20話 やあねえ、もうお転婆娘なんて歳じゃないわよ!
「そういえば、どうして膝を擦りむいているの?服も泥だらけで……」
部屋に案内されるとチェレステさんが屈み、ミアちゃんと視線を合わせる。あからさまにルカさんが、あかん、という顔をする。ミアちゃんは余程ノーチェさんやルカさんに褒められのが嬉しかったのだろう。鼻の穴を広げて誇らしげに口を開く。
「ミアがね、皆を守ったんですわ!ダンジョンで__」
「あかんあかん!ダンジョンごっこ、ダンジョンごっこな?!ミア?!」
ルカさんが大慌てでミアちゃんの口を塞ぐ。ミアちゃんから聞く限り、この家庭の方針はミアちゃんにダンジョンや勇者産業に触れさせない方針のはずだ。それを勝手にダンジョンに連れて行ったと知られたらマズいと判断したのだろう。私とペタロさんとファルさんも目を逸らす。
「ダンジョンごっこ……」とチェレステさんはきょとんとした顔で呟き、その後小さく笑った。鈴蘭の花が揺れるような、可憐な仕草を伴った笑みだ。
「まあいいでしょう。ミア、冒険してきたのね」
「うん!」
鈴蘭のような母親に対して、向日葵のようなミアちゃんの笑顔。チェレステさんは「皆さんも座ってください」と席に座るよう促す。
バロック調の部屋には、遮光のカーテンが閉じられており閉じた空間に思われる。ああいや、こっちの世界ではバロック調とは呼ばないんだった。ウオモ様式、ウオモ調と呼ばれており、見た目はあっちの世界で言うバロック調と同じだ。
相手方の擁するイメージや相手方の好む様式の部屋を用意するのは、接待の場でよく使われる手法だ。男性的で力強く劇的なウオモ様式の部屋をわざわざ用意したと言うのなら、これはコラジョ社員に対する接待に違いない。
意外としっかり仕事の話かもしれない。そう思って思わず私は身構える。
「私とノーチェは古くからの友人です。懐かしいわね、貴女は二十年前から破天荒で私の常識なんて全部塗り替えてしまう」
「……ふん」
「病弱で床で寝たきりだった私を連れ出してくれて、外の世界を見せてくれた。大冒険だったわ、あれは」
「……たかだかトロールに追い掛けられたり、ケンタウロス乗り回したくらいだろ、大袈裟な」
「なによう、その後私がどれだけ大目玉食らったか知ってるの?」
「知ってるっつの!あたしだってあのスフォルツァ家の三女のお嬢さん誘拐したって、吊るし上げられたんだからな!」
「でも助けてあげたじゃない!」
「助けてもらったと思ったら、懲りずに次はどこに連れて行けって駄々こねたのどこのどいつだよ!このお転婆娘!」
「やあねえ、もうお転婆娘なんて歳じゃないわよ!」
「ふん、あたしから見たらまだまだ子ガキだぜ!」
ノーチェさんとチェレステさんのやり取りをポカンとした顔で見つめる。チェレステさんの先程の凄みはどこへやら、ノーチェさんと話していると十代そこらの若い娘に見えてくるから不思議だ。頬を膨らませ、大きな目を潤ませるその姿はミアちゃんそっくりである。
ああなるほど、ミアちゃんの性格は父親譲りなんかではない。この母親こそがミアちゃんの大本であったのか。
「スフォルツァ家って……まじか」
「あの有力貴族ですよね……?今は元老院議会員やってますっけ」
「社長のお嫁さんってそんなに位高かったんだあ……」
「そんな貴族の病弱なお嬢様を連れ出すノーチェってほんと、怖いもの知らずというか……」
「お前らこそこそ話してるようで隠す気ねえだろ」
形だけ顔を突き合わせて小声で話す私たちに、ノーチェさんが呆れたように言う。その様子を見てチェレステさんは顔を綻ばせる。
「ふふ、噂には聞いてたけど二課の皆さんって面白いのね」
「噂にって……ノーチェが話したんですか?」
「いえ、夫からよく聞いてましたの」
「お、おお、夫ってことは……社長!?」
「こちらでは手の届かない問題を解決してくれてるのは二課だって」
「こ、こえー」
社長は何でもお見通しらしい。ルカさんが大きく体を震わせる。見逃してくれるならこちらとしてら構わないが、それはそれで何だかな。という気持ちがルカさんから伝わってくる。
「……そうね、今回はノーチェにというより、二課の皆さんにお願いしたいことがあるの」
そう言うとチェレステさんはミアちゃんに「ミア、お母さん大事な話するからこれ読んで待ってられる?」と絵本を手渡す。ミアちゃんは笑顔で頷き、部屋の中隅に置いてあるソファに座る。
それを見届けるとチェレステさんは一人一人、二課の面々に真っ直ぐな眼差しを向ける。もう先程の幼い面影も、母親としての慈しみの表情も無い。貴族として、最大手武器メーカー社長夫人としての佇まいがそこにあった。
「プリーモに行ってきたなら分かるでしょう。最近少し変なのよ」
チェレステさんのその言葉に「ダンジョン行ったことバレバレなんかーい」とファルさんが小声でツッコむ。多分少し酔っている。ペタロさんがファルさんの手に持つ水筒を、手前に置かれていた水にすり替える。
「プリーモへのウィッチの出入りの多さは異常だわ、ただの観光客な訳がない。ウィッチがダンジョンに関して何かを企んでる。迷宮官は深入りしない方針らしいけど、今の迷宮官ってウィッチの出自なのよね。宛てにならないわ」
そう言って紅茶に口を付けると、そのままチェレステさんは話を続ける。
「勇者産業で一番幅を利かせている業界は武器メーカーよ、そこでウィッチ主導の企業と言えば……」
「アムレートファブリカか……」
「ええ、アムレは魔法至上主義。迷宮官がウィッチ出自の者の内に何か仕掛けてくるはずよ」
ノーチェさんが「ああねえ……」と呟きながら茶菓子を口に運ぶ。そして腕を組み、何か考えるように唸った後、チェレステさんを見た。
「それ、あたしら関係あるか?」
「えっ……と……」
「悪いけど、あたしらはコラジョの各部署の中でも落ちこぼれが集まった営業業務二課、掃き溜め二課だぜ」
「で、でも、社内は今……」
「社内闘争の話は知ってるぜ。派閥の重役以外は誰も信用できねんだろ、おっさんも立場危ういらしいな」
「…………」
「けどよ、だからといってあたしらが代わりに何かできやしねえよ。アムレに調査でも行けばいいか?どうやって?」
ノーチェさんは耳をほじり、指についたゴミをふっと息を吹きかけて落とす。「ていうか、警戒すべきはアムレより……」とノーチェさんが言いかけて、やめる。
「どんな話かと思ったら拍子抜けだぜ。夫を支える健気な妻ね……つまんない大人になったな」
「ノーチェ、まだ話は終わってな__」
チェレステさんの言葉を待つことなく、「行くぞ」とノーチェさんは私たちを席から立たせる。私たちは動揺して顔を見合わせつつも、ノーチェさんに従う。
確かに、チェレステさんの話は私たちの身に余る話だ。何もできることなんて無い。巻き込まれたくもない。ただでさえ、掃き溜め二課だ。社内の小さな問題解決くらいがちょうどいい。
チェレステさんのノーチェさんを見る目は、何とも形容し難いものだった。チェレステさんの今の感情を推し量ることなんて、できない。
そのまま店を出る。最後にミアちゃんに目を向けるとソファの上で絵本を抱えて丸まっていた。いつの間にか眠ってしまったようだ。疲れていたのだろう。社長夫妻がミアちゃんはダンジョンに関わらせたくないという意向の意図が少し分かった気がした。今やダンジョンは、夢と希望以外のしがらみが多すぎる。
「ノーチェ、ええんか?」
「いーんだよ、旧友とはいえ流石にそこまでやる義理はねえ」
ルカさんの問い掛けにノーチェさんはきっぱりと言い切る。ノーチェさんに躊躇いや未練のようなものは一切無いようだ。
「にしても、相当切羽詰まってるみたいだったね……夫人がそこまで画策する必要あるのかな」
「どんな形であれウィッチの台頭はヒトの貴族なら避けたい所やろなあ。ヒトだけで構成されている貴族の座をウィッチという種族に取って代わられるとでも思ってるんやろ」
「社内闘争ってやっぱり、社内のウィッチが力を付けてる感じですか……?」
「そうそう、役員クラスのウィッチが社長の座を狙ってるんだよお。現社長の息子の派閥とウィッチの派閥でゴタゴタしてて……あくまで噂だけど、ウィッチ派閥はアムレの傘下に入ろうとしてるとか何とか、ねえ」
「そ、そんなの……!アムレの傘下に入るなんて従業員が黙っている訳ないじゃないですか!」
「従業員も雇用される立場やからね、平社員のプライドなんて自分の生活と天秤に掛けたら流石に軽いやろな」
要するに、社長の座がウィッチによって危ぶまれている今、世間的にウィッチの勢力が高まるような風潮を何とか打破したいのだろう。頭が痛くなる話だ。こう言っては何だが、あまり考えたくない。
「ま、今日のあたしらの業務の子守は終わったんだからいーだろ。早くタイムカード切って帰ろうぜ」
「そやなあ、会社も馬鹿じゃないしウィッチの妙な動きに関してもとっくに手打ってるやろ」
「私たちは明日食べるお菓子のことだけ考えてよーっとお」
「あれペタロ、私の水筒は?」
「肩にかけてあるよお!ちょっとファル飲みすぎじゃなあい?」
皆何食わぬ顔で歩いているが、私は心中穏やかではなかった。ウィッチ、もといアムレがきな臭い。そう考えて一番に思い浮かぶのはラファさんであった。あの歓迎会での一件から一週間程経つ。何もヴェントに関しての音沙汰は無い。
何事も無いといい。今日の神獣の首が落とされた件も、何事も無ければいい。ただの偶然であってほしい。そう切に願った。




