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9話 だ、ダンジョン攻略とか……や、役に立てますかね

「戻ったぞー」

「戻ったでー」

「ぺ、ペタロさんお疲れ様です!」

「あー!やっと戻ってきたあ!」


 三人揃って二課に帰ると、元の姿に戻ったペタロさんがロトンドを撫でながら声を上げる。


「ちょっともう会社中大騒ぎだよお!調合不良によって人を老化させるガスが発生したって話が爆発までなっちゃったんだから!」

「悪いのはノーチェのポンコツ魔法やで」

「でもあれ無かったら避難まで行かなかっただろ、パンチが必要だったんだよ」

「ノーチェがほんとに爆発起こすなら私の嘘必要無かったじゃんかあ」


 ペタロさんはぷうっと頬を大きく膨らませ、仕方ないなあとでも言わんばかりに目をジト目にする。


「で、中和剤は取ってこれたのお?」

「もちろん、タンポポ大活躍だぜ」

「ほんまやで~」

「ええ!すごおい!」

「へ、へへへ……」


 先程とは打って変わってペタロさんは私に目を向けると顔を綻ばせ大きく手を叩く。ノーチェさんには頭を撫でられ、慣れない照れ笑いをしてしまう。今気が付いたが、ノーチェさんはやたらと頭を撫でる。


「何はともあれ、まずはロトンドに中和剤飲ませな!」

「そうだねえ」


 ルカさんに「ポポちゃん中和剤貸して」と言われ、中和剤を渡す。ルカさんは棚からスポイトを取り出すとそこに中和剤を入れ、ロトンドを膝の上に乗せた。


「ちゃんと飲んでくれるとええけど……ってファルはまだ戻ってきてないん?」

「そうなんだよお、どうしたんだろお」

「まさか誰かに見つかってないだろうな、あいつ」


 中和剤をロトンドに飲ませながらルカさんが言い、ペタロさんとノーチェさんが不安そうな顔をする。ファルさんの役割は、二階の警備員に社員の誘導を促させ、状況的に二十分は置くべきだと総務部に伝えさせるというものだ。どういう関係の警備員にどういう手法でそれを実現させているのかは知る由もないが、戻るのに時間がかかるとは思えない。


「戻ったよー」


 すると、噂をすれば何とやらで、ファルさんがひょっこりと顔を出す。


「あれ、皆早いね」

「ファルが遅いんや……って、何であんたちょっと顔艶々してんねん」

「へ?」


 きょとんとするファルさんに、ルカさんがロトンドに中和剤をスポイトで飲ませながら呆れた顔をする。


「え、え?」

「ポポちゃんは何も気が付かなくていいよお」

「いいじゃーん自分の仕事はしたんだから」

「ファルはどっちがほんとの目的か分かんねえな」


 ほんのり上気したような頬に手を添えるファルさんを見てると、ペタロさんの小さな手に両目を塞がれる。


 皆総じて呆れてるのを見るに、ファルさんの悪癖が暴走したらしい。そんなやり取りをしていると、ルカさんがロトンドに中和剤を飲ませ終わったようだ。


「よし、これでしばらく寝かしといたら大丈夫やろ」

「何だかんだでもうすぐ昼休みの時間だな。リーラが戻ってくる頃には元気になってるだろ」


 時計は既に正午の三十分前を指している。リーラさんが来たのが十時過ぎだったはずだ。なんと密度の濃い一時間半だったことだろう。ロトンドはリーラさんが連れてきた時より幾分か穏やかな顔をしているように見える。これで一安心だ。


 ほっと息をついて席に着く。するとペタロさんにきらきらした目で見つめられる。


「やっぱりポポちゃんはスキル持ちだったんだねえ!」

「猫嫌いウィッチに見つからなかったんだ、やっぱり存在透過のスキルってことかー」

「え、えへ、そうみたいです……」

「ふふん、あたしの目は間違ってなかったみたいだな!」

「ええなあスキル、使い方次第で何でもできそうや」


 使い方次第で何でもできそう。ルカさんのその言葉につい欲が顔を出す。


「だ、ダンジョン攻略とか……や、役に立てますかね」


 小さい小さい声でいつも以上にたどたどしく言葉にする。恥ずかしくて眼鏡を掛け直す。自分の希望や願望を口にする時に、震えてしまうのは何故だろう。


 反応が怖くて皆の方を恐る恐る見る。お前なんかが、なんて思われたらどうしようかと思っていたが皆意外とあっさりした表情であった。


「ええー!確かに役立ちそうだねえ!索敵とか!」

「お前自分の意思無いタイプかと思ってたけど……良いじゃねえかダンジョン攻略、なあ?」

「そやなあ、夢あってええやん!」

「コラジョのこの部署にいるよりギルド入団してダンジョン挑戦する方がよっぽど向いてたりして」


 思いの外前向きな言葉ばかりを貰ってしまい面食らう。しかし考えてみれば、ギルド所属してダンジョン攻略を目指す者が少なくない今の時代ならこの反応は普通かもしれない。被害妄想も程々にしないと、と自戒する。


 きっと世の中は私が思っているより優しく、そして無関心だ。いつも誰かに後ろ指を指されている気がして俯いていたが、下ばかりでなく、もう少し上や前を見てみてもいいのかもしれない。


 「まずはそのクソうぜってえ髪どうにかしてからだけどな!」と笑うノーチェさん。私は自分の髪を触ってみる。そう、本当は髪を短くしたいとずっと思っていたのだ。前世の頃から。


 浮ついた心がくすぐったくて、自然と表情が綻んだ時であった。二課の扉が三回叩かれる。少し時間が早いが、リーラさんが様子を見に来たのだろうか。「どうぞお」とペタロさんが言うと、扉が開くのと同時に予想外の人数が二課に流れ込む。作業着を着た老若男女のドワーフと獣人たちだ。その先頭にリーラさんがいる。


「リーラどうしたんだよそんな引き連れて」

「ノーチェ!ほらフォンテの騒ぎがあったと思ったら次は爆発騒ぎでしょ?うちの班長もフォンテの件でどっか行っちゃったし、調査に来てた安全委員の人も爆発の方行っちゃって、もう皆でロトンドの様子見に行っちゃおって!」


 確かに言われてみれば、現場に謎のフォンテ溜まりがあったと思ったらその直後に開発部爆発事件だ。てんやわんやにも程がある。


「それでロトンドはどうなったの?!」

「組立唯一の癒しなんだよ」

「ロトンドが死んだら日々の楽しみが……」

「どうせ爆発事件は二課の仕業だろ、何か上手いことやったんだよな!?」


 リーラさんの後ろの面々が口々にロトンドを心配する。するとルカさんが「しーっ!」と人差し指を口に当てた。


「今ちょーど中和剤飲ませて寝かせてるんやから、静かにしいや」

「中和剤手に入ったんだ!うわあ、ありがとう!」

「開発部が犠牲になったけどな」


 花が咲いたように顔を明るくするリーラさんにノーチェさんが得意気に鼻を鳴らす。リーラさんはロトンドを撫でながら「開発部かあ」とぼやいた。


「開発部の一部のウィッチとエルフたちは現場の私たちのこと見下してるんだ、だから罪悪感は無いかも」

「ふうん」

「ノーチェはエルフだけど私たちのこと見下したりなんてしないし……馬鹿力だし魔法使えないし!」

「褒められてる気しねえー」


 ノーチェさんはリーラさんを小突きながらも笑っている。ここの二人は相当仲が良いのだろう。そして魔法が使える種族とそうでない種族にはやはり溝があるのだと思わされる。


「……でも本当にありがとう、営業事務二課にしか頼めなかったから」


 リーラさんは涙ぐみながら微笑む。それに重ねるように、組立の面々が次々にお礼を言う。掃き溜めと呼ばれる営業事務二課が、こんなに感謝されることがあるなんて知らなかった。


 組立の面々は静かにロトンドに近付き、代わる代わる優しく頭を撫でる。このロトンドという猫は予想以上に多くから愛され、労働の中での癒しとして、労働意欲を掻き立てるものとして、大きな存在意義のある猫らしい。


 羨ましい、なんて思ってしまった。猫でさえ、誰かの役に立っているのだ。そして皆に愛され、必要とされている。獣人とは意思の疎通も可能なので、最早良い友人と言っても差し支えない。そんなことを考えていると、勢い良く肩を組まれた。ノーチェさんだ。


「一番のお礼を言うべきはこいつだぜ、こいつのスキルが無かったら猫嫌いウィッチから中和剤は盗めなかったからな!」

「えー!スキル持ちだったんだ!」

「え?へへ……いや分かんないんですけど……」


 目を輝かせるリーラさんの後ろで、「おいさっきまであのヒトいたか?」「俺全然気が付かなかったよ」「わ、私も……」と会話が行われているのが聞こえる。少しぐさっとくるが、とはいえこれがスキルだと言うのなら話は変わってくる。


 影が薄いという短所ではなく、気配を消せるという長所になる。これ、もしかしなくてもダンジョン攻略などに役立つのではないだろうか。幼い頃夢見たギルド入団してダンジョン攻略も、最早指を咥えて妄想していた夢ではなくなるのではないだろうか。


 リーラさんを筆頭に「ありがとうございます!」とお礼を言われる。こんな感謝されるなんてもしかしたら前世を含めた人生で、初めてかもしれない。自分にスキルがあったことも含め、少し、いや大分頬が緩むのを感じる。もしかしたら、もしかしなくても、私の異世界キラキラハートフル人生って、これからなのでは……!?


「それでスキルって鍵開けの能力ってこと?!」

「あ、いやそれはうちがリザードマンの力で開けたわ」

「ポポちゃんは姿を消せるスキルを持っているんだよお」

「姿を消せる……?」


 得意気なペタロさんの説明にリーラさんは不思議そうな顔をする。


「猫嫌いウィッチは元から盲目なんだけど……」

「へ?」


 私とノーチェさん、ペタロさんにルカさん、ファルさんの声が重なる。猫嫌いウィッチが盲目?元から目が見えていない?


「じゃ、じゃあ私の存在感の無さがスキルって決まった訳じゃないってことですか……?」


 先程夢を語ったとは思えない程、悲壮感ある表情を私はしていることだろう。私以外の二課の面々は分かりやすく気まずそうな顔をしている。状況を知らないリーラさんはきょとんとしている。


 希望を持ってしまったあの瞬間の私が馬鹿みたいじゃないか。ダンジョン攻略、してみたかったな。キラキラした仲間、欲しかったな。認められたかったな。


 そう途方に暮れる私の肩を「まあ、うん、そうだな……ギルド入団とダンジョン攻略は一旦置いといて」と言ってノーチェさんがぽんと叩く。


「タンポポ、とりあえずお前は営業事務二課でやっていこう」


 やはり異世界キラキラハートフル人生は送れなさそうです。

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