3話 ようこそコラジョの掃き溜めへ
瞬間的に取り繕うことはできるので、第一印象は良いのだ。己の全身全霊の取り繕いで就活がそこそこ上手く行ってしまうのも前世と同じであった。そして入社した直後も印象は悪くない。
問題はそこからである。常に己の全身全霊なんて持続する訳がない。どんどんメッキは剥がれ、仕事においても対人関係においても無能であることがバレてしまうのだ。
だんだんと無能がバレていく過程はとんでもなくキツい。周りの目が柔らかいものから鋭いものに、そして最終的には最早無いものとして視界にすら入れてもらえないのは、そりゃあもう堪えるものがある。まさかこの体験を異世界転生してまでするとは思ってなかった。
「……って、話聞いてる?」
「えっ、あ、すみません……」
反射的に謝罪が出て、体を縮こませる私にカメリアさんは呆れたような顔をする。私は傾いた眼鏡を慌てて直して、視線を下に落とした。いつもそうだよね、そうやっておどおどして。と言いたいのだろうな、とまだ実際に責められてないのに責められたような気分になる。
「貴女には今の環境は合ってないんじゃないかって声があってね……もちろん、貴女の意志次第だけど」
貴女の意志次第?流石に私だって鈍くない。要するにこの部署にいても迷惑だから辞めてくれってことじゃないのか。そんな被害妄想ばかりが先行してしまう。
コラジョのオフィスは基本的に無骨な雰囲気だ。この会議室も、コンクリート打ちっぱなしの壁、黒板には前に使っていた人達の会議の内容が書かれている。そして何故か至る所に筋トレ道具や器具が置いてあるのも力こそ全てのコラジョらしさが表れている点である。
良く言えばモダン系、悪く言えば殺風景。今の私にとっては死刑宣告を受ける前の独房と同じである。クビ宣言まで秒読みの今の状況、早く殺してくれと言わんばかりの気持ちだ。
「申し訳ないけど貴女には……」
目を強く瞑る。ああ私、この世界でも友人ナシ、恋人ナシ、仕事はクビ。ダンジョン攻略で脚光を浴びるなんて夢のまた夢。異世界転生しても人生の予後が悪い場合ってあるんだな__
「部署異動をしてもらうわ」
「えっ?」
予想と違う言葉に先程かけ直した眼鏡がまたズレる。私の間抜けな声に、カメリアさんは不思議そうな顔をする。
「わ、わたし、クビかと、」
「クビぃ?しないわよそんなの、貴女が真面目なのは分かってるわ」
常に呆れ顔か怪訝そうな顔ばかりの上司に少しだけ微笑みが携えられる。それに私がホッとしたのも束の間、上司はまた呆れ顔……いや、どちらかといえば気まずそうな顔に変わる。
「それで……異動先がどこになるかって話なんだけど……」
「おーい!カメリア!噂の新人見物に来たぜ!」
勢い良く会議室の扉が開け放たれる……というか、薙ぎ倒される。扉が物凄い音を立ててコンクリートの床に叩きつけられた。よく見れば蝶番が破壊されており、カメリアと呼ばれた私の上司は眉間に皺を寄せて肩を震わせる。
「ちょっと!二課で待ってなさいって言ったでしょう!ていうか、何度扉を壊せば気が済むの?!その修繕費だって馬鹿にならないんだからね!」
「あ?んな脆い扉ばかりなのが悪いんだろ、コラジョは強度が売りじゃねえのかよ」
「武器と扉を一緒にしないでくれる?!」
スラッとした長身、色白の肌に長く尖った耳、金色の髪は絹のようだ。大きな翡翠色の瞳、長い睫毛に通った鼻筋、形のいい唇、それを一言で表すなら正に容姿端麗というやつである。思わず私は呆けてしまう。
「え、エルフだあ……」
「うわっ、いるじゃねえか!全然気が付かなかったぜ」
「あ、え、す、すみません……」
「なあカメリア、ほんとにこの地味で影の薄い奴が二課なのかよ?」
怪訝そうな顔で指を差される。散々な言われようだ。しかしそんなことはどうでもよかった。エルフは皆容姿端麗であることは知っていたが、それにしても綺麗だ。こんなに近くで見たのは初めてだった。
宝石のような二つの瞳が私を捉え、エルフはこちらに近付いてくる。輝く翡翠色の瞳の中で、たまに蜂蜜を垂らしたかのような金色がちらちらと光っている。思わず見惚れていると、「てゆーか」とエルフが言葉を続けた。
「……開口一番に種族名で呼ぶなんて礼儀のなってない奴だな、お前は名前じゃなくてヒトって呼ばれたいか?」
「えっ、いや、その、」
じろり、とその目に鋭い眼光が宿れば、蛇に睨まれた蛙も同然である。私は思わず後ろにたじろいだが、気が付けば椅子に腰掛けていたはずの自身の体が宙に浮いていた。エルフに自分の体が持ち上げられているのに気が付いた頃には、赤子にする高い高いの要領で持ち上げられた体を振り回される。
「ひ、ひえええ、すみませんすみません!私エルフと会うの初めてで!すごく綺麗でびっくりしちゃって!すみません死にます!」
さながら命を乞うかのようにそう喚くと、ぴたりと動きが止まる。そのまま乱雑に床に落とされたかと思えば、それはそれは美しい顔がどこか満足気に私を見下ろしていた。
「ふふん、礼儀知らずでもアタシの美しさは分かるってか」
「ノーチェあんたねえ、初っ端から嫌われるわよ」
この美しいエルフはノーチェさんという名前らしい。カメリアさんとは知り合いのようで、互いに砕けた口調で話している。そして、「ただでさえこの子……」と私の顔を窺うようにカメリアさんは私を見た。そうです、私は対人関係においてノミの心臓です。そう言わんばかりに震える私の情けなさたるや。
「しかしエルフと初めて会うとかあるか?普通に生きてりゃ関わることくらいあるだろ、ましてやコラジョに勤めてたら」
「あ、いや、見たことはあります……ただ私経理だからヒト以外と関わることなくて……すみません」
「ふうん、部署間の飲み会とか行かないんだ?」
「あ、飲み会苦手で……すみません」
「そんで、今まで友達もヒトだけ?」
「あ、友達いたことなくて……すみません」
俯きがちになりながら何とか力を振り絞って会話をする。ちらりと目線を上げてみれば、美人エルフは肩を小刻みに震わせ、その横でカメリアさんが額に手を当てて首を振った。あ、これまた怒られるやつだ。そう思った瞬間、また体が宙に浮かぶ。
「すみませんすみませんってうぜってえなあ!それに言葉頭にあって付けなきゃ喋れない呪いにでもかかってんのか!」
「うわああああ、すみませんすみません!あっまた謝っちゃった!すみません死にます〜〜!!」
泣き叫ぶ私をひとしきり振り回したところで、また床に放り投げられる。壊された扉が倒れている部屋で私の悲痛な声が響き渡り、端から見たらちょっとした事件であっただろう。
冷たいコンクリートの床に体を丸めて座り込む私に、カメリアさんが同情するような声で「それで異動する部署なんだけど……」と先程の話の続きを始めた。
「ノーチェと同じ、営業事務二課に行ってもらうわ」
「ひえっ」
あからさまに怯える私にノーチェさんは「文句あんのか?」と睨みを利かせる。ありませんありません、滅相もない、の意で首を横に大きく振ると、フンと鼻を鳴らした。
私は側に寄ってきてくれたカメリアさんにこっそり耳打ちする。
「え、営業事務二課って……あの掃き溜め二課ですか」
「……そうよ」
「なんだよ」
「あっ、何でもないです……」
ノーチェさんは地獄耳でもあるらしい。
営業事務二課と言えば、言葉を選ばず言えばこの会社の掃き溜めのような場所であると聞いている。聞いているというか、聞こえてきた。そのような雑談をする相手もいない私には、人の話を盗み聞きするくらいしか情報を得る手段が無い。
同僚が他愛のない小さなミスをした時に「こんなんしてたら私二課飛ばしだよー」と冗談交じりに笑っていたのを思い出す。理由は様々であるが、どこの部署でも必要とされない、所謂問題児が行き着くのが営業事務二課という共通認識だ。
「じゃ、じゃあせっかくノーチェが迎えに来てくれたからそのまま案内してもらおうかしら」
「えっ」
「別にいいけど、今日異動の話聞いたんだろ?引き継ぎとかねえの?」
「あーそれは、そうねえ……」
カメリアさんは目を泳がせる。そう、私の仕事の出来なさは群を抜いている為、特に引き継ぎがなきゃいけないようなことは何も無いのだ。本人を目の前にして言いにくいことこの上ないだろう。
「まああたしには関係無いからどうでもいいけど」
ノーチェと呼ばれるエルフがそう言うと、カメリアさんはホッとしたようにしつつも、早くこの場から離れたいと言わんばかりにそそくさと会議室を後にする。申し訳程度の「頑張ってね、タンポポさん」と声をかけてくれたが、それは何の救いにもならない。
取り残されたのは私と美人エルフの二人。何とも言えない空気が流れる。
「あたしはノーチェ・ステファノフ。あんた名前はタンポポっていうのか?」
「あ、はい、そうです……」
「へえー間抜けな名前」
「うぐっ……」
「嘘だよ、可愛いじゃん」
頭をぽんぽんとされて、顔を上げると思いの外柔らかい笑顔が私に向けられていた。美人に微笑まれるのは心臓に悪く、耐えられなくなって顔を逸らす。「うえ、あ、その、」と口をモゴモゴさせながら何も言えなくなっていると、指で私の顎を持ち上げ、無理矢理視線を合わせられた。視界いっぱいに美人が映され、ごくりと息を呑む。するとそんな私の顔が面白かったのか、整った顔が一斉に散らばったかと思う程、ノーチェさんは豪快に笑った。
「でもやっぱ地味だなーあんた!地味すぎて存在に気が付かないとかあるんだな!」
「うっ……」
「何だよちょっとは言い返してみろよ」
言い返す?そんなの私には無理だ。無理に決まっている。先程から散々な言われようだが、この人は人が気にしているかもしれないとか考えないのだろうか。そう思っていると、ノーチェさんは遠慮無く私の最早眼鏡にかかった長い前髪を右に寄せた。急なその行動に驚いて「ウギャッ」と形容し難い声が出る。
「前髪長すぎ。それだけで暗く見えるし、髪長いなって思ってたけどよく見ればただ伸びっぱなしって感じだな。短くしちまえばいいのに」
「み、短くしたいんですけど……似合わないので」
「ふうん、じゃあ切ったことはあるんだ」
「あ、いや、短くしたことはないんですけど、似合わなそうだからやめなって言われて……」
「はあ?まどろっこしいな、あんたが短くしたとこを見たこともない奴に言われたからやらないのか?」
理解できない、そう顔に書いてあるようだった。私だってアホらしいなと思う。しかもこれを言われたのは前世の頃の話なのだから尚更だ。しかしそう分かっていても、言葉の呪縛は私を雁字搦めにしている。
私にショートカットやボブは似合わないのだ。そう決まっているのだ。私は眉をハの字にして、伸びっぱなしでまともに手入れもしてない髪を手に取る。その様子を見てノーチェさんは軽く息をつく。
「なんかお前って、生きづらそうだな」
「はは……」
「そんなんでよくやってこれたな……って、やってこれなかったから二課に回されるのか」
二課に回されるということは厄介払いと同義であるのをノーチェさんも分かっているらしい。クビは避けられたが、クビと紙一重みたいなものだ。はあ、とため息をつく。一日に何度私はため息をついているのだろう。もう分からない。
「なーにこの世の終わりみたいな顔してんだよ」
「あっ、え、その、すみません……」
「終わりだと思ってたら案外それが始まりだったりするもんだぜ」
「行くぞ」とノーチェさんが手招きをする。先程自分で倒した扉を一瞥して、「これ邪魔だよなあ」なんて言うんだから無茶苦茶だ。同意を求めないでほしい。ていうか、この扉はこのままにしておいていいのだろうか。そう頭をごちゃごちゃさせながらも、私はノーチェさんの後についていった。
コラジョのオフィスは広い。そして道を挟んだ向こう側には、大きな工場現場が隣接されている。営業事務二課は広いオフィスの中でも地下二階、開発の実験室のおまけみたいな場所に部署が置かれている。
そもそも、営業事務とは営業のサポートをする部署だ。武器の受注入力、運送屋に配達してもらうための届けの制作、武器の見積作成、問い合わせ対応などだ。仕事内容や量的に本当は二課なんて必要ない。
「ようこそ、コラジョの掃き溜めへ」
ノーチェさんはそう言って営業事務二課と書かれた扉を開けた、普通に。普通に開けられるなら先程の薙ぎ倒された扉は何だったのだろうか。
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