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16話 にこちゃんまーく

「ほんまにどーなることかと思ったわ!」

「タンポポが食い切ってくれたからいいだろ」

「逆にポポちゃんおらんかったらあの金額払ってたと思うと……ほんまに、ほんまにありがとうポポちゃん……」

「そ、そんな大袈裟ですよ……」


 ルカさんが私の手を強く握って涙ぐむ。相当お金を払うのが嫌だったらしい。


「あれだけ食べてお会計タダってすごいねえ」

「店員さん泡吹きそうになってたけどね」

「まあチャレンジ成功させない前提なんやろ、じゃなきゃ採算合わへんわ」

「あたしは最初から食べ切るつもりだったけどな!」


 昼食を食べ終え、会社に戻ってきた私たちが真っ先に向かったのは給湯室だ。食後のコーヒーと言えば聞こえは良いが、とっくに昼休みは終わっている。私はコーヒーを淹れるファルさんの横で、ペタロさん用のココアを用意する。


「先週末に一緒に飲み行ったのに知らんかったわ、ポポちゃんがあんなに食うなんて」

「あ、いやその、私の見かけで大食いってキモいかなって……」

「いや何がどうキモいのか1ミリも分かんねえよ」

「これからは遠慮せずたくさん食べていいんだよ」


 優しい言葉に心がくすぐったくなって眼鏡を掛け直す。自分はこういう人間です、と自己開示して相手側の反応を受け取るのが大の苦手なのだが、二課の皆はそれに対するリアクションが良い意味で淡々としているので助かる。


 「見かけによらず大食いなんだね」と言われてから何となく量を食べられることを人に言うのを躊躇していた。今回自分の大食いが誰かの役に立って良かったと心から思う。


「にしても、ダンジョン生物料理専門店ができるくらい市場に回ってきてるんだね」

「しかも大食いチャレンジメニュー作れるほどだからなあ、値段は相変わらずたけえけど」

「だ、ダンジョンの攻略と開拓が進んでる証拠ですね……」

「にしては出回るのが急すぎる気もすんねんけど、まあ何でもええわ」


 ダンジョン攻略に寄与してる企業の社員とは思えない程に他人事である。それもそうだ、掃き溜め二課なのだから。


 私はコーヒーを啜る。そういえばラファさんはどうなったのだろうか。こっちの世界ではあっちの世界のように携帯電話なんて便利な物は無い。連絡を取る手段は手紙くらいだが、その差し出し先さえ知らない。……テッラクラッセ宛に送ったら渡してもらえるだろうか。


「あ、そ、そうだ、私これ飲んだらさっきのお礼状の代筆したやつ営業部に届けに行きます」

「あーそういえばそうだったね」

「ペタロお前も営業部に用あるって言ってなかったか?……ってペタロ?」


 ノーチェさんがコーヒーを飲みながらペタロさんに目を向ける。ペタロさんはココアが並々と注がれたマグカップを両手で持ったまま、動かない。どこか思い詰めたような表情だ。


「……ひがさ」

「ん?なんや?」

「メルレッティのレースの日傘、やっぱり欲しいよお……!!」


 マグカップを強く握りしめるペタロさんとは裏腹に、ノーチェさんは呆れたようにマグカップを置く。


「やけに静かだなって思ってたらずーっとそれ考えてたのかよ」

「だって店からの帰り道にも見ちゃったんだもん……あの日傘を使ってるエルフ」

「やっぱりエルフは高給取りなんやなあ、ノーチェ」

「うるさいうるさい、色んなエルフがいんだよ」


 ルカさんの煽りにノーチェさんが顔を顰め、しっしと追い払う仕草をする。


 この町では漁業が盛んであり、その昔は女が網を編んでいたと言う。そこから枝分かれして副産物として発達したのが、レース編みだ。レースや刺繍が名産であるのは有名だが、最近はそれにフォンテを纏わせたメルレッティと呼ばれるものが注目を集めているらしい。


 レースで編んだ日傘は普通なら日光を通すため日傘としての機能は持つはずないが、フォンテを纏わせることで遮光機能を備え付けたのだ。他にもレースのコースターだが保温機能を持ったものや、レースのハンカチだが給水性に富んだものなど、様々な商品がある。


 しかし、エルフやウィッチなどの魔法種族がフォンテを纏わせながら糸を編む必要があり、労力がかかる。そのため値段がかなり張る高級品なのだ。ペタロさんが唸っている。結構な買い物だ、頭を悩ませるのも分かる。


「はー金持ちなりてー」

「二課で燻ってる内は厳しいね」

「現場の獣人のローザ、今月で寿退社らしいで。相手はプリマクラッセのダンジョン攻略実績もある勇者職やって」

「ローザって確か兎女の……玉の輿もいいとこだな」

「どこで出会うんだろうね、やっぱり酒場かな」

「でもギルド所属は命懸かってるからなあ、玉の輿言うには不安定すぎやわ」

「でもランクが高くてダンジョン攻略に貢献した勇者なら、亡くなった時に身内には遺産金が入るらしいぜ」

「そういえば、難関ダンジョン挑戦直前にの勇者職と結婚したヒトの女が、遺産金目当てだったんだろって勇者職の遺族から詰められたらしいねえ」

「らしいなって、それうちの営業部の人間やん……よう知っとるな」

「噂話のアンテナが他とは違うんだよお」


 ペタロさんが自分のアホ毛を伸ばす。それアンテナだったんだ。「遺族が会社に押し掛けてきてなあ……何とか大事にならず済んだけど大変やったわ」とルカさんが遠い目をする。


 遺産金、貴方の家族はこんなにも功績を遺してくれました、というお礼の意味で配偶者や一親等の者に払われるお金だ。あっちの世界の保険金とは少し違う。


 そんな話をしていると、ペタロさんが「よおし!」と手を叩く。


「うん、買っちゃう!買っちゃうよお、私!」

「お、やっと決心ついたんか」

「今日の帰りに買ってくる!うわあ、お給料二ヶ月分だよお……」


 ペタロさんが目を細め、何とも言えない表情で身を震わせた時だった。


「ん?」


 ファルさんの耳がぴくりと動く。ファルさんが振り返ったのに合わせて、私たちも給湯室の入り口を見る。そこには扉を薄く開け、こちらを覗く女の子がいた。そう、女の子だ。小柄な体型をしているドワーフではなく、ヒトの女の子だ。


 何故コラジョの社内に、しかもこんな所に子供が?そう思っていると、女の子はおずおずと口を開いた。


「ご、ごきげんよう」

「はいごきげんよー、何だ迷子か?」


 ノーチェさんが挨拶を軽く返したからか女の子は少しムッとしている。女の子はそのまま給湯室に入ってくる。


 歳は十歳くらいだろうか。亜麻色のふわふわした髪の毛、前髪を三つ編みで編み込んでいる。大きな襟のブラウスに首元には紐のリボンが結ばれ、チェックのジャンパースカートを着ている。襟や袖口に繊細なレースや刺繍が施されていることから、良い物を着せてもらっているんだなという印象を受ける。口調も相余って、良いとこのお嬢さんのようだ。


 斜めがけにしているポシェットも本革のように思われる。そして持っている日傘、あれは__


「め、め、メルレッティのレースの日傘……!!」


 ペタロさんがあんぐりと口を開ける。そうだ、あれはメルレッティの日傘だ。女の子は手に持った日傘を一瞥する。


「これ?この町はレース編みが有名なのでしょう?さっきお父様に買って頂いたの」

「わたしのおおきなけつだんが……」


 さらりと言ってのける女の子にペタロさんが灰になる。先程まであんなに買うか悩んでようやく決断したと言うのに、自分よりよっぽど年下の幼い女の子がそれを持っていたらそりゃそうもなる。この女の子の両親は、相当お金持ちらしい。


 放心状態のペタロさんを「ま、まあまあ」とルカさんが励ます。その時、給湯室の外からドタドタと階段を駆け下りる大きな足音が聞こえた。


「お、お嬢様!勝手にいなくならないでください!」


 給湯室の扉を勢い良く開けたのはニコロさんだった。焦っていたらしく、腕捲りしたワイシャツから伸びる手に汗が滲んでいる。


 「お嬢様?」と首を傾げるノーチェさんの声を聞いてハッとしたのか、ニコロさんはこちらを見る。


「何だよニコロ、営業一課はガキのお守りが仕事になったのか?」

「んな訳ないでしょ!」


 「ていうか言葉気を付けてくれません?!」とニコロさんが息を切らしながら言う。一体どういうことだろう。そう思っていると、女の子が一歩前に出た。


「ミア・バヤルティと申します」

「バヤルティ……」


 女の子はむすっとした顔のままでお辞儀をする。バヤルティの性には聞き覚えがある。というか、コラジョにいて知らない者はいるはずがない。そう、この会社の創設者にして現社長、ファブロ・バヤルティと同じ性だ。


 「……察せましたか」とニコロさんが呆れたように髪をかきあげる。


「はー、うちの社長の娘さんてことかいな」


 「飴ちゃんいる?」とルカさんが屈んで女の子と目線を合わせる。女の子はルカさんの差し出した飴をじっと見つめた後、ふいとそっぽを向いてしまう。


「そういう庶民の食べ物?には口をつけるなとお母様から言われてますの」


 そう言われた瞬間、ルカさんの笑顔に亀裂が走る。


「なんっやこのガキ、可愛くないやっちゃなあ!」

「おめーのパパだって二十数年前までは泥水啜って生きてたんだぜ!」

「ちょ、社長の娘にそんな汚い言葉浴びせないでください!」


 拳を握り締めるルカさんと後ろからそれに乗じるノーチェさん。慌ててニコロさんが女の子とルカさんの間に割って入る。


「で、何でそのお嬢様が社内にいるわけ?」

「夫人とお嬢様は普段は南のスッドに住んでいるんですけど、夫人が昔の友人に会いにこちらに来られていて……。そんな中お嬢様が父親の……社長の職場を見てみたいとのことで」

「金持ちなら家政婦さんでも乳母さんでもいるでしょお?なんでニコロが面倒見てるのお?」

「いくら家に仕えてもらってるとはいえ、部外者を社内に入れるのは社長が許せないらしくて」

「都合良く使われてんなーニコロ」


 わはは、とノーチェさんが笑う。ニコロさんは明らかに苛立っているようだが、お嬢様のいる手前態度に出せないのがもどかしそうだ。


 我らが社長であるファブロは一介の鍛冶師だったが、自身の作った武器で初代ダンジョン攻略が達成されたことから人生は大きく変わる。昔馴染みの女性を嫁に貰ったと聞いているが、どのような人物かは周知されていない。しかし娘であるお嬢様の髪色を見る限り、綺麗な亜麻色の髪の持ち主なのだろう。ファブロに髪は無い。


「ま、こっちも忙しいからね。おじょーさま連れてさっさと帰りな」

「給湯室で喋ってるだけのおたくらが何言ってんですか……」


 ファルさんの言葉にニコロさんは呆れたような顔をする。ごもっともである。


「全く、お嬢様もすぐいなくなるし……社長に営業部の所で遊んでろって言われたでしょう?戻りましょうよ」

「……嫌」


 お嬢様はご機嫌斜めのようだ。膝を付きお嬢様と目線を合わせようとするニコロさんだが、お嬢様は頬を膨らませ逃げるように顔を背ける。


 ニコロさんが大きく息を吸ってぐっと堪えるような仕草をする。わがままに振り回されてきたのだろう。これはかなり我慢の限界と見た。


 硬直した空気を破ったのは館内放送だった。「お呼び出し致します。ニコロ・サルヴァレッツァさん、ニコロ・サルヴァレッツァさん。第十会議室までお願いします」その放送を聞いてニコロさんが苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……呼ばれてるけど」

「……呼ばれてますね」


 ファルさんの言葉にニコロさんは鸚鵡返しする。呼び出されたことに心当たりがあるらしく、「ああ嫌な予感が……」と憂鬱そうな顔をする。そしてお嬢様をじっと見た後、私たち二課の面々をじっと見つめる。


「……じゃあ、そういうことで」

「どういうことだよ!」


 そそくさとその場を離れようとするニコロさんだが、ノーチェさんが離す訳がない。


「おめー最近ちょっとあたしらのこと舐めてるだろ?」

「な、舐めてませんよ!頼りにしてるんです、二課の皆さんを」

「おべっか言ってんじゃねー!」


 ドン!と大きな音を立ててノーチェさんが拳をシンクの縁に叩き付ける。シンクの縁が歪んでいるのが見えて、私はこっそり身を震わせる。なんて馬鹿力。


「まあまあノーチェ、ニコロが呼ばれたのはほんまなんやし仕方ないやろ」

「ルカ!後輩だからって甘やかすなよ、託児所じゃねんだぞ」


 ノーチェさんは不満そうだが、諦めたようだ。はあ、と大きなため息をつく。


「じゃ、じゃあ会議終わったら戻ってくるんで!」


 ニコロさんはそう言って給湯室を出ていく。ぼーっとしてるとペタロさんに背中をつつかれ、「お礼状の代筆!渡しちゃえば?」と言われる。そういえばそうだった。慌ててその背中を追いかける。


「に、に、ニコロさん!」

「なんですか?」

「あ、ああ、あの、頼まれてたお礼状の代筆、い、今渡していいですか?」

「はあ……構いませんけど」


 私はぺこぺこ頭を下げながら「も、持ってきますね」と一度二課の部屋に戻る。二課の面々と話すのは大分慣れてきたが、ニコロさんはまだ慣れない。話す際、緊張して異常に吃ってしまうのが恥ずかしい。異性というのもあるし、何よりいつも眉間に寄っている皺が怖い。怒られていないのに、怒られているような気分になる。こういう思考も失礼だから、やめたいのだけど。


 自分のデスクの上に置かれたお礼状を急いで手に取り、廊下に出る。壁に寄りかかり腕を組んだ状態でニコロさんは待っていてくれた。相変わらず眉間には皺が寄っている。やっぱり怖い。


「こ、ここ、これです……」

「はい、ありがとうございます……ん?」


 さっさとずらかろうと思っていると、ニコロさんが片眉を動かす。何か不備があっただろうか、そう思うと顔から血の気が引いた。お礼状の代筆すらロクにできない自分……思わず俯く。しかし振ってきたのは怒号でも呆れでもなく、ふっと小さく笑う声だった。


「なんですか、これ」

「へ?え、あ、うわ、す、すす、すみません!」


 顔を上げるとニコロさんはいつもの仏頂面に戻っていたが、さっき確か笑ったように思う。そんなニコロさんが持っていたのは、私がお礼状に貼っていた付箋であった。「ニコロさんに渡す!」と書いてある。にこちゃんマークまでつけて。暇だったのだろう。


「この絵、いいですね」

「へ、そ、そうでしょうか……」


 馬鹿にするでもなく、淡々とそう言われる。こっちの世界に絵文字の概念は無いらしく、羽ペンで描かれたにこちゃんマークをニコロさんは眺めている。


「こ、これ、にこちゃんマークって言うんです」

「にこちゃんまーく……」


 その単語にニコロさんはぽかんとしている。しまった、間違えたかもしれない。ニコロさんの名前みたいですね、みたいな意図だったのだが、馬鹿にしてると捉えられたかもしれない。「す、すみませ、」と頭を下げて謝りかけたところで、またニコロさんの笑う声がする。


「いいですね、にこちゃんまーく」


 言い慣れてない単語だからか、たどたどしい言い方だ。二度も笑ってもらえたのに、肝心のその笑顔を見損ねた。営業スマイルとは違うニコロさんの自然な笑顔なんて、ノーチェさんたちと話している時でも見たことはない。


「じゃあ、自分行くんで」

「あっ、は、はい!」

「ああそうだ」


 ニコロさんは歩き出すと、何か不意に思い出したように私の方を振り返った。


「俺に対しても、何だっけ、ラファ?とかいう奴みたいに気軽に話せるようになってくださいね」

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