25話 君のスキルで精霊から薬を拝借してきてくれないか?
「適材適所?」
「そもそも、アムレの息がかかったギルドのパーティーが営業部宛に来ると色んな疑惑を呼びそうだから、ニコロはこっちに振ったんだろ」
「まあそれはそうやろなあ」
「とりあえずニコロにこの件を伝える、あとは一課筆頭に営業部に任せりゃいいだろ」
それはその通りだ。ニコロさんが私たちにお願いしたかったのは伝書鳩としての役割だろう。……しかし。
「大丈夫……ですかね、ニコロさん」
「え?」
「最近ずっと根詰めてるみたいですし……」
「ニコロの心配するなんて珍しいな、タンポポ」
「へ、その、心配というか……いや、心配ですね……」
ノーチェさんの言葉に少し気恥ずかしくなる。つい、腕にニコちゃんマークを書いた時を思い出してしまった。
あのがっしりした腕が、細くなってほしくない。あの笑った顔は、いつまでも少年のような顔であってほしい。仕事ができる期待の若手エリートとはいえ、私と同じまだ三年目だ。どの口が言ってるんだという話だが、背負いすぎるのも良くないと思う。
私が浮かない顔をしていると、ルカさんが「……ほな」と言いづらそうにしながら手を挙げる。
「まず話すの、ニコロじゃなくてあいつにするか?」
「あいつ?」
「……あいつ!」
ルカさんはどうやらその人物の名前を言いたくないらしい。皆して首を傾げていると、「ああもう!」と頭を掻きむしって、半ばヤケになるように言う。
「あいつ!ロッソ!」
ああロッソさんか、そう私が言葉にする前にその音は轟いた。上からドタンバタンという慌ただしい音が聞こえたと思ったら、ドドドドとこの会議室に向かって何か迫り来るような音がする。
「呼んだかい僕の子猫ちゃん!!」
「子猫ちゃん……?」
「はあーー…………」
ファルさんとペタロさんと私の疑問符と、ルカさんのこれ以上なく大きなため息が重なる。勢い良く開けられた扉の先にいる高身長の男性がロッソさんであると、聞かなくても分かった。
ゆるくパーマのかかった髪を七三くらいで分けてセットしており、通った鼻筋に薄い唇、目は切れ長ながらもどこか愛嬌や愛らしさを感じさせる。それに加えてトドメのような涙ほくろ。女性社員が夢中になるのも無理は無いビジュアルだ。
「ああ、本当に外回りしている時じゃなくてよかった!君が僕の名前を呼んでくれたのなんて、何年ぶりだろう!」
「もう既に後悔してんねんこっちは……」
「相変わらず愛らしいなあルカは!ああもうこんなに近くで顔を見るのも久しぶりで興奮してきちゃうね!で、どうしたんだい?僕にできることなら馬車馬の如く喜んで働くよ!」
「すんませんねソフィアさん!でもこいつ仕事はできる奴なんで!」
「は、はあ……」
絵に描いたようなイケメンのヒトがリザードマンの女に踏み付けられている。己の抱える重い話をしたと思ったら、こんな奇天烈な光景を見せ付けられるソフィアさんが不憫である。
ルカさんと付き合いの長いであろうノーチェさんは、「何か久しぶりだぜこの感じ……」どこか懐かしそうにロッソさんとルカさんを眺めている。
「失礼致しました、つい取り乱してしまって……。私、こういう者でございます」
「あ、すみません私名刺とか無くて……」
「いえいえ。テッラクラッセのソフィア様ですよね?ニコロから聞いております」
居酒屋での一件はやはり伝達済だったようだ。コラッソージョファブリカ、営業部営業一課、ロッソ・フィルリルロと書かれた名刺を、ソフィアさんはおずおずと受け取る。ロッソさんの笑顔はお手本のような営業スマイルだ。ニコロさんは見習うべきである。
「お話は大体分かっているよ。子猫ちゃ……ルカの周りの音は全部拾うようになってるからね」
「何が拾ってるん?きしょすぎやろ、誰か捕まえろやこいつ」
「お客様の前でやるやり取りじゃないねえこれえ」
「ロッソさんってずっとこんな感じなの?」
「いや仕事の時は真面目なはずやねん……あたし席外そか?」
「いやロッソがしっかりすりゃいいだろ、ニコロは来ない辺りあいつ社内にいないみたいだし」
「ほんますんませんねえ」とルカさんが申し訳なさそうにソフィアさんに謝る。ソフィアさんはずっと呆けたような顔をしていたが、「ラファのいう通りだあ……」と呟く。ラファさんコラジョのことどういう風に言ってたんだろうか。
「……っていうのは冗談で、こっちも節穴じゃないんでね。大体お話の検討はついていますので、こちらの調査と照らし合わせつつ、お話進めさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「は、はい……その前にお手洗いお借りしてもいいですか?」
「もちろんです、ご案内しますね」
「あ、ああいえ、教えて下さったら大丈夫なので……」
「そうですか、扉を出て右に進んだ突き当りを左に曲がれば分かるかと」
ロッソさんがそう言うとソフィアさんは「ありがとうございます」とぺこぺこと何度も頭を下げる。
きっと、相当の勇気を出して来てくれたのだろう。私と年は幾許も変わらないだろうに、と素直に尊敬してしまう。そして、ニコロさん然り同年代でもこんなにも自分のためだけでなく、世の中や周りのために動いている者もいると思うと、自分の情けなさが際だつ。
ソフィアさんが扉を出たところで、私たちは顔を見合わせる。私たち、必要あるか?という目配せだ。
「あ、二課の皆さんも同席してもらうからね」
「ちっ、んだよ帰ろうとしてたのに目敏いな」
早速席を立ったノーチェさん筆頭に二課の面々をロッソさんは逃さない。私たちがここにいて何か意味があるとは思えないが、戻ったとて暇なので大人しく席に着く。
そんな様子を見てロッソさんは悩ましげに息をついた。
「現社長のコラジョ派と現取締役のウィッチ派で上層部が対立しているのは耳にしているだろう?今回の件は展開によっては、勇者産業を大きく揺るがすことになる。その時に変に社内闘争に関する思惑を持ち込まれたくないんだ」
「私たちはどうせそのどちらにも噛んでないだろって?」
「実際君たちどうでもいいでしょ、会社のボスがウィッチになろうがならまいが」
「それはそー」
ロッソさんの淡々とした問いに、ファルさんがゆるい調子でピースサインをする。
「この件に関わらせる者は最小限にするつもりだ。営業事務二課には働いてもらうぞ、それなりに」
「普段働いてないのにい?」
「普段働いてない君たちがこんな案件に関わるなんて誰が思う?」
「あたしらみーんな、厄介払いされてきた曰く付きの奴らだぜ?」
「曰く付き?厄介払い?何の問題も無いね、君たちは無能ではないよ。要するに、適材適所だ」
確かに、ノーチェさんはエルフとは思えない戦闘能力があるし、ルカさんは常軌を逸脱したリザードマンとしての能力があるし、ペタロさんは特殊メイクや変装に長けているし、ファルさんは人の心の掌握術に長けている。
「馬鹿と鋏は使いようって訳ねえ」
ペタロさんがのんびりと言う。いやしかし確かに四人は何かしら秀でたものがあるが、私は何も無いではないか。存在感が薄いだけである。弱すぎる。
「特にタンポポさん、貴女がいなきゃ始まらないんですよ」
「へ、へ?!」
私には何も無いと思った矢先、ロッソさんの口から出てきたまさかの言葉に耳を疑う。そんなことあるのだろうか。私がいなきゃ始まらない?
「ノヴァの悪事を世に出すのはもちろんだが、ヴェントの空気汚染も何とかせねばならない。精霊の血で作った毒薬が撒かれたという話は聞いたかい?」
「聞いたぜ、その空気を吸ってラファのパーティーが重症になったってのもな」
「ただの一介のダンジョンなら攻略せず放置して封鎖しても構わないんだが、ヴェントは特異ダンジョン且つ、祖の祠のあるダンジョンだからね。放っておけはしないよ」
「……エルフの祖の祠やな、ダンジョン出現によって地上から上空に祠が移動してもうたやつや」
「エルフは信仰深いからなあ、一生攻略できないってなったら非難轟々だろうねえ」
「まあ信仰のしの字も無いエルフもいるけど」
「別に自由だろそれは」
ファルさんの揶揄うような目線に、ノーチェさんが耳をほじりながら顔を顰める。
「ま、そういう訳で精霊の毒に対する解毒剤が必要な訳だ」
「その解毒剤の検討はついてるのお?」
「開発部に一人信用できる奴がいる。そいつによれば毒は毒で制すのが確実らしい」
「精霊の血が必要ってこと?」
「いや、必要なのは精霊が精霊の血で作った薬だ」
「精霊の血は毒になるんじゃ?」
「精霊以外が作ればね。精霊は他種族に対する社会性の無さから、我々とは断絶された環境で暮らしいている。どうやら、精霊の独自の文明では精霊の血はとても効能の高い薬になるらしい」
「なるほどその薬さえあれば……って、ちょーだいって言ってくれるもんじゃないだろ、相手は精霊だぜ」
「その通りだね。とはいえ、どこかのノヴァみたいに精霊を虐殺する訳にもいかない。サンプルさえあれば同じ物を作れるようだから、バレずに一本だけ拝借したいところ……という訳で」
そのまで話してロッソさんが私に目をやる。ノーチェさんも私を見る。瞬間、嫌な予感がした。これはデジャヴだ。前にもこんなことがあったような気が__
「タンポポくん、君のスキルで精霊から薬を拝借してきてくれないか?」
ロッソさんがにっこりと笑う。先程と同じ、お手本のような営業スマイルだった。




