2話 伝説の剣も今やロット生産な世の中で
「お、おはようございます……」
経理部は基本的に静まり返っている。私の消え入りそうな挨拶に、私には一切視線を向けずに抑揚のない声の挨拶が返ってくる。私自身よく話すタイプでは断じてないが、この咳一つも許されなさそうな空気がどうにも苦手であった。
と、そこで「おはようございます」と比較的経理部では聞き慣れた声が聞こえてくる。
「出張の交通費です」
「ニコロ、朝から早いわね」
「俺、今日この後すぐ開発とヴェントの視察に行かなきゃなんで」
「あー例の……」
そう私の上司であるカメリアさんと話すのは、営業部営業一課のニコロさんだ。ワックスで固めた黒髪に黒縁のメガネ、切れ長な目と筋の通った鼻、眉間に常に寄っている皺が難点だが周りへの気遣いは百点満点、と女性社員で噂の敏腕若手社員のヒトだ。
「……厳しいんでしょう?あの手の特異ダンジョンはアムレの庭じゃない」
「でもアムレには圧倒的に動力不足ですよ。魔法技術があってもそれを動かす大きな力が無いんで……だから俺はコラジョとアムレで共同開発すべきだってずっと言ってるんですけど」
「まああそこは昔からの因縁の相手だからね。それに、今はこっちがそれどころじゃないわよ。上のゴタゴタ、知ってるわよね?」
「俺だってアムレのやり方は好ましく思ってないですし、うちが今ゴタゴタしてんのも知ってますよ」
始業の準備をしつつ聞き耳を立ててしまうのは、きっと私だけじゃないだろう。社内が今ゴタゴタしているというのは初めて聞いた。
ちらりとニコロさんにこっそり目をやると、納得行かなそうな顔だ。眉間には相変わらず皺が寄っているが、いつもよりその皺は深い気がした。
アムレートファブリカ、通称アムレ。コラジョとは競合他社的な立ち位置にある武器メーカーだ。ウィッチ、ストレーガが創設し、武器の耐久性や強度は劣るが付与されてる目覚ましいバフ効果が強みである。武器でありながらも力だけに頼らないのが特徴であり、デザインも無骨なコラジョ製に比べて少し小洒落ている印象だ。まあ、コラジョ社員にはそれを洒落臭いと鼻で笑う者が多いが。
第二十三ダンジョンであるヴェントは空の上にある。それも、ウィッチや魔導師個人の飛行術では及ばない高さに。まず辿り着けそうにない、というのが問題のダンジョンは少なくない。そしてそういったものは特異ダンジョンと呼ばれ、ダンジョン内部も色々な意味で特殊である。こういったものは魔法技術に長けたアムレの島だ。
「うちじゃ有効な武器提供は厳しいヴェントにわざわざ視察ね……そっちの課長は圧倒的コラジョ至上主義でしょう?厳しい目向けられたんじゃない?」
「……勇者産業がもたらした功績は大きいです。でも、特異ダンジョンをアムレ任せにしていたら功績以上の損害があります。資材も有限ですが、人材だって無限じゃないんです」
「全く、私たちからしたら嫌な思想ね。魔法の使えるウィッチやエルフが高等でそれ以外は下等って」
カメリアさんは長い睫毛を伏せる。一部のウィッチやエルフの中で蔓延るこの思想は比較的有名だ。一般的にこの思想は差別的であり、非人道的であるとされている。
しかしアムレは上層部がウィッチとエルフでしか構成されてない会社のため、その思想が比較的強い、らしい。アムレは特異ダンジョン攻略や到達に有効な武器や魔法道具を創るために、ギルドと提携して低ランクパーティーを派遣し、それにアムレのウィッチが同行して調査を行っていると聞く。問題は有事の際に、ウィッチが低ランクパーティーを見殺しにして脱出しているという疑惑があることだ。つまり、アムレにとってウィッチとエルフ以外はあくまでも駒であり、使い捨ても辞さない価値観なのではないか、と。
元よりコラジョの創設者とアムレの創設者は相容れないのは有名な話だ。そして、商売をする上でも仁義と人情に重きを置くコラジョと、どんな側面があっても実績と探究心を追い求めるアムレは、集う社員たちも相容れないらしい。全部人から聞いた……こっそり盗み聞きした話ではあるけれど。
「おお、ニコロくん。来てたんだね」
「おはようございます」
「経理にいても君の噂は聞くよ、優秀だってね」
「はあ」
始業ギリギリになってやっと経理部にやってきて、ニコロさんの肩に腕を回すのは部長だ。禿げた頭に脂ぎった額、狸のような体型、ファンタジーの世界でもこういう人種はいるようだ。悪い人ではないが、この人の無駄に大きな声が苦手だった。前世で似たような人に嫌味を言われる日々を送っていたからだ。
部長は芝居のかかった、必要以上に大きなため息をつく。
「全く君の同期入社の彼女にも見習ってほしいものだな。ははは、ロクにデータ入力もできない上に愛想の一つも無いものだから……ってその本人はまだ来てないのか?」
「ぶ、部長……来てます……」
「え?」
カメリアさんが引き攣った声で言う。
いますよ、ここに。同期入社のニコロさんとは比べ物にならない程の無能が。なんて、そんな風に言える訳もなくて、私は辛うじて振り向いて「あはは……」と笑ってみせる。その瞬間私の存在に気が付いたのか、部長は肩を跳ね上げる。
部長の何とも言えない表情が突き刺さる。わざとではなく、本当に私の存在に気が付いていなかったらしい。ということは、紛れもない本音ということだ。仕事もできなければ愛想も無い、評価としては我ながら残念だが妥当だ。
沈黙が重くのしかかる。自分が関わったことによって起きた沈黙程、嫌なものは無い。そんな沈黙を破ったのはニコロさんだった。
「俺も課長に言われました。そんな無愛想じゃ客が逃げるって」
「一緒ですね」とニコロさんは凹凸のない表情でそう言う。同期入社とはいえ、話したことはなかった。庇ってくれたのだろうか、そう思っていると「まあ俺はデータ入力できないなんてことはないですけど」と言ってそっぽを向かれる。庇う気があるのか無いのか、どちらか判別つかない。
しかし、この気まずいという言葉を体現した今の空気で発言してくれたのは助かった。それに乗じてカメリアさんが「ま、まあまあ」と言葉を続ける。
「もうすぐ始業だし、ニコロも戻ったら?」
「そうですね、では失礼しました」
ニコロさんは淡々とそう言って部屋を出て行く。同期入社で確か歳も同い年くらいだったはずなのに、こんなにも違うものなのだなと彼の落ち着きぶりを見ていると思う。
それにしても朝から散々だ。ため息をつくと、後ろからポンと肩に手を置かれた。
「ごめんなさいね、部長が……」
「あ、いえ……」
「それと、始業の鐘鳴ったら一階の十二会議室に来てくれる?」
どくんと心臓が大きく脈打つのを感じる。昨日言われた、今後に関する話をされるのだろう。「は、はい」と明らかに動揺の見える私の返事に、カメリアさんは同情の籠った目になる。良い話でないのは確かだ。
始業の鐘が鳴り、皆が各々の業務に取り掛かる。そんな中で私だけが席を立ち、部屋を出る。何となく、デスク周りは片付けておいた。話を聞いてから片付けるのは、惨めな気持ちになりそうだからだ。
「……はあ」
会議室に向かって廊下を歩いていると、嫌でもため息が出る。自ら断首台に登る気分だ。クビだけに。
冗談を考える余裕はあるんだ、と自分に呆れているとふとコラジョのポスターが目につく。会議室が並ぶ一階のフロアは、来客も多いのでこういった自社紹介のようなポスターが多い。
「伝説の初代勇者の剣、ベルテンポ1.21」と書かれたポスターには、第一ダンジョンとそれを攻略したパーティーの勇者、レオーネの後ろ姿が描かれている。かっこいい。コラジョ一番の売りがこれだ。伝説の剣も今や何度もバージョンアップを重ね、ロット生産されている。ロット生産なんて夢が無いと言われればそうだが、この剣を使う勇者たちが夢を持ってダンジョン攻略に挑んでいるのは違いない。
ダンジョンが攻略されるとまず注目されるのは、どこのギルドのどのパーティーがどこの武器を使って攻略したのかということだ。先日攻略した第五十八ダンジョン、モンテは北にあるギルドのパーティーが主にコラジョの武器を使って攻略したそうだ。またこれでコラジョに箔がつき、その攻略で使用された武器の注文が増えることだろう。
ダンジョンが攻略されるとまず何が潤うかといえば、資源だ。中でも鉱物資源の恩恵は大きく、あっちの世界で言うレアメタルというやつだ。ダンジョンを攻略し、その資源を利用して産業や科学技術を発達させる。そしてそれを他国と競い合う。これがここ最近のこの世界の共通認識である。
また、ダンジョン攻略した先の最奥部には古代遺跡があり、その叡智に触れられるというのも大きい。全ての種族が一度完全に滅びてると言われているこの世界で、古代は今よりよっぽど発達していたらしい。魔法ではなく、科学で。
この世界は魔法が存在するからか、科学の発達が遅れている傾向がある。あっちの世界では当たり前であった、車や電車は無い。冷蔵庫やコンロのようなものはあるが、これは魔法×科学による産物だ。科学単独の力によるものではない。
魔法にも負けず劣らないまだ見ぬ科学的な技術、知識、そしてその二つが組み合わさることで生まれる効果。皆信じて疑っていないのだ。ダンジョンを攻略することで勇者産業は更に発達し、我々の生活は更に豊かになると。
「……ダンジョン攻略、してみたかったな」
思わずそう声に出てしまう。そういう人生を歩んでみたくて異世界転生したのに、このザマだ。せめてこの会社で活躍することで勇者産業に寄与できたら……。先程経理部に来ていたニコロさんの顔が思い浮かぶ。ああいう風に私もなれたら、もっと自分の人生に意味を感じられただろうか。
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