27話 もし私が会社の、勇者産業の役に立てるのなら
待合室はそれなりに混んでいる。週末、午前診療のみのタイミングで来てしまったからかもしれない。ここにいるヒトは皆、スキルを持っている、または持っているかもしれないと思うと、何だか不思議な気持ちになった。
ここの診療所はヒトのスキル専門だ。この手の診療所は数少ないため、辿り着くまでに馬車と客人船を乗り継いで小一時間かかった。逆に言えばスキル専門診療所は数が限られるため、有名なギルドの有名なパーティーの探索者がいるかもしれない。不審にならない程度に周りを見回してしまう。
「タンポポ・ファルネーゼさーん」
「は、はい!」
名前を呼ばれ、部屋を案内される。緊張してきた。今日、私の存在感の無さがスキルなのかどうなのか、ついに分かるのだ。
大きく息を吐いてから、扉をノックする。「どうぞー」と初老の男性と思われる、穏やかな声が返ってきた。私は扉を引いて部屋に踏み込む。
「し、し、失礼します……」
「はい、タンポポ・ファルネーゼさんですね?今回はスキル発症の疑いがあるとのことで」
「そ、そうです」
「簡単にでいいので見せてもらえますか?」
見せる?そうか、確かにスキルがどのようなものかは実際に見てみないと分からない。しかし、どうすればいいのだろう。もうこの医師は私を認識してしまったし……と思ったところで、一つ案が頭に浮かぶ。
「す、すみません。看護師の方か、誰でもいいので呼んでもらえますか?」
「ああはい、構いませんよ」
おずおずとそう言うと、医師は何でもないように了承してくれる。後ろは受付と繋がっているようで、「少々お待ち下さいね」と言った医師は、パーテーションの向こう側に顔を出し、看護師を呼んでくれる。
その間、そわそわして落ち着かなかった。これで普通に私の存在を看護師が認識してしまったら、私はただ影が薄いだけのヒトだ。とんだ思い上がり。恥ずかしいことこの上ない。
「はい、どうしました先生?」
「いやね、この方がスキルを見せるために誰か必要みたいで」
顔を覗かせたのは獣人の猫女だった。耳がぴくりと動いている。
私は膝の上の拳を強く握った。看護師が私の座る椅子の方向に目を向ける。ああどうか、気が付かないでくれ__
「……この方?え、患者さんいないですけど」
「ほ、ほんとうですか?!」
「えっ!?うわ、嘘!?」
「あー、なるほどなるほど……」
患者さんいない、その言葉が嬉しくて急に大声を出してしまう。誰もいないと思っていたら、ヒトと大声が一緒になって現れたのだ。驚くに決まっている。申し訳ないことをした。「す、すみません」と小さく謝る。しかし嬉しい。嬉しくなってしまう。
医師は自分の顎下の髭をさすりながら、うんうん頷いている。
「存在を認識させないスキルね、声を出すとスキルが溶けると……触れたりするのも同じかな?」
「恐らくそうだと思います……」
居酒屋でファルさんを探しに行った時のことを思い出す。あの時は、転けた衝撃で男のつま先に手が触れたことで気が付かれた。逆に、転けた際に砂ぼこりが立ったその時点では気が付かれていなかったにで、そういうことだろう。その旨も合わせて説明する。
「ふーむ、はいはいなるほど……貴女のスキルは第二類スキルですね」
「第二類?」
「スキルは医学的な観点で三つに分けられます。第一類、二類、三類ってね。一類は自然系。水が出るとか風を操れるとか、第一ダンジョン攻略者のレオーネの炎のスキルとかも第一類だね」
医師は机の引き出しから一枚の紙を取り出す。スキルについての説明概要のようなものだ。
「貴女と同じ第二類は自分に対して何か影響を及ぼすスキル。例えば体力増強とか、ダンジョン系じゃないと運転技術とか記憶力強化とか、そういう感じ。第三類は物体に対して影響を及ぼすスキルだよ。無機物、有機物関係なく、何かしらの効能を与えるものだ」
「な、なるほど……」
「次は身体解析を受けてみましょうか。これでスキルの質や幅を見ることができるので」
私は別室に通された後、身に付けていた洋服から上下の別れた麻の服に着替える。あっちの世界で言う医療系のスクラブのような服に見える。
着替えてまた別の部屋に向かうと、そこにはウィッチがいた。回復魔法に富んだウィッチは、こういった医療機関にいることも多い。
「診察台に寝転んで頂けますか?目を閉じて、深く深呼吸をしていてください」
「は、はい」
言われた通り寝転び、心を落ち着けるように深呼吸を繰り返す。ウィッチが私の体に手をかざすようにしているのを見て、ゆっくりと目を閉じた。
ヒトは本来フォンテには順応しないはずだが、体内組織の一部分だけフォンテに対して順応以上の親和性を持つことによって現れるのがスキルだと言う。先程渡された紙に書いてあった。そのためスキル専門の診療所では、医師もこういった解析を行うのも、ウィッチの役割だ。
「……はい、終わりました。ゆっくり起き上がってください」
声をかけられ、飛びかけていた意識を取り戻す。あれからどれくらいの時間が経っていただろうか。ウィッチの行っている解析の作用なのか、体全体がほんのりと温かみを感じそのまま船を漕いでしまった。
「また先程の部屋で着替えて、待合室でお待ち下さい。結果は後ほどお呼びした際にお伝えします」
「あ、ありがとうございます……」
淡々と抑揚のない声でウィッチが言い、私は頭を下げる。
待合室に戻れば、時刻は先程待合室にいた時よりも一時間弱ほど過ぎたところだった。意外と時間が経っていたらしい。少し眠ってしまったからだろうか、何だか頭がぼやけたような感じがする。そのままぼーっとしながら名前を呼ばれるのを待っていると、案外早くに名前が呼ばれたのでまた診察室に向かう。
「失礼します」
「タンポポ・ファルネーゼさんですね、解析お疲れ様でした」
先程と同じ医師が一枚の紙を私に差し出す。結果の記された診断書のようだ。
「身体解析による結果です。スキルとしては存在透過と呼ぶのが相応しいでしょう。聴覚か触覚に貴女自身が訴えかけない限り、他者に存在を認識させないものです。効果時間に制限は無く、貴女に身体的負荷がかかるようなものでもありません。……何か他に特別な使い方をしたことはあるかな?」
「特別な使い方……いや特には……」
「このスキルは応用が利くタイプのものになっていてね、君はフォンテとの相性が悪くないようだ。使い方によっては、無機物有機物に限らず貴女が触れたものを貴女のスキル同様、存在を認識させないようにできる」
「え、で、でもそんなこと今まで……」
「体内のフォンテ操作ができたら、の話だからね。スキルも結局はフォンテによる作用の一種だ。上手く扱ってもらう必要がある」
何を聞いてもまるで自分のこととは思えない。ヒトの私が体内でフォンテを操作する?何の変哲もない、平凡な、何なら平凡以下な私がそんなことできるのだろうか。
「でも、スキルを職で活かすならの話だ。スキルの私用は固く禁じられているのは知っていると思うけど……まあだからスキルを使わないで生活する分には、勝手にスキルを発動させないための薬さえ飲めば、他は何をする必要も無い」
私は浮かない顔をしていただろうか。医師が慌てた様子で話をする。
しかし、この診断を受けに来たのはロッソさんの計画を遂行できるかどうか見定めるためだ。私にスキルがあれば計画通りに進められる。逆に無ければ、また一から計画は練り直しだ。
__もし私が会社の、勇者産業の役に立てるのなら。
「い、今の職でスキルを活用したいんですけど、どうすれば体内のフォンテ操作ができるようになりますか?」
少し前のめりになりながら聞くと、医師は意外だったのか「そうかそうか」と目を丸くしながら頷く。
「失礼な態度だったかもしれないね、申し訳ない。いや身体解析は貴女の心理的要素も踏まえた上での結果が出るんだ。フォンテは心身に作用するからね。貴女は少々、いやかなり前に出るのを苦手としていたようだから……でもそうか。仕事、好きなんですね」
「へ……」
「体内のフォンテ操作はまあ他のスキル持ちに指南を仰ぐのが一番手っ取り早いのだけど……はい、こういうものもありますので」
そう言って渡されたのは、"フォンテ操作習得講習"と書かれたものだった。この医院が運営している講習会らしい。こんなものがあるなんて知らなかった。
「興味があったら是非お越しください。では、今日はこれで以上になります」
「あ、ありがとうございました」
紙を受け取って席を立つ。待合室に繫がる廊下を歩きながら、私はつい呆けてしまった。
「仕事、好きなんですね」と言う医師の穏やかな声が反芻される。仕事が好きなんて、思ったこともなかった。それこそ経理部にいた頃は、いつも誰かに怒られないか、失敗しないか、そんなことばかりを気にして、仕事にやりがいなど一度も感じたことはなかった。二課に来てからは、仕事らしい仕事などしてなかった。これでいいのだと思っていた。……けれど。
自分にスキルがあると知り、鍛練を積めば更に効果を生むことをしった今、役に立てるのではないだろうかという高揚感がある。私でも、会社のために、自分が大好きなダンジョンに関することのために、働けるかもしれない。
「__っ」
嬉しい。素直に嬉しい。その喜びを私は待合室で噛み締める。
しかし、一つ懸念点があった。それはこの講習会の場所がこの診療所の近くということだ。ここに来るまでかなりの時間を要した。これを週に一度と考えると……かなり労力だ。とはいえ、周りにスキル持ちなどいただろうか。そもそもの知り合いが極端に少ないので思いつかない。
どうしたものか。そう小さく息をついた時であった。
「……はあ」
ため息が重なる。隣に誰か座ってきたようだ。このヒトも何か悩みを抱えているのだろうか。そうちらりと視線を送る……と。
「ら、ラファさん?!」
ふわふわとパーマのかかった栗色の髪、柔和な顔立ち、ラファさんがそこにいた。陰鬱な表情を携えて。




