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14話 いつでも営業事務二課の方にお訪ねください

「の、ノーチェさん!皆さんも……」

「アムレの奴らほんとめちゃくちゃだぜ、やってらんねー」


 ノーチェさんが不機嫌そうな顔で椅子に座る。


「で、そこのヒトはアムレの関係者なんですか?」


 ニコロさんの鋭い視線。それをルカさんが「ニコロ、顔顔」と犬にするように宥める。それにムッとしながらもニコロさんは眉の皺を緩める。


 ラファさんは急に現れたコラジョの面々に驚いているようだ。申し訳ない。


「お、俺たちはテッラクラッセに所属しているパーティーです。今度アムレの引率でヴェントへの挑戦が決まっていまして……」

「俺は"アムレの引率"なんて思ってねえけどな!」

「俺だってそうだぞ!明らかに胡散臭い!」

「そうか、なるほど……」


 ラファさんが物腰柔らかな言い方をするも、ピエトロさんとディエゴさんが噛み付く。ニコロさんはそれには一切動じず、手を口元に当てて何か思案しているようだった。


「テッラねえ、昔は魔法より筋肉なギルドだった気がするんやけど」

「代表変わってから色々変わりましたね……アムレとの契約は色々美味しいみたいで」

「ふうん」


 営業としてやっていた経歴のあるルカさんがぼやき、ノーチェさんが鼻を鳴らす。ニコロさんは他の営業部の人と何か話している。


「俺たちそろそろ出ますね」


 ラファさんはそう言うとパーティーの二人を促す。席を立つ三人の前に、ニコロさんが一歩前に出る。


「先程の騒ぎでうちの会社の者がご迷惑をおかして申し訳ございません」

「あ、いえ……」

「お詫びにといっては何ですが、会計の方こちらで持たせて頂けませんか?」

「えっ、そんな悪いですよ」


 急なニコロさんの提案にラファさんは明らかに動揺しているようだった。私の後ろでファルさんが「どうせ経費だからね」とぼそりと呟く。


「リーダー、せっかくだしここは言葉に甘えようぜ」

「俺達いつでも金無いし正直ありがてえよな、せっかくの決起集会うるさくされちまったし」

「お前たち寝てただろ……うーん、まあ、そう言ってくださるなら……」


 「ありがとうございます」とニコロさんが表情一つ変えずに淡々と言う。無愛想だが、有無を言わせない凄みのようなものがある。給湯室で子犬のように吠えていたニコちゃんとはまるで別人だ。ニコロさんはそのまま「__ああそうだ」と続ける。


「ヴェントの攻略、応援していますが……もし何かあれば遠慮無くうちへ」

「いや俺らは一介のパーティーに過ぎませんので……営業ならギルドの方に」

「営業なんて滅相もないです。これも何かのご縁、コラッソージョファブリカが直営のギルド設立を検討していることはご存知ですか?」

「いえ……」

「優秀な探索者さんはこちらも喉から手が出る程欲しいのです。ヴェントに挑戦できるようなパーティー、なかなかいないですよ」

「や、それは……」

「武器にも相性がありますし……アムレが合わないようでしたら」


 「ね」とニコロさんが意味ありげに言う。ラファさんはその意を何となく受け取ったようで、表情は重苦しい。渋々といった感じで、ニコロさんの差し出す名刺を受け取った。


 ノーチェさんは「あーあー何で退勤後に仕事の話してんだよ」と耳をほじっている。ペタロさんとファルさんもつまらなそうな顔をしており、ルカさんだけが心配そうにニコロさんを見ている。


 私はラファさんの唇を噛む様子を見て、何とも言えない感情になる。勇者産業の発達した今、様々な企業や大人の思惑が飛び交う中で、シンプルに純粋にダンジョンに挑戦することは難しい。


「タンポポ何ぼけーっとしてんだ、飲み直しするから行くぞ!」

「え、あ、はい!」

「二軒目どこにしよお、もう茶々が入らないとこがいいなあ」

「会員制のとこにしようか、私の名前があれば入れるよ」

「うちら二課は関係無いからなあ、行こ行こ」


 ノーチェさんはもう我慢の限界らしい。私もルカさんに背中を押されるようにして席から立つ。そんな私たちを、ニコロさんが横目で見た。


「__アムレが合わないようでしたら、いつでも営業事務二課の方にお訪ねください」

「はあ!?」


 瞬時に噛み付くノーチェさんに向けて、ニコロさんはしてやったりの笑みを浮かべる。ニコロさんが何を企んでいるのかは知らないが、こちらからしてみたらとんだ巻き込まれ事故である。


 ノーチェさんとニコロさんがバチバチやってる中で、私は今しかないとラファさんに近寄る。


「すみません、変なことに巻き込んでしまって……」

「いやそんな全然……でもせっかくタンポポさんと仲良くなれたのに、こういうのは少し不本意ですね」

「な、仲良く……で、でもヴェント攻略、応援してます。会社とかそういうの、関係無いです」

「ありがとうございます、それだけで十分です。貴女と知り合えて良かった」

「私もです……!」


 ラファさんの柔和な笑みにつられて、私の頬が自然と緩む。前世も合わせて、初めての私を友達と呼んでくれたヒトだ。酔っていて記憶は曖昧だが、ラファさんもなかなかのダンジョンオタクで話していてとても楽しかった。まさか飲みの場で会社が絡んでくるなんて。


 そう思っていると、「タンポポ!行くぞ!」と怒りを含んだノーチェさんの声が飛んでくる。相当ご立腹なようだ。


「じゃあ、また」

「はい、ご武運を」


 私は慌ててその場を離れて二課の面々の元に戻り、そのまま店を出る。また、があるのだろうか。あるといいな。そう思う。


 先程出た時は必死で気が付かなかったが、ひんやりした夜風が心地良かった。「ファルの知ってる店行こっかあ」とペタロさんが言って、皆でファルさんに着いていく。


「災難だったねえ……っていうか、うちで直営ギルドの話なんてあったんだあ」

「確かに話はあったけど何年も動いてない話やであれ……まあニコロは何か考えがあるんやろ」

「だとしても酒飲む場所で仕事の話なんてやってらんないよ、ねえノーチェ?」

「ファルの言う通りだぜ、しかもよく分かんねえの押し付けられちまったし。ニコロあいつ次会ったら覚えてろよ」

「あのパーティーがどうなるか分からへんけど、うちに駆け込んで来たら厄介事なんは確かやな……まあええわ、うちらの会計も払ってもろたし」

「ええっ、いつの間にい!?」

「抜け目無いねー」

「ルカやるぅ!金に関しては小賢しいな!」

「うるさいわ。いうてうちら巻き込まれた側やで、向こうが経費で落とすならこっちの分も持ってもらわんと割に合わんやろ」


 ルカさんがそう言って石を蹴る。まあそれもそうかもしれないなと思っていると、ルカさんが「にしても」と続ける。


「今回もポポちゃんのお手柄やったなあ」

「ファル呼ぶのあと少しでも遅かったらお互いガッツリ手出てもおかしくなかったよお」


 確かに雰囲気は一触即発だった。沸点に達して我慢ならなくなっていたらそれこそ、言いくるめるなんてことはできなかっただろう。営業部が赤べこのようにお店に謝っていた。コラジョとは縁があるからと大事にはしないでくれたが、店破壊されたらそう言ってくれなかったはずだ。……こっちの世界に赤べこは無さそうだ。


 ともかく、自分で決めて起こした行動が良い効果をもたらした。そのことが嬉しくて、スカートの裾をぎゅっと握る。その様子を見ていたのか、ノーチェさんが私の頭を荒々しく撫でた。


「よくやったじゃねえか」

「あ、ありがとうございます」


 ノーチェさんに褒められると嬉しい。飲む前に散々言われたような気がするが、もう褒められたことだけ覚えていたい。


「しかしファルは何でアムレの社員とまで繋がってんだよ……」

「んー知らない知らない、役に立ったからいいでしょ?」

「まあ結果オーライってことで……ポポちゃんはよくあの人がファルの知り合いって気が付いたねえ」

「あ、その、お店行く時にぶつかった人に似ていたので……って、私もラファさんに教えてもらわなきゃ気が付けなかったんですけど」


 私がそう言うと、前を歩くルカさんが不意にこちらを振り向く。「そういえばやな、ポポちゃーん」と不自然な三日月を描いた目でルカさんは突然私ににじり寄る。意図が分からずぽかんとしていると、勢い良く肩を組まれて前につんのめりそうになった。それをルカさんは抱き留めると、私に顔を寄せる。


「わっ、ちょ、え、なんですかルカさん」

「いやいやいやなんですかやないやろ、あのラファって奴?見た目も気概も悪くなさそうやん」

「あっ、あー、ラファさんですか?」

「あたしらがいない間に随分仲良くなってたみたいだなあ」

「な、仲良く……」


 そう言われてラファさんに友達だと言ってもらったことを思い出す。ノーチェさんとルカさんの、合わせて四つの三日月形の目に囲まれる中でつい恥ずかしくなってしまう。


「え、えへへ……そうですね……」

「ひゅー!」


 照れながら眼鏡を掛け直す私にノーチェさんが口笛を鳴らす。友達ができたということをこんなに祝ってくれるなんて、はちゃめちゃではあるが優しい一面もある。


「何だよお、人見知りって言う割にいっちょ前に男引き寄せてんじゃねえか」


 ルカさんに肩を組まれたまま、ノーチェさんに小突かれる。友達に性別関係あるだろうか。でも確かに、今まで同性以上に異性は苦手だった。異性と友達になれるなんて思ったこともなかった。そう思うと、何だかとても嬉しくなる。


「え、えへ、えへへ、本当に嬉しいです。じ、人生で初めての友達です!」

「……は?」

「……あー、うんうん、そうかそうか、そうだよなあポポちゃん。まずはお友達よなあ……」

「へ、へ?」


 私の言葉にノーチェさんとルカさんの肩があからさまに下がる。ルカさんに至っては肩を組む力を一気に緩め、「人生初か……」と遠い目をしている。


 「私は見てたから分かるけど擦れてないのお、ポポちゃんは」と同席していたペタロさんが呆れたような視線を二人に向け、私とルカさんを引き剥がした。その横でファルさんがここぞとばかりに「まったくー」とどこか得意気な顔をする。


「すぐ男女ってだけでそういうことに結び付けるの、ルカとノーチェは邪な気持ちありすぎー」

「ファルにだけは言われたないわそれ」

「おめーこそ邪な気持ちが全ての原動力じゃねえか」


 ノーチェさんに胸倉を掴まれ前後に揺られるファルさんだが、その表情はどこ吹く風だ。あははー、なんて笑いながらファルさんは甘んじて揺らされている。


「もおっ、早く次のお店行こうよお」

「すっかり酔いも覚めてもうたなあ」

「なんか心なしか腹も減ってきたぜ」

「次行くとこは軽食も美味しいよ」


 ペタロさんに急かされ、止まっていた五人の足がもつれながらまた歩き出す。……五人?


「ああっ!!!」

「どうしたんだよタンポポ」

「か、かか、かかか亀部長忘れてません?!」


 私がそう言うと、他四人は二度大きく瞬きをする。何とも言えない三秒ほどの間が開いたところで、五人まとめて冷や汗が頬を伝った。


「やっべえ!!すっかり忘れてた!!」

「勝手にスケボーで着いてきとるもんやと……」

「あーーそっか、机の上に置いてたから自分で降りれないんだ」

「ファルは何でそんな呑気なのお!亀部長可哀想だよお!」

「しかしまだ店内に営業部いんのかなあ、気まずいぜ」


 ノーチェさんがもう一度、「気まずいぜ……」と呟くのと同時に私を見る。嫌な予感がして首を振るが、その首はノーチェさんと力強い左手で止められ、右手を肩に置かれる。


「頼むタンポポ、お前しかいないんだっ……!」

「い、い、い、嫌ですよお!!」

「お前のスキルの見せ場だぞ!!」

「スキルって決まってないですし!絶対見せ場でもないですし!」


 何て軽くて雑な「お前しかいない」だろうか。半泣きになる私に、ノーチェさんは芝居がかった大袈裟な訴えかけをする。ああひどい。散々だ。


 しかし、こんなに賑やかな週末はいつぶりだろう。こんなに誰かと喋る週末はいつぶりだろう。いや、いつぶりなんてものじゃない。初めてかもしれない。とはいえ、とはいえだ。


「そ、そんなあ」


 私の嘆きは夜の街に霧散していく。

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