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24話 ノヴァエラファブリカ

 ソフィアさんが一度俯き、大きく息を吐いて顔を上げる。


「は、話すことが苦手でして……お聞き苦しかったら申し訳ございません。結論から申し上げますと、私たちにとってはアムレートファブリカは良心的な企業様でした。世の中に仇をなす脅威が何かとするならば……ノヴァエラファブリカです」

「……ノヴァねえ」


 小さいため息を付くのはルカさんだ。元営業部だ。競合他社のことはよく分かっているのだろう。とはいえ、私でさえノヴァについては軽く知っている。


 元成り上がり勇者であるオッジが創設した、ノヴァエラファブリカ。ここ数年で急に名を上げてきた新興勢力武器メーカーだ。


 質はそこそこだが大量生産することによって、安価で武器を売っている。強度、バフ、どれを取っても武器としてはコラジョやアムレの下位互換でしかない。しかしとにかく安価なので下位勇者、下位派遣ギルドたちからは支持を得ているメーカーだ。


「ヴェント挑戦の日、アムレのウィッチが帯同していましたが、私も側で見学させて頂いていました。以前から打ち合わせや実験を重ねておりまして、ラファのスキルとアムレの技術の融合により、ヴェントへ辿り着くことができたようです。私が自分の目で見たのはここまでです」

「大快挙じゃねえか、ヴェントに辿り着けるなんて」

「……はい、でもラファから聞いた話では、問題は辿り着いてからだったんです。ダンジョン内部が……異様だったんです」

「特異ダンジョンなんだからそりゃそうやろ?」

「いえ、特異ダンジョンにおける"特異"とは、そのダンジョンの立地に所以した"特異"なのです」


 ソフィアさんの話に二課の面々は不思議そうな顔をする。そこで私はおずおずと手を挙げた。


「……五年前に攻略された第四十八ダンジョンのサビアは、砂漠の砂の中にダンジョンが隠されていたというものでした。そしてダンジョン内も全体が蟻地獄という……特異的な場所にあり、その場所らしい"特異"があるのが、特異ダンジョンなんです」

「へえ、そういう定義なんだ」

「コラジョは基本的に特異ダンジョンに関わらないから知らなかったなあ」

「流石ダンジョンオタク」

「せ、説明至らずすみません、ありがとうございます」

「あ、いやそんな、こちらこそ出しゃばってしまって……」


 話し終わってから、ソフィアさんが話してくれていたのに逆に余計なことをしてしまったのではないだろうか、という考えが頭をよぎる。ダンジョンのことになるとつい、話を突っ込みたくなってしまうのはオタクの良くない癖だ。


「で、そのダンジョンの何がどう異様だったんだ?」

「内部はとにかく自然に溢れた中で上へ上へと登る必要のあるダンジョンだったそうです。魔法を使ってギリギリ届かないような位置に、足場が存在しているような」

「はー、なるほどね」

「でもラファのスキルとアムレの魔法技術を組み合わせれば問題無かったはずとのことです。問題は、ダンジョン内の空気でした」

「空気?」

「……パーティー離脱後のアムレの解析結果によると、空気中のフォンテが汚染されていたとのことでした」


 ダンジョン内のフォンテ汚染。初めて聞いた話だ。


「アムレはそれを人為的な汚染と結論付けています。そして、迷宮省にヴェントの視察の履歴を洗い出してもらったのですが、明らかに視察回数が群を抜いている団体がありました」

「ふうん」

「……単回だけなら様々なギルドや武器メーカーの名前があるんですけど」

「それがノヴァってことか?知らなかったな、ノヴァがそんなにヴェントに通い詰めてたなんて」

「いえ、魚人機構という名前で迷宮省には視察手形発行依頼を出しています。でも私はその団体はノヴァだと思っています」

「どういうことや?」

「ノヴァの創設者、オッジがギルドに所属しない野良からの成り上がり勇者なのは有名な話ですよね。でもオッジの出自はご存知ですか?」

「……さあ」

「魚人です。公にされてはいませんが、ノヴァの役員は皆魚人なのです」

「なーるほどねえ」


 ファルさんが腕を組んで唸る。


「それと以前多発していた精霊狩りの被害、あの時期の精霊の住む攻略済ダンジョンへの視察手形依頼の履歴に、同じ魚人機構の名前がありました」

「魚人機構が精霊を狩っていたと?」

「魚人機構はダンジョン生物を漁の餌として活用する研究をしていたアリバイがあり、その時点では疑われることはありませんでしたが、その後研究結果は発表されていません」

「精霊、そうか精霊か……」

「ノーチェさん、エルフならご存知のはずです。精霊の死体の、その血の活用法に」


 ソフィアさんの問いかけに、ノーチェさんは難しい顔をする。精霊に最も近しい存在は、長命種であり種族の上位的存在のエルフだ。


「エルフの血は薬になるが、精霊の血は毒になる。確かに小さい頃は母親に、魔法が使えなくて反撃できない内は絶対に一人で行動するなって厳しく言われたもんだ。あの頃は保護法なんて法令はギリギリ無かった時代だったからな……」

「何年前の話やねん、それ」

「ざっと七十年か?精霊は社会性無いから森から出てこねーけど、エルフは普通に社会にいたからまだ魔法の使えないガキの誘拐事件も多かったんだぜ」

「苦労されてきたんですね……」


 今となってはエルフを誘拐し、血を取るなんてあり得ない話だ。エルフは誇りも高ければプライドも高い種族だ。魔法至上主義というのは、歴史的観点でいえば他の種族から受けた仕打ちの裏返しとも言えるのかもしれない。


「ノヴァは精霊を狩り毒を作り、ヴェントに放出させたってこと?でも何のために?」


 ファルさんが首を傾げる。ソフィアさんは言いにくそうに躊躇いながら口を開いた。


「……この街の魚人は勇者産業を恨んでいます。この街は今でこそ勇者の街ですが、元々は漁業の街でしたから」

「恨んでいる?」

「ダンジョン攻略前、まだダンジョン攻略を目指すことが鼻で笑われていた頃、次の元老会役員は魚人から出るはずでした……しかし、第一ダンジョンが攻略されたことにより、そのパーティーの武闘家の獣人が役員に選出されたのです」

「あーんなこともあったなあ。懐かしい、結構な騒ぎになったよな。そんで勇者産業が発達するにつれて魚人の地位は上がることなく、何なら下がっていっている……と」

「まあ確かに、ダンジョン生物の魔魚の養殖も当たり前になったら、それこそ海に出て漁をする魚人の必要性は薄れてくるかもしれへんな」

「……魚人機構、ノヴァエラファブリカの狙いは勇者産業を潰すことです。ダンジョンを攻略させないことが、勇者産業の衰退を招くと考えています」


 勇者産業を衰退させる。そのようなことを考えている者がいるなんて思ってもみなかった。皆、望んでいると思っていた。勇者産業によって発達した技術でダンジョンを攻略することは、生活を豊かにするのだと誰しもが信じて疑っていないと思っていた。


「極めつけは先日のプリーモの神獣が狙われた件です。結果的にダンジョン生物が祠に集結したおかげで、落ちた首が奴らの手に渡ることはありませんでしたが……」

「それもノヴァの仕業ってことか?ノヴァはまだ更に何か企んでいると?」

「……これはまだ裏を取れてはいませんが、恐らく。神獣は名の通り神類に近しい生物です。プリーモにやたらと出店を出していたのは魚人機構です。彼らは不漁の穴埋めの名目で資金集めをしているようですが……」

「うむむ、ややこしいよお」


 流石に衝撃的な話だ。ペタロさんがその情報量に唸っている。気持ちは分かる。


「……にしてもソフィアちゃん詳しすぎじゃなあい?」


 頭を悩ませに悩ませた上でペタロさんが出した感想はそれだったらしい。しかし確かにそうだ。やけに魚人に関して詳しすぎるし、読みが深すぎる。


 するとペタロさんの言葉にソフィアさんは肩を震わせる。


「魚人機構の長は……私の祖父です」

「……そういうことか」

「魚人機構がウィッチとの繋がりがあるのも、祖父の代で魚人とウィッチの異種族結婚があったからです。私の父は何十年も前に祖父と絶縁してますが……父の弟が、オッジです。オッジはウィッチとしての素質を受け継ぎませんでした」


 ソフィアさんはぐっと唇を噛んで、私たちを見る。その目にはたくさんの涙が溜まっていた。


「ラファから何かあればコラジョの二課に相談するよう言われてました」

「アムレには話さなかったのか?」

「アムレがやたらと好待遇だったのは、ラファのスキルが無ければヴェントへ辿り着けないからなのは分かっているので……打ち合わせの際にそれはもう酷いことも言われました。その録音もあるので、役に立てそうならお渡しします」

「はえー、抜け目ないな」

「……全てラファの案です。ラファはアムレよりコラジョを信頼すると言っていました。私はラファの信頼する者を、信頼します」


 その言葉にラファさんの姿が思い出される。やはりラファさんは人望のある勇者なのだろう。ソフィアさんを見てそう確信した。


「お願いします、私の祖父を……ノヴァエラファブリカを止めてください!」


 ソフィアさんが立ち上がり、頭を下げる。


「ノーチェ……どうするんや、チェレステさんの時と同じやろ。これ二課にどうこうできる問題やないで」

「あーもーやっぱりめんどくせーじゃねえか」

「ちょ、ソフィアさんの前でそんなこと言わないのお!」


 ペタロさんが慌てたようにノーチェさんの口を塞ぐ。ノーチェさんはされるがままに口を塞がれ、椅子にもたれ掛かりながら目を閉じる。何か考えているようだ。ソフィアさんがそれを何とも言えない表情で見つめる。


 しばらくするとノーチェさんは目を開き、「そーだなあ」と言った。


「とりあえず、適材適所だろ」

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