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70話 常識人

 この予選も、残す所、四枠となった。

 現在の状況を端的に示そう。

 トーナメント一回戦は、リオ・エリオードとゴルド・ウルトラマリンが戦うことが決定している。

 二回戦は、ツチノヒ・ハゴコロが戦うことのみ決定しており、その相手はまだ決まっていない。

 三回戦も同様に、運良く勝ち上がることのできたハバキリ・イオリが戦うことのみ決定しており、その相手はまだ決まっていない。

 四回戦は、まだ誰も決まっていない。

 そして、今。予選開始から既に三〇分が経過しており、その残る人数は開始当初の一〇一人から、その三分の一程にまで減っていた。

 また、つい先程、ウルティオルは『テコ入れ』と称して、馬や回復薬ポーション、武器など、色々なアイテムを予選の舞台である空中列島のあらゆる所に配置した。

 その状況下で、次に展開が動き始めたのは――ミィシャとスピア、そしてファイアだった。



 △▼△▼△▼



 大きく開けた、草原の中。吹く風が短く豊かに茂る芝を揺らし、暖かな陽光が大地を優しく照らす、のどかな風景。

 そんな中を、先程、ゴルド相手に共闘してから、協力関係を結び、行動を共にしていたミィシャとスピアは歩いていた。


「ねぇ、ミィちゃん。こっから、どーする?」

「……まぁ、メダルをっ、探す、しか……」


 そんな会話をしながら、彼女達は歩いて――その足を止めた。

 彼女達の目の前に、ファイアが歩いて現れたからだ。


「あ」

「おお」


 ファイアも彼女達に気づいたようで、お互いがお互いを視認し、一旦立ち止まる。

 ファイアはゴクゴクと魔力回復薬マジックポーションをラッパ飲みしながら歩いていた。立ち止まった際に飲んでいた回復薬ポーションが気管に入たのか、ゲホゲホとむせた。

 むせるファイアに、ミィシャは駆け寄って背中を擦った。


「だっ、大丈夫ですか……ファイア、くん……?」

「ゲホッ……。ああ、大丈夫……むせただけだ、任せろ」

「任せろって……何をです……?」


 ファイアの頓痴気な発言に、狼狽えながらもツッコミを入れるミィシャ。

 その内心には、『リオくんならこうするはず……』という思いがあった。

 尊敬する友人の真似をするにしても、そこまで真似ようとしようとしなくてもいいものであるが、そこに彼女の真面目さと不器用さが現れている。

 と、スピアがミィシャの肩を肘で小突いた。


「友達?」


 横目で窺うように顔を覗き込むスピアに、ミィシャは気まずそうに照れながら答え……ようとして、固まった。『ファイアの承諾を取らずに勝手に友達と名乗ってもいいのだろうか』という考えが、彼女の口に蓋をしたのだ。


「あ、はい、えっと……」


 そう言い淀むミィシャの前で、ファイアが屈託のない笑顔で答えた。


「おう! 昨日、ミィシャと同じチームになって一緒に戦った、ファイア・ヒートフレアだ! いやぁ、こんな所で友達ダチと会えるなんてなぁ! ラッキーラッキー」


 ファイアは、友達ダチと言いながらミィシャを見た。

 ミィシャは内心で『わ、私とファイアくんは友達ダチ……!』と、友達ダチとして認識されていたことに喜びを覚えた。

 と、何故かスピアも張り合うように、大きな声でファイアに返答した。


「そーなんだ! あーしはさっきミィちゃんの友達……否ッ! “親友マブ”になった、スピア・ガーテゲート! よろしくファっくん!」

「ファっくん!?」


 初めての呼ばれ方をしたファイアは、目を真ん丸に見開いた。

 そして、「ファっくんは……色々と、やめてくれねぇ……?」と、複雑そうな顔をして渾名の訂正を懇願する。

 その横でミィシャは内心、『わ、私とスピアちゃんは親友マブ……!』と、親友マブと呼ばれたことに顔を赤くした。

 その嬉しそうな顔を横目で見たスピアは、ニッヒッヒと笑って彼女の肩を抱き寄せた。


「な、ミィちゃん。あーし達、親友マブよな?」

「えっ、あ、ごっ、ごごごっ、ごっ、ご迷惑でなければ……!」


 しどろもどろになりながらも、しっかりと受け答えをするミィシャに、うんうんと満足気に頷くスピア。

 のどかな雰囲気の漂うこの空間に、割って入る存在があった。


「あ、おーい、そこの人達~?」


 その声は、男のものだった。勝気な印象を与える、よく通るピンとした声。


「ん、あっテメェ、ヒートフレア!」

「おっ、『ベルス』!」


 その声の主に名前を呼ばれたファイアは、振り向き、そして声の主に元気よく挨拶した。

 その声の主は、虹色に染めた髪をリーゼントのようにして固めており、学園の制服も改造して羽織っている。傍から見るとそれは、“不良”以外の何者でもなかった。

 ファイアはその不良じみた格好をした彼をミィシャとスピアの二人に自然な流れで紹介した。


「アイツは『ベルス・フログラス』! 俺のクラスの委員長だ!」

「委員長!? あの姿ナリで!?」


 ミィシャは、ベルスの格好を見て反射的に目を逸らし、地面の上の石ころを見つめ続けた。

 そしてその横でスピアは、目を真ん丸にして驚愕した。

 スピアの発言が気に触ったのか、ベルスは眉をしかめた。


「おいテメェ……人を見かけで判断すんじゃねェよ」


 眉間に皺を寄せて睨みつけてくるベルスに、スピアは反論した。


「だっ、だって! 制服改造してるし、リーゼントじゃんか!」

「ウチの学園は髪型も服装も基本自由だろうが。学生規則読んだことあんのか? 俺ぁしっかり熟読してるぜ」

「その見た目で規則熟読してんの!?」


 スピアの更に重ねた言葉に、ベルスは声を荒げた。


「だから人を見かけで判断すんなっつってんだろがァァァッ!」


 そう怒鳴った後、ベルスは軽く咳き込み、そして頭を下げた。


「ン゛ッン゛……ゴホン。急に大声出して悪かったな」

「何この人怖いんですけど……」


 スピアはドン引きしたような様子でミィシャの服の袖の裾を掴み、ミィシャの背後に隠れた。

 ミィシャは突然盾にされたことに混乱し、とりあえず盾の役目を果たさねば、と腕を精一杯に横に広げた。それはさながら、小動物が自分の身体を大きく見せようとする、威嚇行動のようだ。

 そんな彼女達の様子を見てベルスは、溜息を吐きながら頭を振り、「怖くねーよ」と手で制した。

 そして、落ち着いた口調で諭すように言う。


「あのな、考えてみろ。例えば……もし、お前がその髪の色や沢山開けたピアスだけで、『遊んでそうな女』とか思われたら……不快な気分になるだろ? この世に蔓延はびこる常識は、この世の誰かにとっては非常識に成り得る。真の常識人って奴がいるとするならそれは、常識を疑うことのできる奴だ」


 ベルスがそう言う横で、ファイアは満面の笑みで彼のリーゼントを、猫がじゃれて遊ぶかのように弄りに行っていた。ベルスは無言でファイアにゲンコツを落とし、それを阻止する。

 ファイアの悶絶する声をバックに、スピアは答えた。


「……まぁ確かに、元カノはいっぱいいるから……『遊んでそうな女』はあんまし間違ってない……」

「いや間違ってねーのかよ……例えミスったな――ってちょっと待てオイッ、元“カノ”!?」


 スピアのサラリと明かされた衝撃発言に、ベルスは目を丸くして驚いた。

 いや、その驚愕はベルスだけではない。ミィシャもまた驚いていたが、その驚愕の表情は、彼女の後ろに隠れているスピアからは見えなかった。

 スピアはそのままミィシャの背に隠れながら、唇を尖らせた。


「あー、そういうので驚いちゃうんだー……人を性別で判断しちゃいけないんだー!」

「ぐっ……ぐぬぬ……!」

常識ジョーシキを疑えよ、常識人!」


 スピアの鋭い反論に、口をつむぐしかないベルス。

 そして、そのスピアの発言に、ミィシャも内心で己を恥じた。

 そこでふと『ファイアくんはどんな反応をしているんだろう』と思い、ファイアに視線を向けると、視線の先でファイアは意にも介さないと言った様子であくびをしていた。

 その様子を見て、ミィシャは内心で感嘆した。


(ファイアくんは偏見無しで人を見られる、立派な人なんだなぁ……)


 と、そこでファイアはベルスに、残りのポーションを全て飲み干しながら聞いた。


「ベルスは調子どうだ?」


 そのファイアの質問に、ベルスは溜息を吐いた。

 そして、制服のポケットから一枚の紙を取り出し、言った。


「テコ入れ、とやらであちこちにアイテムやら何やらが配置されたろ? ヒートフレア、お前が飲んでるポーションもその一つだ」

「あ、これ、落ちてたから勝手に飲んじゃったけど、そういう意味だったのか」


 ファイアのその言葉に、ベルスはまた溜息を吐いた。


「……拾い食いは気を付けろよ。今は夢世界だからいいものを、現実だったら、毒とか入ってたら即お陀仏だぞ」

「確かに……。ありがとな、これから気ぃ付けるわ!」


 屈託の無い笑顔でベルスに礼を言うファイア。

 スピアは横槍を入れるように話に割り込み、話を元の路線に戻した。


「……で? その紙が何なの」


 ベルスはああ、と気づいたように、その紙を広げて、この場にいる全員に見せるようにした。


「ああ。この紙も、そのテコ入れで配置されたアイテムの一つ――()()()


 その地図には、この天空列島全ての全容が記されていた――そして。そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()


「……この点、まさか」


 スピアが目を見開き、ベルスの方を向いた。

 ベルスは頷き、八つの点を指し示す。


「……ああ。察しの通り。この地図には、()()()()()()()()()()()()()()()()


 ファイアは、先程ハゴコロとランファと戦っていた洞窟の辺りを見た。そこにもやはり一つ、点が記されている。

 ミィシャとスピアも、先程ゴルドと戦った大橋を見る。そこにもやはり、点が記されていた。

 ベルスは無言で、一つの点を指さした。その地点は……今、四人が立っている辺りに間違いなかった。

 ミィシャは、緊張により若干震えた声で、尋ねた。


「……その中の一枚が、ここにある。そういうこと、ですか?」

「ああ。そういうことだ」


 ベルスは首肯した。

 ――今、この四人で、メダルの争奪戦が開かれようとしている。

 その緊張に、この場にいる全員が包まれた――かと、思われたが。

 一人、そんな緊張をものともせず、屈託の無い笑顔を浮かべた人間がいた。


「うし! そんじゃ、この四人で競争だな! 誰が先にメダルを見つけるか……よーいドンだ!」


 ファイアである。

 普通であれば、この場に一枚メダルがある、ということは即ち、()()()()()()()()()ことを予見させる。

 しかし、彼にとっては違った。彼にとってその事実は、同世代の友達と行うレクリエーションが始まる……その程度の認識だった。

 その無邪気さに、この場にいる誰もが呆れた。

 スピアがファイアに言った。


「あのねファっくん。言っとくけど、見つけたらそれで終わりじゃないと思うよ? 殺し合ってでも、あーし達はそのメダルを奪う」

「ああ。それも含めて、競走だ。負けねーぞ」


 そう言ったファイアの目の奥――そこには確かに、灯っていた。

 純然たる殺意の炎。

 それを確認した三人は、互いに視線を合わせ、そして、頷いた。


「……恨み合いっこ、無しですから!」

「ミィちゃんこそ、恨まないでよ!」


 ミィシャとスピアはそう言って、メダルを見つけ出すためにその場から離れた。

 ベルスとファイアは、互いに互いの顔を見て、会話をした。


「……ヒートフレア。本当に、やる気なんだな?」

「ああ。……ベルスこそ、大丈夫か。そんなんで本当に――()()()()()()?」

「――ッ!?」


 心の奥を突かれたような感覚にベルスは襲われた。

 図星――と言っても良かった。

 彼には……まだ、人殺しになる覚悟が、できていなかった。

 ファイアは、何か痛みを堪えるような表情のベルスの肩に手を置いて、快活に笑った。


「……どうせ模擬戦だ、目が覚めれば生き返る。気楽に殺ろうぜ」


 そう言ってファイアはその場を去っていった。

 そんな彼の後ろ姿を見ながら、ベルスは苦渋の滲むような声を、喉の奥から絞り出した。


「いくら、夢の中でも……。……友達と、殺し合える訳……無いだろ……?」


 そのベルスの声は、誰の耳にも届かずに。

 静かに、天空列島の空間の中に、無意味に溶けていくだけだった。

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