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15話 食いたいメニューは全部食えっから

「やっぱりあのメルレッティのレースの日傘欲しいよお」

「んな言うなら買えばいいじゃねえか」

「だって高いんだもん!」

「メルレッティって糸にフォンテ纏わせて編んでんねんやろ?そんな高等技術、そりゃ高値やわ」

「その今ペタロが食べてるお菓子を何ヶ月我慢した分だろうね」

「もお〜ファルの意地悪!お菓子は我慢できないよお!」


 給湯室を覗けば、相変わらず井戸端会議に花が咲いている二課の面々がいた。「トイレー」「銀行の振込頼まれたー」「郵便出してくるー」「花に水やってくるー」と言って二課から出ていった後、戻ってこないなと思った時は大体皆ここにいる。一応部長である亀部長がいる手前、表向きだけでも用事がある風に振る舞うのが暗黙の了解らしい。


 手前に冷蔵庫と水場が、奥にコンロがある中で、私は手前の冷蔵庫から自分で置いておいたレモンティーを取り出した……のだが。


「……レモンティーが無い」

「わっ、ポポちゃんいたんだね」


 私の一番近くにいたファルさんが驚いたように狼の耳を揺らす。これまた相変わらず、存在に気が付かれていなかったらしい。


「悪い悪い。レモンティー置いてたのタンポポだったのか、ルカのかと思ってつい」

「あたしのなら飲んでいい訳やないんやけど」

「え、ええ……私のレモンティー飲んじゃったんですかあ……」


 空になったティーポットを見て私は大きく肩を落とす。頼まれたお礼状の代筆を終えたら飲もうと、水出しで冷蔵庫の中で抽出していたというのに。ノーチェさんを見るが、全く悪びれる様子がない。このジャイアン気質め!と思うが、こっちの世界でそれを言っても通じないので言わない。


「もう一度入れりゃいいだろ、ほらあたしのお菓子あげるから」

「う、うーん……分かりましたよ……」

「てかようやっと終わったんやな、いつこっち来るかなー思うててん」

「たかだかお礼状の代筆に時間かけすぎなんだよ」

「別に時間かけて綺麗に書く分にはいいでしょお」

「どうせ暇だしね」


 ノーチェさんの呆れ顔をペタロさんが咎める。ペタロさんは基本的にいつでも私の味方を買って出てくれる。


「それ持ってくの午後やろ?昼まで暇やなー」

「ペタロ今日昼飯何食う?それ考えよーぜ」

「ここ最近ずっと社員食堂だったから今日は外に出たいよねえ」


 昼食は何にするかを考えよう、というのが提案されるなんて暇の究極体すぎる。


「こ、この間のリーラさんみたいに依頼があるのってやっぱり稀なこと……ですよね?」

「まあそうだなー。あの時はかっこつけて本業とか言ったけど、あたしらの本業は給湯室でだらだらすることだからな」

「そんな本業あってたまるかって話だけどね」


 ファルさんは冷静にツッコミながらもハイボールの入ったタンブラーを口に運ぶ。二課の恩恵を一番受けているのはファルさんな気がする。


「そうだ、うち今日お弁当持ってきてないから一緒させてもらうわ」

「珍しいねえ、ルカと一緒にお昼久々だあ」


 思い出したようにルカさんが言い、ペタロさんが手を挙げてぴょんぴょん跳ねる。「ほな一緒いこか」とルカさんがそんなペタロさんの手にハイタッチをする。


 この一週間で何となく各々の昼食状況は分かった。ルカさんと私はいつもお弁当派だが、ペタロさんとノーチェさんはほとんど毎日のようにランチを食べに行くか、社員食堂を使っているらしい。ファルさんはお弁当と呼ぶには栄養が偏った、おつまみの詰め合わせのようなものをお酒と一緒につまんでいる。


 実はというものの、私も今日はお弁当を持ってきていない。というか忘れてしまった。社員食堂を使おうかと思っていたが、ここで私も手を挙げてもいいのではないだろうか。


 二課に配属されて一週間。私の人生においては史上初と言えるほどに、友好な人間関係を築けていると思っている。先週末は歓迎会と称して飲みに行ったのだから、お昼を一緒に食べたいと言っても何の違和感も無い、はずだ。


「あ、そうだ。会社近くに新しいお店できてなかったか?あそこ行きたいって思ってたんだよなー」

「ダンジョン生物料理専門店やっけ?高ない?」

「一度くらいいいだろ、相変わらずケチだな」

「節約家って言ってくれへん?」


 私がもじもじしている間に話はどんどん進んでいってしまう。ああこうやって、今世に限らず前世から何度誰かと関わるチャンスを逃してきただろう。変わりたいと思ったんだ。二課にいたら殻を破れるような気がしていたのに__


「どうかした?ポポちゃん」

「あ、え、えっと」


 俯いていた私をファルさんが気にかけてくれる。「ん?」とファルさんは私の顔を覗き込み、次の言葉を促してくれる。私は「あー、その、み、皆さんのご迷惑にならなければなんですけど……」と吃りながら言葉を続ける。


「わ、わ、私も今日はお昼にご一緒させてもらってもいいでしょうか……」


 言葉尻はほとんど消えかけていたが、何とか言えた。きっと今私の顔は真っ赤だ。恥ずかしい。突如訪れた沈黙に焦る。やはり、私なんかが一緒に昼食を食べようなんて烏滸がましかったのではないだろうか。


 そう思って目を伏せていると、ノーチェさんの「なんだよお」という声が聞こえる。


「さっきから切羽詰まったような顔してると思ってたらそんなことかよ!」

「一緒にお昼くらいええに決まっとるやろ、遠慮せんで言いやあポポちゃん」

「ポポちゃんが何か言いたがってたのに気が付いたの、ファルのファインプレーだったねえ」

「えーじゃあ私も今日はお昼皆と一緒に食べようかなー」


 皆が口々にそう言ってくれ、一気に気が抜ける。ホッと胸を撫で下ろす。思いの外歓迎してくれるのが照れ臭くて、そそくさと眼鏡を掛け直した。ファルさんが声をかけてくれなかったら言えなかったかもしれないと思うとまだまだ情けない。


「おーじゃあ今日は五人で……五人、五人か……」

「五人だと何かあるのお?ノーチェ」


 ペタロさんが不思議そうに首を傾げる。ノーチェさんは不敵な笑みを浮かべた。


「ルカ、喜べ、この五人の頑張り次第では会計タダだぞ」

「何やて?!」


 ルカさんの目が輝く。そう言ったノーチェさんの意図を知るのは、お店に入ってからであった。お昼休みになり、五人揃って会社を出る。いつもお弁当を社内で食べていたので、昼に会社を出るのが何だか新鮮だ。


「……こ、こういう時も社章外します?」

「いやー、飲みに行くわけやないしええやろ」

「お、あった、ここここ」


 お店は会社から歩いて本当にすぐのところだった。壁は緑色に塗られており、扉の上には店名が書いてあるが、やたらとおどろおどろしい字体だ。ダンジョン生物専門店と聞いていたが、ゲテモノ専門店なのではないかと思わされる。


「……本当にここなのお?」

「だーいじょうぶだって、これには訳があんだよ」


 怪訝そうな顔をするペタロさん。同感だが、ノーチェさんは一切気にせず入っていく。扉を開けると、腹の虫を誘発するような食欲をそそる香りが漂ってくる。


 「五人、五人のチャレンジメニューで」とノーチェさんがお店の人に告げる。チャレンジメニュー?


「なんやノーチェ、チャレンジメニューって」

「まあまあまあ、見てろって」

「ええっ、勝手に頼まれちゃったってことお?!」

「せっかく初めて来た店なのに」


 お店の人に席を誘導されるな否や、ノーチェさんが三人から問い詰められる。やたらと広い席に通されたのは何故だろうと思っていると、ペタロさんがメニューを広げ、「これとか食べたかったなあ」と言いながらノーチェさんに不満そうな顔を向ける。しかしノーチェさんはまたも「まあまあまあ」と宥める。


「食いたいメニューは全部食えっから」


 それから待つこと十数分程だろうか。お腹の空き具合が限界になってペタロさんが机上に溶け始めた頃、それはやってきた。


 「あいお待ちどおさま」と店員さんがそれを机に置くと、地鳴りのような重々しい音が響く。私たちは放心状態でそれをしばし見つめた後、互いを見た。


「チャレンジメニューね。おたくら運が良いよ、先着三組までの三組目だ。さて、四十分以内に食べ切れたらお会計はタダ。食べ切れなかったら__」


 店員さんの口にした金額に、五人まとめて体が固まる。中でもルカさんなんて顔を青ざめて震えている。確かに、あまりにも良い値段だ。いや良い値段と言うにしたって高すぎる。これがダンジョン生物ばかりを使った料理の金額か。


 「はい、よーいスタート。一応お品書きもあるから。十二時五十分までね」と店員さんが告げて去っていく。私たちはそれでも顔を見合わせたままだった。大きな机の端から端まであるような規格外に大きな一枚のお皿に、溢れんばかりの料理が乗っている。これを四十分以内に五人で食べ切る?


「む、むむ、無理に決まってるやないか!」

「うるせえ!でも食い切ったらタダだぞ!」

「二課にそんな大食いな子いないのによく挑戦しようと思ったね……」

「そんなことより早く食べた方がいいんじゃないかなあ?!」


 慌てるルカさんとファルさんとペタロさんに、何故か逆ギレするノーチェさん。そんな中で私は店員さんの置いていったお品書きを見る。魔魚のフライに魔魚と魔貝のパエリア、魔肉を使ったデミグラスハンバーグにビーフシチュー、魔海老のエビフライ、スパゲッティは普通のものだろうか、特に何も書かれていない。魔卵で作られたプリンまでデザートに用意されている。


 あっちの世界で言うお子様ランチみたいだ。しかし兎にも角にも、その全てが規格外の量をしている。


「と、とりあえず食べませんか?すごいおいしそう……」

「そうだな、食べなきゃ始まらねえぜ!」


 ふんふんと鼻息を荒くしてノーチェさんがスプーンを握り、自分の小皿にパエリアを取り分け始める。私も巨大ハンバーグを切って小皿に乗せ、エビフライを一本取る。エビフライ一本といえど、ダンジョン生物の魔海老だ。野球で使うバットの長さと太さと同じだ。


「う、うま!」

「おいひい、おいひいねえ!」

「なんやこれ、ビーフシチューなんて一瞬で口ん中で溶けるで!」

「このハンバーグもすごい、肉汁で溺れそう……」

「エビフライもすごいです!外はさくさく!中はぷりっぷりですよ!」


 皆口々に感想を言いながら食らいつく。本当に、本当に美味しい。ダンジョン生物は何度か食べたことがあるが、こんなに口いっぱいに頬張ったのは初めてだ。


 ダンジョン生物はダンジョンという普通とは違う、特異的な空間で育つ。見かけだけならただの豚、牛、魚、鶏だが、まず大きさが段違いな上に、身の詰まり方も話が違う。あとはダンジョンはこちらよりフォンテ濃度が少し高く、それが作用して味に深みが出てより美味しくなるのだ。という、説明が壁の張り紙に書いてある。


「なんやノーチェビビらせやがって、これなら完食いけるやん」

「こんなに美味しかったらねえ」

「お腹いっぱいにはなるけど、これなら食べられそう」

「お、おう……」


 私が張り紙を見ながら食べているとそんな声が聞こえてくる。余裕そうだが、ノーチェさんの反応が鈍い。その理由を私は、お品書きを見て悟った。二枚目があったのだ。二枚目のお品書きにもびっしりとメニューの概要が書いてある。そうだ、ノーチェさんは食いたいメニューは全部食べられると言っていた。


「お、結構食べたね。じゃあこれ、置いとくから」


 まるで答え合わせをするように、店員さんがやってくる。私たちの座る卓の後ろの空いている机に、再度鈍い音を立てて何かを置いた。振り向いたペタロさんが、顔を引き攣らせる。


「え、ええ……」

「っすぅー……」


 困惑したペタロさんの向かいで、ノーチェさんが深く深く息を吐く。置かれたのは、またしてもダンジョン料理だ。今度は見た所によると、あっちの世界でいう中華料理らしい。こっちの世界で言う中華料理は西方の地域の料理を指し、西方料理と呼ばれている。中華料理とは呼ばない。


 キラキラ輝く料理たちだが、その輝きがもたらすのは胃もたれ一択だ。ペタロさんは「び、ビーフシチューおいしー」と現実逃避を決めたらしい。見なかったフリをしている。


「うっ、キツいなこれ……」

「お腹いっぱいだよお」

「……またこれと同じくらいの量食べないといけないの?」

「あかん!あの金額払うなんてうち耐えられへん!」


 戦況は絶望的に見える。ようやく巨大お子様ランチを食べきったが、この後に巨大中華料理盛り合わせが待っていると言うのだから。ノーチェさんもこの量は予想外だったらしい。とてもとても難しい表情をしている。


「ええい!そっちの飯も寄越せ!あたしが食う!」

「ちょっとノーチェやめときなよお、お金払って謝って持ち帰りさせてもらおう?」

「悔しいだろ!あたしらがこのチャレンジ攻略の第一人者になんだよ!」

「これチャレンジ成功した奴おらんのか……そりゃそうや……ダンジョン生物料理自体高価やからぼったくりとも言えへんの辛いわ……」


 ノーチェさんは力持ちのペタロさんに中華料理盛り合わせを机に置かせる。しかしもうお腹は限界のようで、顔を青くしながら必死に食べすすめている。それ以上に顔を青くしているのはルカさんだ。ルカさんの場合は、お腹いっぱいだからというよりはお金の心配によるものだが。


 私は自分の小皿に持ったパエリアとハンバーグを食べ終えると、中華料理に手を伸ばす。


「このエビチリ美味しそうですよね」

「え?」

「うわあ、チャーハンに入ってるチャーシューも魔肉なんですかね?もしかして野菜もダンジョン内生産のものってことですか?だとしたらすごいなあ」


 時計を見れば残りは十五分も無い。こんなに美味しい料理、せっかくだから味わって食べたいのだがそうも言ってられない時間だ。私は小皿に料理を取るのをやめる。ちらりとルカさんに視線を送ると、察したのか「あ、良ければそのままどうぞ……」と皿を差し出される。何故標準語?


 私は咀嚼する度に口に広がるダンジョン生物ならではの旨味を堪能しながらも、素早く口に料理を運んでいく。やはりおいしい。ご飯を食べるのは大好きだ。私みたいな者があまり食べすぎると引かれてしまうし、変に注目を浴びてしまうので普段は抑えているが、ここでは食べれば食べる程皆を救うことになる。一石二鳥だ。


 いつだか、一口が大きすぎると指摘されたのも嫌な思い出だ。大口開けてご飯をかきこむのが一番の幸せだというのに。


 その様子を見ながら四人はぽかんと口を開けている。


「ポポちゃんって食べれる子やったんや……!」


 ルカさんが今にも涙を流しそうな勢いで私を拝んでいた。

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