69話 ハルカ・リリシエ
シフレを先に行かせたハルカは、その場で八人ほどの軍団を相手取るように、周囲にハッキリとした殺気を放った。
先程ハルカに頭部を撃たれた際の流血を抑えながら、リーダー格の女子が威嚇するように大声を出した。
「何なんだァ、テメェはよぉ!?」
その問いかけにハルカは、凛として答える。
「……友達だよ。アンタ達が大っ嫌いな、シフレ・レグナソルテの」
その返答を聞いた一人の女子学生――黒髪を長く伸ばした陰気なオーラを放つ、痩せ型の女――は、引き攣ったような醜い笑みを浮かべた。
そのまま唇の隙間から嘲笑の色を持つ引き笑いをして、目玉をギョロリと剥いてハルカを睨みつけた。
「ひっ、ひひひひっ! その友達にアタシらを押し付けられて、見捨てられたって訳か、お前! 可哀想だなぁ!」
――その次の瞬間、その女の周囲を無数の銃弾の嵐が巡り、あっという間にその肉体を粉微塵にした。
「【攻撃魔法――弾丸は嵐の如く】」
今使った魔法の名を告げたハルカは、彼女達に向けた指先を――親指と人差し指を立てた、まるで銃に見立てたその指先を、己の唇に当てた。
「しーっ」
それは、まるで幼子をあやすかのように。表情を形だけ笑顔に変えて、優しい声音で囁くように叱りつけた。
「友達のことはバカにしちゃダメだよ? もし、それが聞けないなら……」
そして、優しく笑っていたハルカから、突然、特大の殺気が放たれる。その殺気に気圧され、周囲を取り囲む女子学生達は皆、喉元に銃口を突きつけられたかのような圧迫感を覚えた。
リーダー格の女が、滝のように冷や汗を流しながら、歯の音を鳴らしながら、唾を飛ばして吠えた。
「なっ……何なんだよお前!?」
しかしハルカはその声を無視して、二つの眼を彼女達に向けた。その眼は、とても冷たく曇ったガラス玉のようで。
そのまま、ハルカの殺気に当てられて動けない一人一人の顔を確認し、そして自らの銃に見立てた手を眺めて、独り言のように呟いた。
「あーぁ。どいつもこいつも、殺し合いなんてしたことありません……って顔だなぁ。ぬくぬく平和に今まで暮らせてきたんだろーな。……っ、……いいなぁ……」
「……何を、根拠に!」
取り巻く一人が、そう叫んだ。
それは、彼女なりの必死の抵抗だったのだろう。
ハルカはそれに、律儀に答えた。
「まぁ、まず……取り囲んでることがバレバレだったでしょ。今から殺そうって考えてる相手が目の前にいるんだから、普通は気配を消すよ。そしてもう一つ……バレバレだったけど、人数差を活かして取り囲むのはいい作戦だった。のに……そのまま奇襲かけずに、話しかけに来るのは、油断しすぎじゃない?」
一人一人の顔を見つめて、ハルカはそう言った。
だが、その瞳は……ただ、光を反射しているだけの球体のようだった。その奥にある、底無しの闇が彼女達に、心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚を引き起こす。
「卑怯なことをしたこともされたこともない。奇襲、闇討ち、騙し討ち……そういう心配をする必要のないような、あったかい家の中で毎日ぐっすり眠れたんでしょ。……羨ましい、な……」
そこから先は、語るまでもない。
だがせめて、結果だけは語るとしよう――ハルカが取り囲む女子学生を全て撃ち殺した。
以上である。
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ハルカ・リリシエ。その女の名に、俺は心当たりがあった。
だが、同姓同名……ただの偶然の一致であろう。そう思っていた。
しかし、リオ・エリオードの横で奴の戦いを、魔法を見て……俺は彼女が、心当たりの人物そのものであることを、確信した。
ハルカ・リリシエ――それは、世界各国でまことしやかに囁かれる、噂の兵士の名前だ。革命組織『ワイズブラザーズ』に属する、革命兵士の名前。
戦場を駆け回り、その魔法で周囲の兵士を撃ち殺し、その魔法で某人の暗殺までこなすという。
「そうか、貴様が……」
……俺の名『ツチノヒ・ハゴコロ』だって、そういう場では名の知れたものである。
ツチノヒの一族自体、忍者の一族として裏社会で名を馳せている。そのツチノヒの一族の末裔である俺も、言わずと知れるようになる訳だ。
……まぁ、俺はツチノヒの一族とは縁を切っているが。
問題は……その俺でさえ、奴を――ハルカ・リリシエの正体を見誤った、ということだ。
ツチノヒの一族の忍者として暮らしてきた半生は、忍者を辞めてもなお、俺の行動を強制する。
例えば……この学園に通う学生の実態把握、などだ。
間違いなく俺はハルカ・リリシエについても調査をした。した上で、問題無いと見送った……それが、何故。
ここまで思考した所で、首筋に違和感を覚えた。
それは、例えるなら……ちょっとしたデキモノに触れるような感覚。今までずっと心のどこかで薄々引っかかっていたデキモノに、ようやく触れた……というような。気のせいだと思っていた違和感に、ようやく気づけた……という感覚。
――魔法が打ち込まれていた。己の首筋に、淡い魔力を感じる。魔力の残滓から逆算するに、恐らくこの魔法が打ち込まれたのは、入学直後――俺が全学生の実態を把握しようとしていた頃。
何故、何故……何故、今まで気が付かなかった!?
と、その時、隣に座っていたリオ・エリオードが、俺の顔を覗き込んできた。
「……ハゴコロくん? 顔色、悪いよ?」
「……俺の首を見てくれ。魔法が打ち込まれている。何魔法か、貴様も可能な限り見てくれないか」
「えっ……うん、わかった。どの辺り?」
リオ・エリオードは俺の指さした部分をまじまじと見て、そして答えた。
「精神に作用する魔法かな……催眠魔法とか、その辺り。そんなに複雑でもないし、威力も弱い」
やはりか。
俺は舌打ちをして、首筋の魔法の痕跡を消した。
消した、と言っても、瞬間的に強い魔力を首筋に当てるだけだ。弱い魔法ならこれで充分、魔法陣に流れる魔力を乱し、掻き消せる。
「……やってくれたな。ハルカ・リリシエ!」
つまり、こういうことだ。
俺がハルカ・リリシエについて調べていた時、既に奴も俺を警戒していた。俺もそれなりに裏社会では名の知れた元忍者だ、警戒しても不思議じゃない。
そして奴は、俺に対して先手を打った――精神魔法を打ち込み、俺に認識阻害をかけたのだ。
ここまでの屈辱は初めてだ。
俺は奥歯をギリギリと噛み締め、額に青筋を浮かべながら、シャボンに映る映像を見た。
いつの間にか映像は過去のものから現在を映すものに変わっており。その映像の中で、一仕事を終えたハルカ・リリシエは、手頃な岩に腰掛けてあくびをしていた。
と、その時。映像の中のハルカ・リリシエと目が合った。
……それは、故意か偶然か。
奴は、謝るように頭をペコペコ下げながら、舌をぺろりと出した。
それはまるで、イタズラがバレた子供のような――
『バレた?』
――奴が動かした唇は、間違いなくそう言った時の形をしていた。
間違いなく、今のこのセリフは俺に向けたものだ。
この時、俺の心にあった低くはないプライドが、確かに傷つく音がした。
「この屈辱……どうしてくれようか……!」
その時、俺の隣にいたリオ・エリオードが、何かを察したような様子で言った。
「……ドンマイ、ハゴコロくん」
「蹴り殺すぞ貴様」
この時俺は、目を剥いて怒りの表情を露わにしてしまった。
しかし、リオ・エリオードは気にせずに視線をシャボンに戻し、「まさかハルカさん、そんなに強かったなんてね」などと呑気に言っていた。
……そう。リオ・エリオードも、俺にとっては恐ろしい男だ。
今まで魔力の使えなかった魔力障害であったはずなのに、突然魔力が使えるようになり。そして、魔力が使えるようになった途端にメキメキとその頭角を見せ始め、この予選を一抜けするほどの実力にまで成長した……。
普通に考えれば有り得ない。
今のリオ・エリオードは、例えるのなら、今まで足の障害で足を動かすこともできなかった人間が、突然足が動かせるようになり、そしていきなり学年でもトップクラスの俊足を得た……というような感じだ。
足が動くまでならば“奇跡”という短絡的な言葉で済ませられるが、その後の俊足に関しては説明がつかないだろう。
「……ふん」
……楽しいな。
今の学園生活は、多様な人間がいて、多様な才能がある。
その中で自分がどこまでやれるのか……ああ、今までの忍者としての半生では得られなかった充足感だ。
――ありがとうございます。
俺は、俺が忍者を辞めるきっかけになり、俺が学園に入ろうと決めたきっかけになったとある人に、心の中で礼を言った。




