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7話 目指すべき場所

「おかえり、リオくん! カッコよかったぜ!」


 ミノタウロス・コクーンを吹き飛ばした後。僕とアーリン先生は、一旦医務室に戻って来ていた。

 ちなみに、ミノタウロス・コクーンは、学園の調査担当の先生が回収していった。どうやら、今回の魔獣の襲撃は、人為的なものである可能性が高いらしい。ついでに、その場の後始末も引き受けてくださったので、僕とアーリン先生は医務室に引き上げることにしたのである。

 医務室に入って一番、上記のセリフと共に、メグミさんは僕に飛び掛かってきた。突然のことで僕はメグミさんの身体を支えきれず、メグミさんにのしかかられるような体勢になり、背中から転倒した。その時、何故か床に転がっていた鉛筆が背中にめり込んで、ちょっと痛かった。

 メグミさんはそのまま僕の首を右腕で優しく締め上げ、頬を左拳でうりうりとめり込ませてくる。うりうりしながら、僕を褒めてくる。


「いやぁ、凄かったね……あの、ちゅどーんって、あんなでっかい牛吹っ飛ばしたのは……世界仰天ニュースも仰天するよ。中居くんも鶴瓶師匠も仰天するよ」

「誰ですかその人達……」


 褒め方が特殊過ぎて、いまいち自分が褒められているという感じがしない。

 僕は、メンチカツだと思って齧った揚げ物が実はコロッケだった時のような微妙な面持ちでメグミさんを見上げた。


「で……これからどうするんだ、エリオード」


 と、突然アーリン先生がそう僕に聞いてきた。


「お前は今まで魔法が使えなかったから、色々とこの学園じゃあ、やり辛かっただろ。けど、このクソガキのマッサージさえありゃ、お前は学園でも……いや、世界でもトップクラスの魔力が使える訳だ」


 その時……僕の脳裏に、今までの記憶が蘇った。理不尽に殴られたり、苦渋を舐めさせられた……いじめられていた記憶……。

 だが、アーリン先生の声が僕の記憶の想起を遮った。


「お前が復讐しよう、なんて考えるタマじゃないのはわかってるが……そうしなくても、必然的にお前の生活は今までとはガラリと変わる」

「……はい」


 頷いた僕のその顔は、きっと緊張に張り詰めていたと思う。

 すると、アーリン先生が突然、単語を一つ、呟いた。


「【開闢者ノヴァ・ウィザード】」


 先生の小ぶりな唇がその言葉を紡いだ時、僕の背筋に電流のようなものが伝った。

 ――【開闢者ノヴァ・ウィザード】。それは、国際的に選定された魔法使い一人に贈られる……史上最大級の名誉。それに選ばれた魔法使いは、世界随一の実力であると認められ――それだけではない。歴史に名を残す、英雄にもなれる。

 アーリン先生は僕を真っ直ぐ見つめて言った。


「この学園に入学した者は皆、それに近い場所にいる。事実、今まで選ばれた【開闢者ノヴァ・ウィザード】にはこの学園の卒業生も多い」


 そして、と先生は僕に質問どころか、相槌を打つ暇すら与えずに続けた。


「この学園に今在籍している、未来有望な二年生以上の魔法使い――その中から非常に優秀な六人を選び、【六連星ヘキサスターズ】と呼ぶのが、いつからか伝わる伝統だ」

「……それは、知ってますけど。だから、何なんですか」


 僕は、アーリン先生が突然その話をした理由がわからなかった。不思議そうな顔をする僕に、先生は笑って、人差し指を僕の額に当てた。


「お前な……。クソガキのマッサージが無いと使えないとはいえ、エリオードのあの魔力量なら……狙えるぞ。【六連星ヘキサスターズ】も【開闢者ノヴァ・ウィザード】も。目指せば?」


 ――僕が……【開闢者ノヴァ・ウィザード】……?

 突然のその、僕には到底不釣り合いな単語に……僕の顔は段々と蒼白になっていき……そして、その混乱は大声となって漏れ出した。


「いやいやいや――有り得ないですってェェエエエェ!?」


 仰天する僕に、アーリン先生はワハハと笑い、その小さな身体には不釣り合いな大人用の椅子に座って続けた。


「自信持てって、行ける行ける。なんてったって、お前は優秀だからなー。ただ単に魔法が使えなかったってだけで、勉強方面は完璧だし、運動もできる。魔法抜きならお前はこの学園でもトップクラスなんだぞ」


 それに、と先生は腕を組んで笑った。


「お前があんだけの魔力を使えるってわかったら……向こうからやって来るだろうよ。エリオードって奴はどこのどいつだー、ってな」


 僕はつい、固唾を呑んで顔を強ばらせた。昨日までの自分では想像もしていなかったような、夢物語のようなことを今、話されている……それだけでもう、僕にとっては訳がわからない……信じられないのだ。

 固まる僕に、先生は伸びをしながら笑いかけた。


「とりあえず、次の魔法実技の授業で実力を示せ。そのためにも、クソガキにマッサージしてもらえ。それが……()()使()()()()()()()()()()()()()()()()

「……魔法、使い」


 僕の脳裏に蘇る、嘲笑に満ちた記憶。『魔法使えない』と罵られ、笑われ、踏みつけにされた……辛い記憶。

 いつの間にか諦めてた、魔法使いへの夢。それが手に入るのなら……。

 僕はまなじりを決し、メグミさんへと向き直った。


「メグミさん……もし、メグミさんさえ良ければ……これから……マッサージを、お願いします……!」


 そう言って、頭を下げる。心の底から、誠意を込めて。

 その僕の懇願に、メグミさんは軽い様子で、


「ん。いいよー」


 とだけ答えた。


「……え。それだけですか!?」


 僕が目を丸くして彼女に詰め寄ると、メグミさんは僕の手を取り、子供のようにキラキラと輝かせた瞳で、僕を見つめてきた。


「だって、なんかすっごく……楽しそうじゃん! そのお願い、受けない理由がないよ!」

「じゃ、決まりだな」


 目を輝かせるメグミさんを見たアーリン先生は、ふはっ、と噴き出しながら、そう言って席を立った。

 僕はメグミさんの顔をまじまじと見つめて、つい、口を滑らせてしまう。


「そんな適当な理由で、僕に協力するなんて……本当に、いいんですか?」

「いいのいいの。どうせ、この世界でやることないし」


 メグミさんはからからと笑いながら手を振った。

 しかし僕はつい、追及してしまう。


「……元の世界への帰り方とか、調べなくてもいいんですか」

「でも、あたしが帰ったら、リオくんは魔法が使えないままだよ」

「僕のことで戻らないんなら、気にしなくてもいいです……帰りたいなら、帰っても」

「……帰りたくないんだよ。言わせんなリオくん」


 まさかの返答に、僕はまじまじとメグミさんの顔を見張った。

 そう言った時のメグミさんの顔は、少し寂しそうで……僕は、これ以上、二の句を継ぐことができなかった……。



 △▼△▼△▼



「……っつー訳で。この資料に書いてある通り、リオ・エリオードは、このリンドウメグミの施術によって、魔法が使えるようになることがわかった」


 学園中央部、最上階に位置する会議室。

 そこで今、行われているのは職員会議だ。

 そして、この職員会議の場で、アーリンは早速、リオとメグミのことを学園に報告していた。

 アーリンは手に持った書類の束を片手に、爽やかでありながら独特の香気を放つ木製の会議室――その席に座る職員の顔を眺め、そう言った。

 彼女の報告は、職員全員を騒がせた。


「あの、無能、無力で知れ渡る問題児、リオ・エリオードが……!?」

「報告書を信じるなら、魔力の放出だけでミノタウロス・コクーンを倒したらしいぞ」

「学園長じゃあるまいし、信じられん!」

「というか、真っ先に考えるべきはエリオードのことではなく、ミノタウロス・コクーンの侵入の件じゃないのか?」

「それに関しましては今、現在進行形で調査中なんで、議題に挙げた所で大した意見は出せませんよ」

「で、このリンドウメグミってのは誰なんだ……?」

「異世界からの来訪者……ヴィヴィリストン先生は、これを信じろってのか?」


(……ま、こうなるわな)


 アーリンは天井を見上げて、ほう、と溜息を吐いた。余りにも情報量が多すぎるこの報告書は……書いてる最中、アーリン自身の頭をも痛ませた劇物だ。彼女は頭を掻きながら、強めに声を張り上げた。


「混乱する気持ちはわかるが……エリオードの魔力の件、ミノタウロス・コクーンの件についてはとりあえず置いておきたい。私が今議題に挙げるのは、リンドウメグミの件についてだ」


 途端に、シィンと静まった会議室……アーリンはその張り詰めた空気に、内心で気合を入れ直す。


(さて、私……こっからが正念場だぞ)


 脳裏に浮かぶは、リオの表情――いつもなじられ、踏みつけにされ、下を向くことしかできなかった、少年の曇った顔。

 彼が笑って学園生活を送れるようになるには、魔力の使用が不可欠。そしてその魔力に使用に不可欠なのが、メグミの存在だ。

 彼女がこの職員会議で求めるものは、ただ一つ――メグミの、この学園への滞在許可だ。


(任せろエリオード……絶対、何とかしてやるかんな)


 アーリンはそう決心し、この学園で一番の決定権を持つ存在――リスドラルーク国立魔法学園の学園長に、真っ直ぐ視線を向け続けた。

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