13話 好きなんですね、会社の人達のこと
「な、なんか大変そうですね」
「は、はは……」
「でもコラジョ勤務だったんですね、すごいな」
ラファさんがそう言って息を付く。勇者志望からしたら、やはりそういう認識にもなるらしい。私からしてみれば、肩身が狭い。
「いや、私なんかはほんと全然……今もほら、全く役に立ててないですし」
へらりと笑ってみせようとするが、上手く笑えていない気がする。自虐が息をするように口から二酸化炭素と一緒に出てくる。
対角線上の席では未だ憤慨しているノーチェさんを、ペタロさんがドワーフ持ち前の力で必死に抑えている。ドワーフが必死にならないと止まらないエルフというあり得ない存在に、アムレ社員のウィッチやエルフは若干引いているようだった。
しかし、このまま騒ぎが収まったとしても会社同士の揉め事は非常にマズい。何がマズいって、それまでの過程に何があったとて、コラジョが先に手を出してしまったことだ。チンピラ同士の喧嘩とは訳が違う。問題になるのは目に見えている。
そしてその時手を出してしまった二課の立場は、かなり危うい。ただでさえお払い箱の二課だ。良い機会だから皆まとめてクビになってもおかしくない。
それは困る。率直にそう思った。せっかく皆と知り合えたのに。少なからず、二課に居心地の悪さを感じることはない。そんなの初めてだった。そして何より、はちゃめちゃな皆のおかげでようやく、少し自分の殻を破れる気がしたのに。
「……あのエルフ、アムレの中でも上の立場のエルフですよね?何でこんなところに……」
「え?」
「一番後ろにいる、布で顔隠してる……両耳が欠けてるの特徴的で印象に残ってて」
私が唇を噛んでいると、不意にラファさんが言う。その言葉に目を凝らす。両耳が欠けていて、布で顔の下半分を隠しているエルフ……。
「……本当ですか!?」
「え、あ、はい」
勢い良くラファさんの方に振り返る私にラファさんは少し驚いたようだが、気にしている場合じゃない。そうだ、あのエルフ、店に向かう際の路地ですれ違ったエルフだ。ファルさんの一言で、耳を真っ赤にさせて逃げた__
「ちょ、ちょっと私席外します!」
「えっ!?」
「亀部長のことだけ見ておいて下さい!」
「亀?これ部長だったんですか?!」
机に鎮座する亀部長を指差す私にラファさんは明らかに混乱している。当然だ。亀部長が口を開く。
「ぐっとらっく」
「喋った!?」
そう言って右前足を上げる亀部長に親指を立てて返す。混乱に混乱を重ねるラファさんを置いて私は小走りで足を進めた。店内を見回してみてもファルさんはいない。勝手に帰るとも思えないので、トイレにいるか外で煙草を吸ってるかのどちらかだろう。
そう思ってトイレを覗いてみたが女子トイレにはいない。男子トイレは閉まっているが、ファルさんが実は男性という線は流石に無いので店の外に出る。
そもそも店内喫煙可のためわざわざ外に出て吸う必要は無いのだが、ペタロさんが飲み始めて最初の方に、「ファルってムスコロ通りに飲みに来た時、この店の路地奥の川辺で煙草吸うの好きだよね」と言っていたのを思い出して向かう。
「うっ」
店に入る前にペタロさんとファルさんが話していた路地に辿り着くが、その路地を通せんぼうするようにガタイの良い男二人が何かあからさまにこそこそと話している。見た所、両方獣人のようだ。周りの目を気にしつつ、狐の男が鹿の男に粉状のものが入った小さな袋を受け渡ししている。これ、見てることがバレたら沈められるやつだ。
「何でこんな時に……!」
詐欺ギルドが多発している裏で、その詐欺ギルドが違法薬物の密売の温床になっているのは聞いていたが、こんなに堂々と蔓延るようになっていたなんて。私は物陰に隠れながら何度も足踏みをする。
「……私の存在感の無さが歴としたスキルでありますように!」
私はそう呟くと、置かれた木箱や樽に隠れながら路地を進んでいく。男二人がいる場所は小柄な者ならギリギリ通れそうな幅がある。足音を立てないようにそおっと地面を踏み締める。二人の視界に入ってもおかしくない距離にいるが、気が付かれた様子は無い。やはり、本当に見えていないらしい。
ついに会話の聞こえる距離にまで来た。物騒な会話をしているとしたらあまり耳に入れたくはないが、嫌でも会話は聞こえてくる。
「これっぽっちしかくれねえのかよ!金は払っただろ!?」
「これが欲しい奴はごまんといるんでね、それ相応の対価がなきゃ渡せねえよ」
「おい嘘だろ全然足りねえよ……なあ何とかならねえのか?!」
「じゃあ金を用意するんだな、なあに金なら汚い金でも構わねえよ」
怖い。怖すぎる。いくらここ最近治安の悪化が問題視されているとはいえ、ムスコロ通りまでその影響を受けてるなんて。自分の住んでいる世界とはかけ離れた恐ろしい世界に、生唾を呑む。男がもう一人の男の肩を掴み、激しく揺らした。
「頼むよ!妹がこのホットケーキミックスじゃなきゃ嫌だって言うんだ!」
その言葉に思わず、ゆっくり進めていた足が石に躓き前につんのめる。私のぼんくらな運動神経ではそのまま止まらず、男二人の前で情けなく転ける。
「えっ、嬢ちゃんいつの間に!?」
「全然気が付かなかったぜ」
男二人は地面に突っ伏す私を見て目を丸くする。顔を上げてみれば、悪人顔だと思っていた二人の顔は思っていたよりずっと優しいものであった。勝手に疑った罪悪感と、紛らわしいことをするなという怒りが同時に沸いてくる。
「へ、へへ……す、すみません……」
口をついて出る謝罪に二人はきょとんとする。あまりに気まずくて、そそくさと二人の脇を通り過ぎる。いらぬ恥をかいてしまったと思いながら路地を進む。
川辺に出た。川の向こう側には家の裏側が並んでおり人気が無く、いるのは野良猫か鼠くらいな場所だ。私は煙草を吸う趣味は無いが、酒場の喧騒から抜けてここでする一服は確かに良いものなのだろう。
一部樽がたくさん置かれて影になっている場所がありそこを覗こうとするが、酒場の机に置かれたワインが頭をよぎり、ハッとする。まさかファルさん、こんな外で男の人と__
「にゃあ」
「……あ、いない」
ついほっとしてしまう。いるのは本当に肥えた野良猫だけだった。でっぷりしたお腹を見せ付けながらひっくり返って寝ている。
後ろを振り返れば、狐男と鹿男は既にいなかった。またあの二人の脇を通るのは恥ずかしすぎる。安堵の息をついて来た道を戻る。
良い案を思い付いたと思ったのに無駄足であった。一体全体ファルさんはどこへ行ってしまったんだ。一人で帰ってしまったと言うのか。
そんなことを考えながら店に戻れば、ちょうど出入口脇のトイレからファルさんが出てくるところであった。「あっ!」と思わず声が出るが、ファルさんの閉めた扉の表示をつい二度見する。
「ふぁ、ふぁるさん……?」
「あれ、ポポちゃん」
「え、あれ?ファルさんって女性……ですよね?」
「え?」
ファルさんの閉めた扉には青い記号、つまり男子トイレを指す記号が描かれていた。頭を混乱させる私にファルさんは頭上を見て「ああ」と納得したように言うと、いたずらっぽく笑う。
「一緒に入ってたのは男だから大丈夫だよ」
「なっ、え、えっ!?」
言われたことに対する理解が及ばず、頭がショートする感覚に襲われる。トイレって誰かと一緒に入る場所だっただろうか。一体この人は何を言っているんだ。しかも多分、何も大丈夫ではない。
「……って、今はそれは置いといて!いや置いておくのも何かモヤモヤしますけど!」
「何かあったの?」
「何かどころじゃないです!二課解体されて皆まとめてクビですよ!」
そう言って私はファルさんの腕を引っ張る。ファルさんは頬を蒸気させ、目がとろんとしている。その理由をお酒以外で考えたくはないので、私はとにかく捲し立てる。
「何故だかアムレの社員がこの店に来てコラジョ側の人と揉めてて、色々あってノーチェさんが手出しちゃったんです!アムレの方でもコラジョの方でもこんなの傷害事件として広まったら大変ですよ!」
「ふむ、困ったねそれは」
トイレから店内の方に戻ると、ノーチェさんは流石にもう暴れるつもりはないのか大人しくしているが、今度はアムレ側が文句を言っているような雰囲気だ。大方、上に報告してやるとか何とか、そんなところだろう。ノーチェさんは眉をこれ以上ないくらい顰め、歯を食いしばっているように見える。
私はアムレの集団の後ろで一人だけ顔を隠した、両方の欠けたエルフを指差す。
「あの方……お知り合いなんですよね?しかもアムレの中で結構な立ち位置なんですよね?」
「あーまあ……ってああ、そういうこと」
「いいよ、任せて」とファルさんは瞬時に私の言いたいことを理解したのか頷いてみせる。待ってな、とでも言わんばかりに肩を叩いてファルさんは歩き出す。
良かった。これで何とかなるかもしれない。私はどっと沸いてきた疲れにため息をついて、元いた卓に座る。ラファさんが心配そうに私を見つめている。
「大丈夫そうですか……?さっきからずっとあっちは険悪な雰囲気ですけど……」
「えっと、多分……あっ、ほら」
すたすたと何の躊躇も無くファルさんが歩いて行き、睨み合う双方の間に入る。するとファルさんの存在に気が付いたのか、両耳の欠けた男エルフが前に飛び出してくる。ファルさんは笑みを絶やさない。ノーチェさんやルカさん、ペタロさんにニコロさん、その他営業部の面々や営業部と打ち上げをしていた面々が呆気に取られている。
ファルさんが何か男エルフに耳打ちをすると、男エルフは全身を大きく震わせた後、すぐさまアムレ社員に退店を促すような仕草をする。やはりラファさんの言う通り、それなりに権限を持ったエルフらしい。アムレ社員たちは不満そうな顔をしながらも、男エルフに続く。
「……今回の騒ぎのことは他言無用だ、いいな」
「でもあいつら……!」
「本来の目的は果たしたしいいだろ。それとも何だ、俺に口答えする気か?」
「っ……」
出入口付近の卓に座る私とラファさんの横を通る際に、そんな会話が聞こえてくる。男エルフは部下らしきウィッチから目を移すと、恍惚の表情を浮かべ、「ああファル……そうか……ファル……」とうわ言のように呟く。ファルさんって一体何なんだろうか。
アムレ一行が店から出ると、店の空気が一気に弛緩するのが分かる。他の客もピリピリした空気を分かっていたらしい。しかしこのムスコロ通りにいる時点でコラジョ贔屓な人達ばかりだ。聞こえてくるのはアムレへの愚痴ばかりである。
「一件落着……ってことですか?」
「そ、そうみたい、ですね……」
「すごい、タンポポさんのおかげじゃないですか」
「へ、私ですか?!」
ラファさんからの思いがけない言葉に素っ頓狂な声が出る。どう見てもファルさんのおかげだ。
「だってあの獣人の方が解決できるかもって気が付いて探しに行ったのタンポポさんじゃないですか!」
「え、やー、へへ、そんな……」
真っ直ぐな褒め言葉に思わず照れる。ここ最近褒められてばかりだ。
「好きなんですね、会社の人達のこと」
「へ?」
「違うんですか?」
「あ、いや、そんなことは」
考えもしなかった、会社の人間関係を好ましく思っているなんて。でも確かに二課が危ないと思った時焦った。働き場を失うからではない。二課の皆を失うからだ。職場の繋がりとは希薄なもので、無条件に集まる場が無ければその繋がりはいとも簡単に途切れてしまう。
私は何だか照れ臭くなって眼鏡を無意味に掛け直しながら、矢継ぎ早に言葉を続ける。
「い、いや、でも今回のことはラファさんがあの男エルフのこと教えてくれたからですよ!……って、そういえば何であの男エルフがアムレの中で立ち位置が上だって知ってたんですか?」
顔が世の中に割れてる訳でもなさそうだし、会社内部の人でなければ知らないはずだ。不思議に思って聞くと、ラファさんは少し気まずそうに「コラジョの方を前にして言いづらいんですけど……」と前置く。
「今度ダンジョンに挑戦するって言ったでしょう?その挑戦するダンジョン、ヴェントなんです」
「えっ」
「うちのギルドがアムレと提携していて……うちのパーティとアムレのウィッチとの四人で向かう予定です。その挨拶にアムレ本社に行った時に見かけて……」
「そ、そうだったんですね。でもヴェントって……確か……」
「そうです、辿り着くことすらできないんじゃないかって。まずはアムレの開発した魔法道具で空の上まで行けるかどうかってことで……つまり、実験台ですね」
そう言ってラファさんは笑ってみせるが、本意の笑みでないことが痛々しく伝わってくる。ヴェントはウィッチやエルフの飛行術を使っても及ばない高さにあるダンジョンだ。確かにアムレの魔法道具の技術は凄まじいものがあるが、失敗は付きものだ。しかも向こうはアムレである。それがどういうことか、ラファさんが理解していないはずがない。
「でもみすみす生贄になるつもりはありませんよ」とラファさんは置かれていたフォークを手に取る。
「俺のスキルは圧力飛躍です。勢いを付けるというか、ブーストをかけるというか」
「普通こうですよね」とフォークを机に落とす。派手では無いが確かな金属音が聞こえ、フォークは机に横たわる。
「俺が力を入れれば、こうです」
そう言ってラファさんが再度フォークを落とす。フォークはまるで意志を持ったように垂直に下を向き、こちらが目を見開くような勢いで落下し机に突き刺さる。
「うわあ……」
「いけね、刺さる寸前で止めるつもりだったのに」
ラファさんが無理矢理フォークを引っこ抜く。元々穴がぼこぼこ開いていた机だったのであまり目立ちはしないが、ただのフォークが木の机に突き刺さる程の威力と思うと恐ろしい。
「でもこれは確かに……有効そうですね」
「はい、駒は駒でもアムレの捨て駒になるつもりはありませんよ。むしろ利用してやるくらいです」
そう言ってにっと笑うラファさんの笑顔は先程と違い、やる気に満ちたものであった。それにこちらも心が暖かくなる。
そんな話をしていると、ラファさんの後ろで机に突っ伏していた三人の内の一人がむくりと起き上がる。見た目的に役職は戦士だろうか。ドワーフのようだがその中でも背丈は大きいようで、結構な威圧感がある。
「お、ディエゴ起きたか」
「リーダー……俺たち……」
「お前らすぐ潰れるくせに一気に酒と飯腹に入れるのやめろよな」
「……ドカ食いとドカ飲みが幸せなんだよ」
ディエゴと呼ばれたドワーフは頭痛がするのか頭を抑えながら呻くように言う。
今改めて見て思ったのだが、このパーティーはかなりのパワー型のようだ。大体パーティーに一人は僧侶か魔法使いがいるものだが、それがいない。後の一人も持ち物や体付きを見るに武闘家職のように見える。
「……このパーティーって魔法使いや僧侶の役職の方はいないんですか?」
つい思ったことを口に出してしまう。ラファさんスムーズな会話ができていたからか、吃ることなく聞けた。すると、寝ていたはずのパーティーの一人がふるふると震えだす。
「もちろんいるさ!優秀な魔法使い職がな!」
「ひえっ」
「おいピエトロ、怖がらすなよ」
机に両手を叩き付けるのと同時に筋骨隆々とした男が身を乗り出す。それをラファさんが冷静に制すると、「……わりぃ」と武闘家職と思われる男は大人しくなる。
このパーティーには魔法使い職がいるのに、アムレが同行するからパーティーから除外されたらしい。それはあまり聞いたことのない話だった。
「俺、やっぱりアムレのウィッチは信用ならねんだ。アムレのウィッチがいるからって、俺たちのソフィアが必要ねえ訳がねえだろ……!」
「ピエトロ……」
「アムレが何だって?」
会話に割って入ってきたのはノーチェさんだ。後ろにはルカさんにファルさんにペタロさん、ニコロさんもいる。それだけじゃない、営業部の数名も一緒だ。
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