12話 じゃあもう一度改めて友達になります?
気が付くと眼鏡と頬が机と友達になっていた。机に接する眼鏡と頬を引き剥がし眼鏡の位置を直したことで、ああ私は寝てしまっていたのだと理解する。
「……んぅ」
とりあえず喉が乾いた。水が飲みたい。いつの間にか置かれていたグラスの水に口を付ける。喉から腹まで一直線に水が通る感覚がする。
店内は相変わらず騒々しい。しかし、先程まで一番騒がしかった張本人の姿が見当たらない。探そうと思って立ち上がるが、力が入らない。
「……あ、起きました?」
「へ、え、」
「ちょ、無理に起きない方がいいですよ、随分飲んでたので」
随分飲んだ?私が?ああいや、そうだ。盛り上がってしまったノーチェさんに、自分の殻を破ってみろとか何とか言われて、上手く乗せられた結果たくさんお酒を飲んでしまった気がする。
よろけた体は地に付くことなく、がっしりとした腕に支えられる形で椅子に戻される。助かる。いや待て。私は今誰に支えられている?
「__!!!!」
「ちょっとだから、急に動かない方がいいですって!」
「あ、いや、え?ま、待ってください。な、何でわたし、あれ、ノーチェさんは?ペタロさんは?ルカさんは?ファルさんは?」
「お連れさんたちなら向こういますから!えっ、もしかしてこのちょっと寝てた間で全部記憶飛びました?!」
だんだんと明瞭になっていく視界で捉えられたのは、見知らぬ男性の姿だ。オーバーチュニックを着て、ややゆるやかな長ズボンのブレーに革のブーツ。一般的かつ基本的な勇者の装いだ。
ふわふわしてそうな茶髪は、髪の毛の方向があっちやこっちに向いており、真ん丸な目も相余って、前世で幼い頃飼っていたトイプードルを思い出した。名前、何だったっけ。
「あ、そうだ、マロン……」
「……俺が昔飼ってた犬に似てるって話ならさっきもしましたよ」
呆れたように息をつかれる。記憶が曖昧だ。確かにうっすらと、こんなに誰かとダンジョン談義をできたのは初めてだと嬉しくなったのを覚えている。あれ、それは夢ではなく現実だったのか。
「す、すみません、粗相をしてしまったみたいで……」
「粗相なんてそんな、楽しく話してただけですよ」
「た、楽しく?!私と?!で、でもわたし、記憶が曖昧で、」
「じゃあもう一度改めて友達になります?」
「と、と、ととと、友達ですか?!」
私の声がひっくり返る。二十五歳まで生きた前世、そして今世で二十四歳なので合わせて約半世紀。半世紀を経て初めての友達が、泥酔していた時にできていたなんて。
というか、これは本当の話なのか?美人局みたいなものじゃないのか?いくらお酒を飲んで気分が良くなってたとはいえ、私に友達ができる程の会話スキルがあるとは思えない。
この男性はよく相手の目を見て話すヒトらしい。顔を覗きこまれ、合わせようとしてくる視線から必死に逃げる。誰か助けてくれ。そう思い、泣きそうになりそうな時だった。
「あれえ〜ポポちゃん起きたんだあ〜」
「ぺ、ペタロさん!」
救世主とはまさにペタロさんを表す言葉である。ペタロさんも相当飲んでいるようで、いつもの甘い声と話し方が更に輪をかけて甘ったるくなっている。
「ラファくんありがとねえ、ポポちゃん見てくれてて」
「いえ全然、でもタンポポさんちょっと寝たら記憶ほとんど持ってかれちゃったみたいで」
ラファと呼ばれた男性が困ったように笑う。勇者の格好で名前がラファ、本名はラファエーレだろうか。
「ええ〜?!あんなに楽しそうに話してたのにい!?」
「え、え!?」
ペタロさんは大袈裟に仰け反って驚き、それに私が驚く。どうやら私に初めての友達ができていたのは、本当のことらしい。
「え、あ、じゃ、じゃあ私はせっかく仲良くなって頂いた方に介抱してもらった上に、それを酒に溺れて忘れてあまつさえ失礼な態度を……!?す、すみませんすみません死にますわたし」
「死ななくていいよおポポちゃん」
頭を上下に振って最大限の謝罪をするが、お酒を飲んだからか気分が悪くなりそうだ。それをラファさんは「またそうやってすぐ謝ってー」と笑う。やけに親しげだ。未だかつて異性にこんなにも親しげに言葉をかけられたことはなかった。
「……俺、ほんと嬉しかったんでそんな謝らないでください。初めてだったんです。俺を見た上で俺の名前聞いて、目を輝かせてくれたの」
「え?」
「覚えてないですか?俺の名前、ラファエーレ・カルティノっていうんです」
「ラファ……うわあ、いいなあ!」
ラファエーレ・カルティノ。初代ダンジョンに挑んだもう一つのパーティーの勇者である。初代ダンジョンを攻略したのは勇者レオーネの率いるパーティーだが、その前に攻略ギリギリのところで敢え無く撤退したパーティーを率いていたのがラファエーレ・カルティノであった。ダンジョンマニアならよく知っている話である。
しかしマニアの中でもラファエーレの評価は別れる。それは、撤退の際に戻ってきたのがラファエーレのみであったという点だ。仲間を見殺しにして自分だけ戻ってきたというのか、と強く批判された。その後ラファエーレは別で組んだパーティーと第四ダンジョン、第十九ダンジョンを攻略したがレオーネのような脚光を浴びることはなく、民衆の記憶に残らないまま引退した。しかし、私にとってはそうではない。
「ら、ラファエーレは間違いなく英雄です!ラファが命懸けで戻ってきて情報を提供してくれたからこそ、レオーネたちも攻略ができたんです!それにラファのスキル、無限体力は派手さはありませんが私は好きです!何度倒れても立ち上がる…“いや、立ち上がれてしまうのはある意味孤独ですが、それでもダンジョンに立ち向かう姿を私はとてもかっこいいと思いますし、ラファが何度でもダンジョンに向かって帰ってきてくれたからこそ、今の発達した勇者産業があるんだと……!」
そこまで言ったところで、「ダンジョンの話になると途端に饒舌になるんだね」と昔知人に言われた言葉を思い出してはっとする。また喋りすぎてしまった。自虐とダンジョンの話になるとつい喋りすぎてしまう。ああもう、何回も繰り返して何回も反省しているのに、何も変わりゃしない。
しかし、ラファさんは私の言葉を聞いて目を丸くしたと思うとペタロさんと目を合わせた後に、目を細めて柔らかく微笑んだ。決して、早口オタクを嘲笑する笑いではない。
「ふふ、丸っきりさっきと同じこと言ってますよ、タンポポさん」
「ポポちゃんは真っ直ぐだねえ」
「へ?」
「俺ギルドで、その名前で勇者やるって何考えてるんだとか、縁起の悪い名前だなとか、名前だけで一緒に組みたくないとか、マイナスなこと色々言われるんですけど、タンポポさんみたいにプラスなことしか言わないヒト珍しいですよ」
「い、いやでも、ラファエーレってほんとにすごくて……」
「俺も、そう思ってます」
ラファさんは真っ直ぐな目でゆっくり頷く。
「……今度、俺のパーティが初めてダンジョン攻略に派遣されるんです」
「ええっ、すごおい!」
「や、やりましたね!」
ラファさんの言葉に私は思わず席を立ち、ペタロさんも目を輝かせる。
ギルドに所属したからといって、必ずしもダンジョンに挑戦できる訳ではない。まずは攻略済のダンジョンのモンスターの掃討で経験を積み、トレーニングなどの自己研鑽を重ねた上で見込みのある者やパーティがギルドの上層部の判断によってダンジョンに送られる。
パーティを組むのもギルド内で自由に組めるところもあれば、上層部が相性を見て組むところもある。聞くところによると、ラファさんの所属するギルドは自由にパーティが組めるらしい。
「今日はその決起集会だったんです。皆俺の名前とか何も気にしない、気の良い奴ばっかりで……まあ潰れちゃいましたけど」
そう言って横目を向けた先には男女三人が机に突っ伏していた。全然目に入ってなかった私が何も言わずにびっくりしていると、「いつものことなんで」とラファさんは眉を下げて笑った後、机に置いていた拳を強く握った。
「ダンジョン攻略を夢見てギルドに入りましたが、賃金は雀の涙。両親にも心配と迷惑をかけました。攻略とまではいかなくても、結果を残して次に繋げたいんです」
強い決意の篭った瞳に思わず見入ってしまう。何か夢を持って行動し、手に納めようと藻掻いてる人にしか出せないエネルギーを感じた。
「でも……」
しかしそんなエネルギーの篭った瞳に、不意に影が落ちる。ラファさんが言葉を続けようと口を開いた瞬間だった。
「うわっ!?」
「なにい!?」
「ひえっ!?」
大きな皿が落ちたような、ひっくり返ったような、そんな金属音と何かを殴ったような破壊音が聞こえて、三人揃って飛び上がる。店内が一瞬にして静まり返り、店中の視線が一点に集まっている。
「あっちの方で何かあったみたいだねえ……」
ペタロさんが靴を脱いで椅子の上に立ち、背伸びをして店の対角線を眺める。確かあっちの方にいた集団って……と嫌な予感がする。
「……ありゃ、身内だあ……」
私の嫌な予感は当たったらしい。ペタロさんが気まずそうな顔で私を見る。ラファさんに私たちの会社の話はしていなかったようで、不思議そうな顔をしている。
私の視線の先には、ウィッチやエルフが五人ほど集まった集団がいる。何故ムスコロ通りにウィッチやエルフがいるんだという疑問が先に浮かぶが、その疑問が一瞬にしてどうでもよくなる光景があった。
集団の中にいる男エルフの胸ぐらを掴む者が明らかにノーチェさんだったのだ。その後ろにはニコロさんがいる。私の知らない間に、何か揉めていたらしい。
「あかんあかん!ペタロ!ポポちゃん!あかんことなってもうた!」
「ルカ!一体何があったのお?!ニコちゃんからかいにいったんじゃあ……」
「そのつもりだったんやけど!」
焦った顔をしたルカさんがこちらにやってくる。私の朧気な記憶の中ではルカさんも随分ご機嫌に酔っていたような気がするが、その酔いはこの騒ぎですっかり覚めているようだ。
「アムレ社員がムスコロ通りにいるなんて思わんやろ普通!」
「アムレ……?」
ルカさんの言葉にラファさんが眉を動かしたのが気になったが、それどころではない。
ムスコロ通りに並ぶ店は簡単に言えば筋肉と力を持つ者向けの店ばかりだ。訪れる者も自ずとそのような者が訪れる。逆に言えば、ウィッチやエルフにとっては用も無いし好みでも無いので滅多に寄り付かない。力の象徴であるコラジョ社員がムスコロ通りに通うのと同じように、魔法の象徴であるアムレ社員は、魔法道具や薬草の店が並ぶマジーア通りに通うものであるというのも一つの共通認識だ。
ムスコロ通りで見かけるウィッチやエルフなんてそれこそ、ノーチェさんかダンジョンのパーティで来てる魔法使い職の者くらいだろう。
「うちの営業部が一緒に打ち上げしてたとこ、モンテ攻略したパーティのギルドでフィオレットクラッセっていうらしいんやけど、そこの代表が結構なコラジョ信者で……アムレ下げてコラジョ上げるみたいな話ずっとしとって、ほんで何故かアムレ社員が近くにおったから話聞かれてて揉めててん」
「それで何でノーチェがアムレ社員の胸ぐら掴んでるのよお!」
「そこ揉めてる時にノーチェがニコロにちょっかいかけに行ってもうて、最初はノーチェもアムレ下げとかダサいことすんなって代表と揉めてたんやけど、激昂した代表がアムレのほら……あの噂について言ってもうて」
「ああ……」
「それにアムレ社員が激怒したんや。噂否定する割にうちらのこと劣等種族だの何だの、差別発言のオンパレードや。しかもエルフのノーチェに同意を求めてきたんやけど……なあ、ノーチェってアムレ社員と知り合いやったんか?」
「え?知らないけど……」
噂とはアムレが派遣パーティを使い捨てしている疑惑のものだろう。ルカさんの問いにペタロさんが首を傾げる。私にも目が向けられたが、もちろん知らないので首を振る。ルカさんは「んー」と唸った。
「……何故かアムレ社員の一人がノーチェが魔法使えんこと知っててん。そしたら今度はノーチェだけに矛先向かったんや。種族の恥だの自分だったら自死してるだの、ノーチェも結構我慢した方なんやけど……ってもう説明はこれでええやろ!今はニコロとか他の営業部が止めてるけどヒトじゃあの馬鹿力エルフ抑えきれへんわ!ペタロ!」
「わ、わかったよお」
ルカさんに急かされてペタロさんが走っていく。取り残された私とラファさんはぽかんと口を開けることしかできない。
いや、私とラファさんだけではない。すっかり忘れていたが亀部長もいた。亀部長は数時間前にラファさんが注文したドレッシング抜きのサラダを未だにゆっくり食べている。
そしてファルさんを一向に見かけないが、どこへ行ったのだろう。飲みかけのワインのグラスが置かれているのが気になるが、ルカさんのものだと信じたい。




