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23話 __お話、聞いていただけますか

「コーヒーにはクッキーじゃない?」

「いーや、チョコやな」

「ルカはコーヒー飲む時何も食べないじゃんねえ」

「食べるならって仮定したらの話や」

「あたしは何でもいいけどなー」

「営業さんがくれた出張のお土産のチョコ、すごいコーヒーに合って好きだったな」

「流石にファルでもお菓子なら酒やなくてコーヒー飲むんやな」

「合わないお菓子と一緒にして飲むのはお酒に失礼だからね」

「お菓子側じゃなくてお酒側に失礼なのかよ」


 時計の針は午後二時を指している。二課にとって一番暇を持て余している時間だ。


「あー暇だなー、入り口の花の水やりにでも行くか?」

「ああごめん、うちさっき行ってもうたわ」

「流石に根っこ腐るよお」

「あの前の花、総務のクソババアが変な肥料やって一回枯らしてもうてん、もう絶対死なせたくないわ」

「スピってるらしくてよく変なもの持ち込んでるみたいだぜ、あのババア」

「いかにもお局って感じのヒトだよね、しかも若い女の子に厳しくて男には媚びる感じの」

「うへえ、絶対私苦手なタイプだあ」


 ペタロさんが目をばってんにして舌を出す。関わったことはないが、私も見るからに苦手なタイプだろうなと思っていた。


 私は水出しをしておいた紅茶をおかわりする。ここは地下なので分からないが、今日出社した時は晴天だった。昼下がり、外に出たら気持ちが良かっただろう。花の水やり、行きたかった。


 ニコロさんもとい営業部は未だ忙しいらしく、あれから二課に遊びに来ることはない。世界は、この会社は動いているのに私たちだけがこの給湯室でのんびりしているような気がする。


 社内で依頼があったと思ったら、この資料を探してほしいとか、愚痴を聞いてくれとか、工場の水漏れ見に来てくれとか、安全委員会が視察に来るから猫のロトンドを預かってくれとか、そんなものだ。


 平和で良い。平和が良い。でもしかし、私たちの感じている平和は本物だろうか?


「あー暇だなー、何か無いかなー」


 ノーチェさんがぼやく。その時だった。


「二課さんってほんとにいつもここにいるんですね!」


 給湯室の扉からひょっこり顔を出したのはエルフだった。着ている服装からして、秘書課の受付嬢らしい。よくよく見れば、以前秘書課に行った際にこの顔を見たような気がする。


「秘書課のネロと申します!お疲れ様です!」

「おー」


 お辞儀と共に薄ピンク色の長いツインテールが揺れる。はつらつとしていて明るい子だ。見たところ私と歳はそう変わらなそうで、良いとこ二年目辺りだろう。


「ヴェレネさんから二課は最早給湯室しか居場所無いって聞いてー」

「ヴェレネあいつまじで……」

「ていうかそれを素直に伝えちゃうのもどうなん?」

「あっ、濁した方が良かったですか!?」

「まあヴェレネさんなら想定内だからいいけど、ネロちゃん建前は覚えた方がいいよお」

「なるほど!勉強になります!」


 ネロさんは一切の悪びれを見せることなく屈託の無い顔で笑う。何というか、素直すぎるエルフだ。邪気というものが微塵も感じられない。ここまでくるとヴェレネさんの毒気も全く通じなさそうである。


「で、二課に何か用があるの?」

「あっそうですそうです、二課宛てにお客様が来てて!」

「二課宛てに客ぅ?」


 ファルさんの問いにネロさんが元気良く答える。それにノーチェさんが怪訝そうな顔をした。そりゃそうだ。二課に社外の客なんて訪ねて来る訳がない。用が無いのだから。


「はい!名指しって訳じゃあないんですけど……テッラクラッセの……」

「ラ、ラファさんですか!?」

「うわあ!びっくりした!え!?いました!?影薄すぎません!?」


 勢い良く身を乗り出す私にネロさんは驚く。「そういうとこやで……」とはっきりと影が薄いと言ったネロさんをルカさんがやんわり咎める。


 しかし私にとってはそんなことどうでもよかった。テッラクラッセといえば、ラファさんが所属しているギルドだ。ニコロさんが営業……と言っていいのか分からないが、何か意図を持って話かけていたのを思い出す。


 ラファさんは無事だったのだろうか。ラファさんたちが挑戦したはずのダンジョン、ヴェントについての攻略の報告はあがっていない。そのため、あまり良い結果ではなかったのだろうとは思っていたが……。


「た、訪ねてきた方、勇者職でガタイが良くて髪の毛のふわふわした男性では……?」

「いやテッラクラッセの……ラファ?という方ではなくて、女性のソフィアさんという……」

「あ……ああ、そうですか……すみません、取り乱して」


 困惑した様子のネロさんに頭を下げる。どうやらラファさんではなかったらしい。女性ということはあのパーティーのメンバーではなさそうだ。いや、ソフィアという名前には聞き覚えがある。


「そうだ、ソフィアさんってラファさんのパーティーの魔法使い職だったはずの方です……!」

「ああそういうことか……でも何でダンジョンに挑戦してないパーティーのメンバーがうちに?」

「何か嫌な予感がするねえ」

「めんどくさいとか言ってられねえことになってねえよな?」

「とりあえず、会議室取ったのでそちらに案内しますね!第四会議室です!」


 ぺこり、と一礼してネロさんは出ていく。私たちは顔を見合わせ、何となく不穏な空気を互いに共有してることを確認する。ニコロさんが名刺を渡した本人たちではなく、ダンジョンに挑戦していない本来のパーティーのメンバーが訪ねてきた。ラファさんたちは今、自ら出向けない状態にあるのだろう。


 最悪の事態だけは避けていてほしい。私はそう強く願いながら、第四会議室に向かった。


「失礼します」


 ノーチェさんが先頭を切って会議室に入ると、黒いAラインのワンピースを着た女性が座っていた。くるくると弧を描く髪の毛は天然パーマだろうか、机には被っていたのであろうとんがり帽子が置かれており、魔法使い職であることが分かる。


「あ、あの、て、テッラクラッセのソフィア・アスコーネと申しましゅ……申します!」


 ソフィアさんは慌ただしく席から立ち上がると、深々と頭を下げる。


「お、おお、お忙しい中本日はお時間を、い、頂き……」

「おい、キャラ被ってんぞタンポポ」

「……ノーチェさん失礼ですよ」


 あからさまに緊張した様子で吃りながらも必死に話すソフィアさんを、ノーチェさんが指差して言う。私はそんなノーチェさんに呆れた目線をやる。最近はこうして反抗することも覚えた。とんでもない進歩である。


「まあまあ、そんな緊張せんでええから。いつでも訪ねてきてって言うたんはこっちやし」

「こっちっていうか、ニコちゃんだけどねえ」

「とりあえず座って座って」


 ファルさんが持ち前の穏やかな笑みを浮かべて着席を促す。ソフィアさんはそれに少し安心したような顔をして、おずおずと座り直した。


「……で、ラファたちじゃなくてあんたが来てるってことは」


 ノーチェさんの言葉にソフィアさんの肩が跳ねる。その反応に思わず呑んだ唾の感覚が気持ち悪い。


「……ヴェントの挑戦は失敗でした」

「__っ」

「あ、ああいえ、三人とも幸い命は取り留めまして……重症ですが」

「そ、そうですか……」


 「ご無事で……」と消え入りそうな声で呟く。きっと私はものすごく酷い顔をしていたのだろう。隣に座るペタロさんが手を握ってくれる。小さな手は私よりずっと暖かい。


「そ、それで、ヴェント挑戦前にラファからこちらの名刺を預かっておりまして……」


 ソフィアさんはニコロさんの名前が印字された名刺を指し出す。居酒屋で居合わせた際にニコロさんがラファさんに渡していたものだ。


 私はネロさんが用意してくれたであろう、置かれたお茶に口を付ける。ふとソフィアさんの方を見ると、お茶は既にほとんど無くなっていた。余程緊張していたのだろう。待っている間にほとんど飲んでしまったらしい。


 ソフィアさんはその最後の一口を飲み干すと、恐る恐る私たちに目を向けた。


「こ、今回お訪ねしたのは、今後勇者産業が脅かされることになるのではないかと危惧してのことです」

「……アムレについてじゃないのか?」

「アムレもアムレですが、それ以上に先手を打つ必要のある存在が現れたのです。まだ、私たちの憶測に過ぎない……いえ憶測で済んでくれればいいのですが」


 ノーチェさんの問いに、ソフィアさんは言葉を必死に選ぶようにして話す。


「__お話、聞いていただけますか」

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