し出されたりんごの飴をありがたく頂戴する。そんな様子を見てペタロさんがハッとしたように口を開いた。


「そうそう可愛いと言えば、馬車乗り場の近くの可愛いケーキ屋さんの店長の息子さんの入ったギルド、詐欺ギルドだったらしいよお」

「最近増えてるらしいな、ダンジョン挑戦確約を謳って団員募集して、入団したら個人情報握って脅して強盗させるとか」

「迷宮省から承認貰ってないのに、貰ってるって証明書偽造してるらしいねえ」

「んなとこに武器流したらあかんから、営業部も今は新規開拓に慎重になってるって噂やで」

「物騒だよね、私がよく行く酒場も強盗入りかけられたって聞いたよ」

「入りかけられたってことは、結果的には入られなかったのお?」

「だって使ってる武器がノヴァ製だったんだ、高ランクギルドの勇者御用達の酒場でそれは間抜けだよ」

「ノヴァエラファブリカな、低ランクギルドはノヴァに頭上がらんらしいが……あそこも節操ねえなあ」

「あたしもそれ聞いたな、ちょーどダンジョン帰りのプリマクラッセのパーティーがいて強盗ボコボコにされたやつやろ?」

「プリマクラッセじゃそりゃこてんぱんだよねえ、今一番勢いのあるギルドだもんねえ」

「でもプリマクラッセのギルドの団長って六股してたらしいぜ」

「ええー!ノーチェそれどこ情報?」


 止まらない止まらない、お喋りが止まらない。井戸端会議って、こういうのを言うのだろう。ぽんぽんとテンポ良く交わされる会話の応酬に着いて行けない。狭い給湯室に五人、私だけが蚊帳の外である。こういう会話に上手く混ざれた記憶が無い。産まれてからもそうだが、もっと遡れば前世からだ。


 私のそんな負のオーラを気が付かせてしまったのだろうか。ルカさんが慌ててコップを置く。


「ちょちょ、いつも通り喋ってどうすんねん。ポポちゃん怯えとるやん」

「あっ、いや、全然、お構い無く……」

「まあでもこれが日常だからな、慣れろ」


 ノーチェさんの有無を言わせない態度がいっそ清々しい。しかしこれは、予想していた以上に。


「なんか……すごく暇そうですね」

「んあ?んなことねーよ」


 つい漏れた私の呟きにノーチェさんがそう返したその時、「あ、やっぱりこっちにいた!」と甲高い声が飛んでくる。声のした方を見れば、小さな体で大きな猫を抱えたドワーフが給湯室の外からこちらを覗いていた。


 髪を一つに束ねており、つなぎを着ている。服装からして鋳造現場で働いているドワーフのようだ。くりくりした大きな目をしているが、その目にはいっぱいの涙が溜まっている。


「あたしらの本業はこっちだぜ」


 こそっと私にそう耳打ちすると、ノーチェさんはドワーフに向かって歩み寄った。


「どうしたんだよリーラ、泣きそうな顔して」

「ノーチェ!ロトンドが……!」

「そういやお前が隠れて現場で飼ってるデブ猫、なんか元気ねえな」

「デブじゃなくてぽっちゃり!ってそうじゃなくて!」


 確かに、リーラと呼ばれたドワーフの抱えている猫はどこからどう見てもぐったりしている。生の気が無いと言えばいいのだろうか。目は細められていて虚ろ、手足にも力が入っていないようだ。


「ロトンドがフォンテを吸っちゃったんだ、私が目を離してたばっかりに……!」

「フォンテか、それはまずいね」


 フォルさんが険しい顔をして猫のロトンドに近寄る。獣人はその姿通り、自分に通ずる動物との親和性が高い。意思の疎通もできるし、体の状態も良く分かる……のだが。


「フォルお酒臭い!ロトンドの体調更に悪くなっちゃうじゃん!近寄らないで!」

「えっ……」

「当然だよねえ」

「……もう辞めようかな、お酒」

「その言葉、ペタロの嘘の五百倍信用ならんわ」


 リーラさんの言葉に傷付いたファルさんに追い打ちをかけるように、ペタロさんとルカさんが冷めた目で言う。ファルさんはふらふらと猫から離れ、部屋の隅に座り込んだ。「いち、にい」と地面のシミを数えており、あからさまに落ち込んでいる。


 私はそんな様子を尻目に、フォンテを浴びた猫を見つめる。


「フォンテって魔法の原液みたいなものですからね……猫が浴びたら大変ですよ」


 そう呟いた瞬間、リーラさんが驚いたようにこちらを見る。まるで私の声を聞いて初めて私を認識したかのような反応だ。


「えっ、あ、新しく二課に行くって噂になってたヒト?!いたんだ!?全然気が付かなかった!」

「えっ……」

「分かるぜ、地味すぎて見えないよな」

「……もう辞めましょうかね、ヒト」

「ちょ、ポポちゃん傷付いてるから!」


 ペタロさんのフォローも虚しく、私は体育座りして落ち込むファルさんの隣に座って地面のシミを数える。ていうか、現場でさえ私の無能が噂になっていたのか、嫌だなあ。


「ど、どれくらい浴びたか分からないけど、早く対処しないとまずいんじゃないかなあ」

「ヒトでも浴びすぎると後遺症出てもおかしないくらいやからな」


 話をとりあえず元に戻そうと、ペタロさんとルカさんがそう言う。確かに、その通りであった。


 フォンテはこの世界に存在する魔法の源のことを指す。普段は大気中に霧散しており、ウィッチはそれを集め杖で操作することによって魔法を使う。その操作は様々であるが、一貫して決まっているのはフォンテをそのまま魔法として出力することはないということだ。フォンテのみでは何もできない。薄めたり、伸ばしたり、曲げたり、要素を足したり、そういうウィッチやエルフのみが持つ魔法操作能力によって加工されて、フォンテは魔法という超常現象に成るのだ。


 武器を製造するこの会社にとって、中でも、魔法によるバフデバフ効果の付与に関する研究を行っている開発部にとって、フォンテそのものは重要な材料だ。フォンテを元に新たな魔法や効果を作り出すのが開発部の役目である。


 許容量以上のフォンテを浴びると目眩、頭痛、吐き気、動悸、寒気、ありとあらゆる体調不良の症状が出るのは世の中の常識だ。ヒトでそうなのだから、それより体が小さく器官の小さい動物が浴びたら、それは大変なことである。


「でもその猫現場で飼ってんだろ?何でフォンテ浴びるようなことになるんだよ」

「わ、わかんないよ。でも倉庫の隅にフォンテが溜まってたんだ。今現場は大騒ぎだよ」


 フォンテは局所的に集まると視認できる。黄金にきらきらと輝く靄のように見え、開発部の一部は常に薄く金色の膜が張っているように見えるのはよく聞く話だが、それが現場でとなると話が違う。


「とにかく中和剤を飲ませるのが先決やろ、えっと確か開発部が管理して__あっ」

「どうしたんですか、ルカさん」

「管理してるのあいつやわ、猫嫌い変人ウィッチ」


 苦虫を噛み潰したような顔をするルカさんに、リーラさんが泣きそうな顔で小さく頷く。ウィッチは基本猫や梟に魔法をかけて使い魔として使役することが多いが、その中で猫嫌いとは珍しい。


「ただでさえ隠れて猫飼ってた時点で怒られるだろうに、あの猫嫌いで有名なウィッチが猫のために中和剤くれるとは思えないねえ」

「しかもフォンテが溜まってたのが倉庫の隅だったから、害がある程浴びた従業員はいなくて傷病者がいるから中和剤くれとも言えないんだ」

「うーん、八方塞がりやなあ」

「浴びてから二時間以内には中和剤飲ませたいところだけど」


 ペタロさん、リーラさん、ルカさん、ファルさんが揃って眉をハの字にする。私も同じだ。打開策が思い付かない。その中で、一人だけ眉を逆ハの字にしているのがノーチェさんであった。


「いーや、何とかしてみせるぜリーラ。お前だって現場戻らなきゃだろ?ロトンドはこっちで看病してるから二時間後の昼休みに戻ってきな」

「で、でも……」

「大丈夫、リーラが戻ってくる頃にはロトンドも元気いっぱいさ」


 ノーチェさんは自信たっぷりの表情で犬を撫でるみたいにリーラさんの頭を乱雑に撫でる。


「……ほんとう?」

「本当に決まってんだろ、任せとけって!」

「うう、じゃ、じゃあまた昼休みに来るね!」


 心配そうな顔持ちで名残惜しそうにロトンドを見つめながらも、リーラさんはロトンドをノーチェさんに受け渡して部屋を出ていく。ぱたんと扉が閉まったところでルカさんが呆れたように頬杖をついてノーチェさんを見た。


「どうすんねん、何か考えでもあるんか?」

「じゃなきゃ引き受けねえだろ」


 さも当然のように言ってのけるノーチェさんはロトンドを畳んだ膝掛けの上に横たわらせる。しかし、私はそれとは別にまた不安があった。猫がどうとか以前に、もっと根本的な話である。


「あ、あの、さ、差し出がましいようですけど」

「なんだよタンポポ」

「猫ちゃんも確かに心配ですけど、お仕事しなくていいんですか……?」


 先程聞いた仕事内容は雑務しかなかったが、それでも仕事は仕事だ。猫を助けるのも大事なのは百も承知だが、それでは本来の仕事をする時間が無くなってしまうのではないか。そんな私の言葉にノーチェさんは不思議そうな顔をする。


「さっき言ったじゃねえか、あたしらの本業はこっちだって」

「会社に内緒で飼ってた猫を助けたいなんて、総務に言っても取り合ってくれんやろなあ」

「皆そんなに暇じゃないからねえ」

「ただ、そんなに暇な部署が一つだけあるんだな」


 順々に言っていく中で最後ファルさんが得意気な顔をしていたが、絶対に自慢できることではないと思う。とはいえ、ルカさんの言う通り総務はリーラさんの話をまともに聞いてはくれないだろう。それが当然と言えば当然であるのだが、だからといって猫を見捨てたくはないのは私も同じである。


「パワハラ上司の証拠記録してバトったり、全然認証されない稟議持って乗り込んだり、ああそうだ、浮気調査なんてのもしたな」

「私たちはお願いされてやってるだけなのに、また二課か!って言われるよねえ」


 なるほど納得だ。そういった表沙汰にはならない、またはしたくない、社員のゴタゴタや困り事をこの営業事務二課で請け負っていたようだ。


「ま、そういう訳で今日の午前の仕事はリーラんとこの猫を救うことやな」

「は、はあ……」


 ルカさんがロトンドを心配そうに見る。「こっちのが楽かな」とファルさんがロトンドの顔向きを変える。その表情は明らかにぐったりとしており、一刻を争っているのを実感する。


 しかしノーチェさんに案があるようだから、私は解決する様子を見ていればいいだろう。なんせ異動してきた初日なのだから。


「そして肝心のあたしのとっておきの案だが」


 ノーチェさんは胸を張って締まりのない顔をした私を指差す。


「タンポポ、お前に懸かってる」

「えっ!?」

「営業事務二課に来て最初の大仕事だな」

「ええっ!?」


 腑抜けていた顔が一気に強張る。それは話が違う。ただでさえ思いもよらない仕事内容があったもんだと思っていたところなのに。


 私に何もできることなんかない。経理にいた頃は自慢じゃないが、軽い事務仕事でさえミスを連発していたような私である。できることよりできないことを挙げたほうが圧倒的に多いのだ。


「む、無理です無理です!私に何ができるって言うんですか!?」


 慌てて手と首を左右に振りまくる私を宥めるように、ノーチェさんが私の肩に手を置く。そしてにやりと笑った。


「もう同じ部署の仲間じゃねーか、教えてくれてもいいだろ」

「へ?」

「タンポポ、お前スキル持ちだろ」

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