29話 完全に野次馬ですよね……
「やっぱりスキルだったんだあ!!」
きゃー!と声を上げるのはペタロさんだ。私はそれに照れ笑いをする。手持ち無沙汰になって眼鏡を掛け直すが、先日ラファさんに指摘されたことを思い出して慌てて手を止めた。
週明け、今日も相変わらず給湯室に集まる二課の面々にスキルのことを伝えると、皆喜んでくれた。ノーチェさんにわしわしと頭を撫でられる。
「良かったじゃねえか。でもそのフォンテ操作?ってやつはどうやって身に付けんだよ」
「ポポちゃんのスキルの幅広がって助かるのはうちらやからなあ」
「何か宛てはあるの?」
「あ、それなんですけど……」
私はノーチェさんに撫でられて乱れた髪を直しながら、先日ラファさんと偶然会ったことについて話す。「へえ」と私以外の四人が揃って目を丸くした。そりゃそうだ。まさかラファさんにフォンテ操作を教えてもらうことになるなんて、思ってもみなかった。
「ポポちゃんが自分から話しかけるなんて……ほんまか……!」
「あの仕事以外では出来る限り人と関わろうとしないポポちゃんがねえ、これはすごいことだよお」
「私事務連絡以外でポポちゃんから話しかけられたことあったかな……」
「よく逃げなかったな、タンポポ!」
「お、驚くのそこですか……?」
皆から見た私って、一体何なのだろう。確かに私から個人的な話で話しかけることは、滅多に無いけれど。
「で、いつから練習はできそうなんだ?」
「ラファさんの医師からの行動制限が無くなってからで……早ければ明日にでも来てくれるそうで」
「会社に来るんか?」
「あ、いえ、ラファさんがこちらの近くで場所を用意してくれるみたいで……そうだ、外出予定出さなきゃですね」
「ほーん?」
そう言うと四人が顔を見合わせる。何やら目配せをした後、一斉に私の方に顔を向けた。
「な、なんですか?」
「ロッソはうちら皆をこき使うみたいやけどなー具体的には何も言われてへんからやることないねんなー」
「ポポちゃん一人じゃ心配だしねえー」
「そうだそうだ!男と二人きりなんて危ねえよなー」
「というわけでその外出予定、私たちの分も一緒に出すことにしない?」
「……暇だから着いて行きたいだけですよね?」
私が呆れながら聞くと、四人揃って大きく頷く。別に皆が来る分には構わないのだけれど……ラファさんが圧倒されないか、それだけが心配だ。騒がしくなってごめんなさい、ラファさん。
「体内のフォンテ操作とか何すんだろな、楽しみだぜ!」
「完全に野次馬ですよね……」
*
翌日。私たちは会社ではなくとある場所に集まっていた。ここがラファさんから提示された集合場所だ。
「……本当にここ集合なん?ポポちゃん」
「は、はい、そう言ってたんですけど……」
「だってここってさあ……」
ペタロさんが上を見上げて目を細める。見上げた先には、最早先端が見えないほどに成長した大木があった。会社から徒歩で三十分もかからない距離。少し街からは外れ、なかなか訪れるような所ではない。しかし、この場所自体はよく知っていた。
「ここってさあ、第三十ダンジョンのフストだよねえ?」
「しかももうモンスターは掃討済で、今はダンジョン生物の養殖に使われているんじゃ……?」
ペタロさんとファルさんが揃って首を傾げる。その通りだ。この大樹の中にダンジョンがあるはずだが、もう攻略も掃討も済んでいる。現在は養殖に使われているため関係者以外は入れないはずなのだが、ラファさんから渡された集合場所を示す地図は、確かにここを指している。
「ここのはずなんですけどね……」と私が地図とにらめっこをしていると、「あ!」とルカさんが何か気が付いたように声を上げた。ルカさんの視線の先を追うと、誰かがこちらに向かって走ってくる。ラファさんだ。
「すみません、ギリギリになってしまって」
「あ、いえ、全然……」
「久しぶりだなラファ!このあたしを待たせやがって」
「あんたは一回会っただけで何でそんな馴れ馴れしいん?」
「コミュ力があるのか無いのか」
「無い方でしょお、これは流石にさあ」
次々に好き勝手口を開く二課の面々。予想はしていたが、相変わらずいつもの給湯室にいる時と変わらないテンションの二課に、ラファさんは目を瞬かせている。
「す、すみません、二課の皆着いてきちゃいまして……」
「ああそんな、大丈夫ですよ全然」
ラファさんは気にしていないのか、その体を装ってくれているのか、軽く笑い飛ばしてくれる。
「今日はお時間作って頂いて……ありがとうございます」
「いえいえ、全然気にしないで下さい」
「私集合場所間違えちゃったのかなって不安で……合ってました?ここフストですよね?」
私がそう聞くとラファさんは少し間を置いてから、「ああそっか」と納得したように言った。
「俺、実家の家業が何なのか言ってませんでしたね。酪農やってるんですよ。実家の方はもっと田舎なんですけど、今は叔父がここでダンジョン生物の飼育もしてまして」
「なるほど、そういう……」
「ダンジョン内なら人目に付かない上に場所も開けているので、丁度いいかなって。今日はもう叔父はいないので、好きに使っていいそうです」
「そんなわざわざ……ありがとうございます」
「いやいや、先に言っておけば良かったですね」
ラファさんの実家が酪農家だったとは。知らなかった。
「ダンジョン生物かあ、ええなあ。儲かるやろ」
「いや実際のとこ、迷宮省にダンジョンの賃料取られるし、ダンジョン内の整備も必要だし、流通の精査は厳しいし……って感じで、コストがかかって結構大変みたいですよ」
「賃料なんか取られるのか。迷宮省もセコいことするな」
「まあダンジョン生物の出現によって普通の酪農の価値が下がるのも時間の問題なので……叔父は先行投資だって言ってましたね」
何やら色々事情があるらしい。勇者産業は他の産業にも影響を与えているようだ。
「まあとりあえず行きますか。観光ダンジョン行ったことあります?入る時はあそこと同じで、息止めといてくださいね」
ラファさんがそう言って先導し、私たちはそれに着いていく。大木の根本に人一人分の入口がある。観光ダンジョンに入るのと同じ容量でダンジョンに入ると、そこにはこれ以上無い程の自然が生い茂っていた。
「わあ、プリーモよりも自然って感じだあ」
「とにかく虫が多いので、良かったらこれ使ってくださいね」
ペタロさんがダンジョン内を見回し、ラファさんが虫除けのような瓶を渡してくれる。
ダンジョンとしては、本当に木の中といった感じで建造物という感覚はほとんど無い。プリーモも自然豊かなダンジョンではあるが、あれは建物の中に草木が生い茂っているようなものだ。フストは完全に自然そのものの中にいるといった感覚に近い。
ラファさんに着いていくと、横には牧場らしきものも遠目に見える。「魔肉のための牛と豚ですね」とラファさんが説明してくれる。しばらく歩くと、畑などがある開けた場所に出た。
「木そのものがダンジョンになってまして、元々はツルが道を塞ぎ、森の迷路のようなダンジョンだったそうです。それを全部開拓して、今みたいに開けた状態にしてるんです。行こうと思えば木のてっぺんまで行けますよ」
「えー何それ、面白そうだね」
「あれだけ大きかったら街一望できるんとちゃうか」
「行ってみてー!会社ちっせえんだろーなー!」
「私のお家も見えるかなあ?!」
四人はあからさまに浮足立った様子で、まるで観光ダンジョンにでも来たようなリアクションだ。私だってダンジョンオタクとして入ったことのないダンジョンに入れたことに、実はとんでもなく興奮している。
このフストを攻略したのは、今をときめくプリマクラッセの勇者アズーロが率いるパーティーだ。パーティー皆ビジュアルが良くスター性があり、その上実績もなかなかのため、今の勇者産業の顔と言ってもいい。勇者アズーロのスキルは迅雷風烈。素早い身のこなしと、野性的な直感、そして鍛えられた剣技によって敵を突く。その分かりやすい格好良さから、老若男女人気を誇っている。しかし私としてはパーティーの中では地味だが、縁の下の力持ちである僧侶のソーニョの能力の高さを評価したく……
「……あれ?」
「出てる出てる、全部口に出てるよポポちゃん」
ファルさんがそう言いながら私の背中をさすり、気が付いて口を抑えるがもう遅い。ラファさんからフォンテ操作を教わる立場の私は、せめて落ち着いていようと思っていたというのに。
「す、すみませんすみません、お、おお、教えてもらう立場なのにこんなにはしゃいでしまって、ほ、本当に申し訳ないです死にます」
「また死ぬつもりや、ポポちゃん」
「ダンジョンのことならあんなに流暢に喋れるのに、不思議な奴だな」
ルカさんとノーチェさんが呆れる横で、ラファさんが喉を鳴らして笑う。これじゃあラファさんにまでアホと思われても仕方がない。
「全然、はしゃいでくれていいですよ。俺も叔父から色々このダンジョンに纏わる話は聞いたので、良かったら」
「き、聞きたいです!」
「まあでもその前に本来の目的を果たさなきゃいけませんね」
ラファさんは一歩前に出ると私たちに向き直った。
「まずは自分自身の中にフォンテがあることを自覚する必要があります。ノーチェさん……でしたよね?エルフなら分かると思うんですけど、」
「あかんで、ノーチェは魔法に関してはポンコツやから」
「うるせえよ、魔法使えなくてもフォンテが体内にあるくらい分かるわ」
「ほお、そうなん?」
ルカさんに煽られ、ノーチェさんは「こういうことだろ!」と掌をグッと握って、開く。すると、ノーチェさんの指先がきらきらと光り輝いていた。
「そうそう、それです。ウィッチやエルフは空気中と体内のフォンテを融合させて指令系統を作るのですが、そこまではいかなくてもスキルでも体内のフォンテを扱う必要があるので。まずは体内の指先や足先などに、フォンテを移動できるようにしたいんです」
その説明に私は「は、はあ……」と気の抜けた返事をすることしかできない。そんな風に言われても、実際どうすればいいのだろうか。そう思っていると、ラファさんは一本の小瓶を取り出した。
「手っ取り早いのはこれを飲み切ることです」
取り出した小瓶は透明な液体の中に、ゆらゆらと何か金色の靄のようなものが揺らめいているように見える。
「フォンテを液体に閉じ込めたものです」
「こ、これ飲むだけでいいんですか?」
「飲めば自分の体内にフォンテがあることを感じられますよ……嫌でも」
あの目を見て話すラファさんが私の目を見ようとしない。嫌な予感がした。




