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19話 神獣の首が落ちた

「この奥が湖か?」

「そうですね……流石に観光客が多いですね」

「いやそれにしても人だかりすごくなあい?」


 洞窟を抜けたが、人が多すぎて肝心の湖が見えない。湖の向こうに祠があり、運が良ければドラゴンもいるはずだというのに。


「普通こんな人集まらないんですけど……」


 いつもなら係員が上手いこと観光客の回転率を上げるはずだ。


 不思議に思っていると、ダンジョン自体を揺らさんばかりの爆発音のようなものが響き渡る。あまりの大きな音に耳を塞ぐ。


「ミア大丈夫か?!」


 ノーチェさんが覆い被さるようにミアちゃんを守る。爆発音がまだ余韻を残している中で、私たちの目の前にいた人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 何か只事ではないような事態が起こったらしい。人々が逃げるのに合わせて私たちも湖から離れる。周りも混乱しているようだ。


「神獣の首が落ちた!」

「ダンジョン生物たちが暴走してるぞ!」


 などとにわかには信じがたい言葉が飛び交っている。その声は悲鳴にも怒号にも似ている。神獣の首が落ちた?そんなことが起こり得るのだろうか。と、その時だった。


「あっ」


 後ろでミアちゃんの声がした。ノーチェさんと手を繋いでいたミアちゃんが転けたらしい。慌てて足を止める。


「うう……」


 大きな目にどんどん涙が溜まっていく。膝を擦りむいたようで、赤く血が滲んでいた。ノーチェさんは取り乱すことなく、屈んでミアちゃんに視線を合わせる。


「ミア、歩けるか?」

「う、うん……」


 そうこうしている間にも観光客はどんどん駆け抜けていき、人混みに巻き込まれてしまう。道の隅に避けたノーチェさんとミアちゃんと、私たち二課の面々ではぐれてしまいそうだ。目を離さないよう必死に二人の姿を捉えようとするが、人の波に押されてままならない。


「あかん!ノーチェ!」


 ルカさんが叫ぶのと同時に、人の波が一斉に進行方向に向かって左に寄った。何事かと思えば、湖の方向に向かって魔兎の大群が迫ってきたのだ。神獣であるドラゴンの首が落ちた、と言っていた件と関係あるのだろうか。魔兎たちは皆殺気立っており観光客には目も向けない。湖に向かって一直線だ。そしてその魔兎が向かう先に、ミアちゃんとノーチェさんがいた。


「ノーチェさん!前!前!」


 私は人の波に流されないように足を踏ん張りながら、必死に叫ぶ。ノーチェさんは膝を擦りむいたミアちゃんをおんぶしようとしていた所だった。魔兎は大きく大きくジャンプしながら向かってくる。発達した足の筋肉によるジャンプの威力は計り知れない。まずい。前に視線を向けたノーチェさんの目が大きく見開かれる。


「ノーチェ!ミアちゃん!」


 ファルさんとペタロさんの声が重なる。息を呑んで反射的に目を瞑ってしまう。しかし聞こえるかと思ったノーチェさんと魔兎の衝突音は聞こえなかった。恐る恐る目を開く。


「み、ミアちゃん……!」


 そこにはノーチェさんを守るようにして、ミアちゃんが傘を開いていた。開いた傘は黄金色の光を放ち、突撃してくる魔兎が傘にぶつかるなり跳ね返されている。

 ミアちゃんは顔を強張らせながらも歯を食いしばっている。


「そっかあ!メルレッティのレースにはフォンテが纏わされているからだあ!」


 ペタロさんがそう言って顔を綻ばせた。そうか、日傘は日傘でもただの日傘ではない。メルレッティの日傘は、値の張るものは護身用にもなるとペタロさんが言っていたのを思い出す。流石お嬢様、最高級の物を買い与えられていたらしい。


「助かったぜ、ありがとなミア!」


 ノーチェさんはそう言うと体制を立て直して日傘の前に飛び出した。飛びかかってくる魔兎を全て拳で殴って叩き落とす。武闘家職も顔負けの躍動感ある闘いっぷりだ。一体どういった動体視力をしているのだろう。到底、エルフとは思えない。とんでもないスピードで魔兎たちが地面に伸びていく。


「っしゃあ!」


 最後の一匹を地面と同化させたところで、ノーチェさんが雄叫びをあげる。私たちは呆けて見ていることしかできなかった。


「ほんま次元が違うわこりゃ」

「馬鹿力って言葉で片付けていいのかなあ」

「ていうか全部叩きのめす必要あった?」

「魔兎は湖に向かってただけですからね……」

「何だよ!日傘で刺激されておめーらの方行ってた可能性もあるだろ!」


 私たちの反応が思っていた反応と違ったらしい。ノーチェさんが喚く。


 「ほら!行くぞ」とミアちゃんをおぶってノーチェさんが先を急ぐ。確かに湖からは一刻も早く離れた方がいい。私たちはダンジョンの出入口を目指して走る。


「……ごめんなさい、私が転けたから……」


 ノーチェさんの背中の上でミアちゃんが顔を曇らせる。それに対してノーチェさんが豪快に笑った。


「何言ってんだよ!ミアの日傘が無かったらあたしがやられてたんだぜ?」

「で、でも……」

「よく勇気出したな、ミア。流石ファブロの娘だぜ」


 そう声をかけられたミアちゃんの目が潤む。


「……うん!」


 ミアちゃんがこれ以上ないくらいの笑顔を咲かせる。勝ち気な眉に闘志みなぎる瞳は、よく社長に似ていた。流石ファブロの子供、その言葉を向けられるのはいつだって息子である兄だっただろう。


 しばらくそのまま走れば、出入口が観光客でごった返していた。一度に戻れる人数が決まっているため、時間がかかりそうだ。私たちがほとんど最後尾だったらしい。湖に繋がる道は規制線が貼られた。


 出入口の列に並びながら、先程救世主となったメルレッティのレースの日傘を皆で眺める。ペタロさんがミアちゃんの持つ日傘を見て、目を丸くした。


「傘、全く壊れてないねえ」

「すげーな、こりゃ高いだけあるわ」

「親御さんはこの傘にミアを守ってほしかったんやろうけど、ミアはこの傘で自分だけじゃなくて周りも含めて一緒に守ったな」

「えへへ……」


 ルカさんの言葉にミアちゃんが照れ臭そうにはにかむ。


 あれだけ物凄い勢いの魔兎に激突されても、傘の骨一本も折れていなければ、レース部分に何の損傷も無い。とんでもない技術である。


 ファルさんが水筒の中のお酒を飲みながら「はー」と大きく息をついた。


「それにしても災難だったね」

「全くだぜ、何があったのかも分かりゃしねえ」

「……神獣がやられたんだ」

「え?」


 ぼやくファルさんとノーチェさんの言葉に返してきたのは、前に立っていたリザードマンの男であった。尻尾の鱗が乾いており、年老いた風貌だ。一人でプリーモに来ていたようで、リザードマンであるところを見ると、もしかしたら祖に対する信仰が深い者なのかもしれない。


 そんなリザードマンの男にノーチェさんが怪訝そうな顔をする。


「やられたって、誰に?」

「分からない。ただ神獣であるドラゴンの首が落ちたのだ。その瞬間、ダンジョン生物が一斉に気が狂ったように暴れ始めた……」

「おっさんはドラゴンがやられた瞬間は見てねえのか?」

「自分も人だかりの中にいたからね、隙間から見えた時にはドラゴンの首が落ちていた」


 リザードマンの男は「……これは独り言だと思ってくれていいのだが」と前置きして言葉を続ける。


「ここ最近のプリーモは変だった。ダンジョンの商売っ気が増え、尚且つウィッチの出入りが激しかった。初めて来る観光客には分からんだろうがな、自分は祖であるタランシオ様に参りに週に三回は来てたから分かるんだ……何か起こるぞ。ここに調査に来てるなら言うまでもないだろうが……コラジョ社員なら胸に留めておきなさい」


 それだけ言ってリザードマンの男は係員の指示に従ってダンジョンを出ていく。順番が回ってきたようだ。ルカさんが眉を顰める。


「……なんや?あのジジイ」

「さあ。まあ今回の件にウィッチが関わってんなら、少しきな臭いのは分かるけどな」

「コラジョ社員ならって言われても、私たち掃き溜め二課だしなあ」

「社章付けておいて何だけど、今日来てるの全然調査とかじゃないしね」

「私たちにできることはないですよね……」


 あのリザードマンの男の言うことが本当だったとしたら、残念だが伝えるべき人選を圧倒的に間違えている。


 「転換でフォンテ強くなるんで十秒息止めてくださーい、そしてそのまま歩いてくださーい」とまた先程と同じ案内がされる。係員も相当焦っていたらしく、最後尾の私たちを案内し終えたことにホッとしているようだった。


 ダンジョンを出る。時刻は十五時半を指していた。ノーチェさんは腕時計を見て「お、ちょーどいいな」と言う。


「よしじゃあアポ行くぞ」

「えっ、本当にアポあるのお?」

「はあ?会社出る前に言ったじゃねえか」


 ノーチェさん以外の二課の面々が揃って顔を見合わせる。てっきりミアちゃんをダンジョンに連れて行くためだけの言い訳だと思っていた。


「それ、私たちも着いていっていいもんなの?」

「まー別にいいだろ、二課だし」


 ファルさんの問いに何でもないようにノーチェさんが返す。


 「確かこっちだったかなー」と言いながらノーチェさんが歩いていってしまう。私たちは仕方がないので着いていく。


 しばらく歩いた先にはカフェがあった。会員制の個室のカフェだ。こんなところ入ったことない。商談や他人には聞かれたくない話をするような場所である。


 ノーチェさんは店員に予約の名前を言う。元はといえばこんな人数で押し掛ける予定ではなかったのだろう。当然ながら店員は困ったような顔をしている。それにノーチェさんがイライラしてる。あ、まずい。


「別に四人くらい増えたっていいだろーが!」

「ふ、増えすぎですよお」


 流石に店員さんが不憫である。やはり私たちは退散しようか、と二課で目配せしていると店の一番の奥の個室から誰かが歩いてくるのが見える。ヒトのようだが身長がすらりと高く、亜麻色の髪を緩めに結っている。


「……ノーチェ、また困らせて」

「チェレステ!」

「お母様!」


 そのとても麗しい女性を呼んだのはノーチェさんだけではなかった。ミアちゃんがノーチェさんがチェレステと呼んだ女性に向かって抱き着く。


「お母様?」

「チェレステはミアの母ちゃん、そんであたしの古い友達」

「ええ!?」


 私とルカさんとペタロさん、ファルさんが揃って驚く。ミアちゃんは嬉しそうにチェレステさんに頬ずりしている。チェレステさんはそんなミアちゃんを一旦離し、私たちに向かって一歩近付いた。


「夫がお世話になっております。ファブロ・バヤルティの妻、チェレステ・バヤルティと申します」


 洗練された綺麗で無駄の無い所作に、私たちは狼狽えながらもお辞儀をする。世話になっているのは圧倒的にこちらの方だ。何せ雇用主である。


「ノーチェとは古い仲で……もう二十年以上前になるかしら」

「二十年……」


 ルカさんがぼそりと「そうや、エルフは長命やったわ」と呟く。


 一体どのような関係性なのだろう。そして友人だと言うのなら、何故わざわざコラジョの社員としてのノーチェ・ステファノフにアポイントを取ったのだろう。


 「まあ立ち話も何だし」とチェレステさんは個室に行くよう促す。チェレステさんが店員さんに一瞥を向けると、店員さんはノーチェさんに対する態度とは打って変わって、頷いて粛々と部屋を案内してくれる。

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