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68話 能ある友は爪を隠す

 あたしが天空列島で目覚めた時、最初に感じたのは、全身を包む冷たい何かの感触だった。

 そして次に、息ができないことに気づく。息を吐くと、吐いた息がボコボコと泡となって上へと昇っていく。息を吸おうとすると、代わりにその冷たい何かが鼻や口の中に流れ込んできて、パニックになった。

 つまりあたしは、初期位置が水の中だった訳だ。

 パニックになりながらもどこか冷静にそれを理解したあたしは、すぐに水面まで上がり、水から一目散に上がると、その場でへたり込み、ゲホゲホと水を吐き出した。


「ゲボゲホゲホッ……。うぅ……なんで水の中からスタートなのよ……もしかして、あたしだけ……?」


 水面に映る、軽く溺れてしまったために涙や鼻水で汚れた自分の顔を見て、げんなりとした。

 すぐさま水面から水をすくい取り、顔を洗う。

 そこでようやく落ち着いたあたしは、辺りを見渡した。


「……これは、滝?」


 目の前には滝が、どうどうと音を立てながら上から下へ落ちていた。

 しかし、普通の滝と違うのは、宙に浮いた上の島から下の島へ、水だけが落ちている点だ。

 普通なら露出した岩壁なんかがそびえ立つ所を滝が流れるはずだけど、この滝は、天空に浮く小島から小島へと落ちている。

 天空列島というだけあって、何とも幻想的な風景だ。


「はー……ま、綺麗な水でよかった」


 もしこの滝壷が、藻なんかが繁殖してるような水質だったら、あたしの髪や顔に緑色の何かがへばりついてのスタートだった可能性もある。それに比べれば、まぁまだマシなスタートだと言える……かなぁ……。


「あーもう、サイアク……。全身びしょびしょなんですけど……」


 あたしがボヤいた、その時――突然真上から、魔力を感じた。

 魔力を感じた方を見上げると、二人組の男が上の小島から、あたしのいるこの島まで飛び降りながら、魔法陣を描いていた。

 ……って、よく見たらクラスメイトの男子じゃん。


「悪いな委員長!」

「俺達は手を組むことにした!」


 男子二人組はそう言いながら、あたしを上から睨みつけて、口を揃えた。


「「まずは委員長を脱落させるぞ!」」


 確かあの二人は……リオを直接いじめはしないものの、陰口をわざと聞こえるように言ったことがある人達だ。クラスメイト全員のリオに対しての態度はちゃんと逐一確認してるから、間違いない。


「じゃ、特に殺しても心は痛まないわね」


 あたしも魔法を使おうと、天使レグナを召喚しようとした――んだけど。

 それより先に、その二人組の前に魔法陣が二つ、素早く描かれた。そして、その魔法陣から飛び出た弾丸が、二人の胸の中央で破裂した。


「ウペッ!?」

「アヒョン!?」


 二人は間抜けな悲鳴を上げて、その直撃を食らった。


「だっ、誰だ!?」

「ってか、オイオイオイオイ、下っ、下ッ!?」


 そう。突然の何者かによる弾丸によって、二人の落下の軌道が変わった――つまり、二人はこの島に着地できなくなったのだ。

 見た所、他に足場になりそうな所は無い――それが意味することは、至極簡単だ。


「「俺達こんなあっさりゲームオーバーかよォッ!?」」


 ――そういうことである。

 あたしは涙を流しながら落下していく二人を見届けながら、今の魔法の使用者について考えていた。


「今の魔法……弾丸といい、魔法陣を描く速さといい……」


 そんな魔法が使えるのは、あたしの記憶だと一人しかいない。

 辺りを見渡すと……いた。今あたしの立っている所から四〇メートルほど離れた岩の上で、器用に寝転がっている女が一人。

 あたしが彼女に近づくと、彼女はニヘラと笑いながら手を振ってきた。


「や、委員長。危なかったね〜」

「……ありがと、ハルカ」


 あたしが今の魔法の主――ハルカ・リリシエに礼を言うと、ハルカはヘラヘラした笑みを浮かべて手を振った。


「や、たまたま襲われかけてる委員長が見えてさ。偶然だから気にしなくていいよ。……ってか、ずぶ濡れじゃん。ウケるね」

「ウケないで」


 ハルカは岩の上でゴロゴロと体勢を変えて、まるで猫のようにあくびをした。


「ハルカは、何してるの?」


 あたしは一応、そう聞いた。

 案の定、ハルカの答えは予想通りのものだった。


「あたしはダルいしやる気も無いからー……」

「でしょうね」

「ところで委員長〜……()()()()()?」


 突然ハルカがそう言った。

 そう言った彼女の声音は、いつもの和らな雰囲気を醸しつつも、その裏にピリッとするような警戒心が潜んでいた。

 彼女の目は今にも昼寝をしそうなほどに緩み切っているようで、その目の奥には、辺りを見渡す肉食獣のように鋭い眼光が灯っている。

 そしてあたしは、ハルカに言われてようやく気づく――囲まれている。人数まではわからないけど……辺り一帯を、敵意を持った人間に囲まれている。


「……今、気づいた」


 あたしが生唾を飲み込みながらそう言うと、ハルカは「なら良かった」と再び、にへらと笑った。

 ハルカはたまにこういうことがある。

 普段はあたし達と同じ、女子学生みたいなノリで、女子学生みたいな雰囲気なのに……たまに、何て言うか……“修羅場慣れ”しているかのような表情を見せることがある。

 だけどあたしは、そのことについて深く詮索する気は無い。

 リスドラルーク国立魔法学園には、世界各国から色んな人が入学してくる。

 きっとハルカも、過去に自分の故郷で何か、そんな雰囲気を身につけざるを得ないような過去なにかがあったんだろう。

 そして、そんな過去なにかは、きっと話したくも、思い出したくもないことだろうから……だからあたしは、ハルカが自分から言い出さない限りは、聞き出さないようにしようって決めているのだ。

 と、その時。背後から声をかけられた。

 ……十中八九、取り囲んでいた人達があたし達に話しかけたのであろう。


「アンタ、シフレ・レグナソルテさん……だよね?」

「……だったら?」


 声の主は、女だった。結構低めな声ではあったけど。

 ……あたしの方が可愛い声してるな。

 あたしはその声に振り返らずに応じると、声の主は手を叩いて笑った。


「あっはぁ〜大〜正〜解〜! 成績優秀、才色兼備、勉強も魔法も上手に出来て、見た目も綺麗でモテるモテる! それがアンタだ、レグナソルテ!」


 ……今、声の主が言ったことは、客観的に自分を鑑みても……まぁ、事実である。

 実際あたしはリオほどじゃないけど勉強はできるし、運動はもちろん魔法もできる。

 後、結構、男子から言い寄られることも多い。

 しかし、大抵は『あんな魔力不全の幼馴染を持つと苦労するだろ?』とか、リオのディスり付きだから、ちゃんとそれ相応の断り方をしている。……しばらくは女の子の誰にも言い寄れなくなるくらい、しっかりとした断り方をね。

 大体そもそも、あたしはずっと昔からリオ一筋なんだから、別に今更誰に言い寄られようが、それがリオ以外の人間なら答えは決まって『NO』一択だ。

 ……閑話休題。

 あたしは声の主に、敵意をたっぷり込めて返答した。


「褒めてるつもり? 事実を列挙されても、特に嬉しくないけど」


 あたしのその発言に、ハルカは感嘆するかのようにヒュ~、と口笛を鳴らした。

 ……そういう反応されると照れるから止めて欲しい。

 声の主は、あたしのその返答ちょうはつが刺さったようで、むきになったような早口でまくしたててきた。


「はっ、違ぇよ自惚れんのも大概にしろや! アンタみたいな奴ゥ、大っ嫌いなんだよね〜アタシらッ!」


 その言葉と同時に、背後で魔力が展開されるのを肌で感じた。声の主が、魔法を行使したのだろう。

 あたしはそれを迎え討つつもりで、魔法を使おうとして……やめた。

 何故なら――あたしの視線の先で、ハルカがウインクしていたから。

 あたしはハルカに微笑みながら言った。


「任せた」

「任された」


 あたしの言葉にわざとらしい敬礼をして笑うハルカは、魔法の引き金を引いた。

 何枚もの魔法陣が、瞬時に周囲各所に描かれた。

 恐らく、あたし達を取り囲む一人一人の数だけ、ハルカが魔法陣を描いたのだろう。

 そして、その魔法陣に敵が気づくと同時かそれよりも早く、ハルカは魔法の弾丸を、その魔法陣から放った。


「【攻撃魔法――全砲各射一斉掃射オールスウィープ】」


 ほぼ同時に重なった悲鳴が響く。取り囲んでいた奴らの悲鳴だ。

 ハルカはニッと笑って言った。


「先行ってていーよ、委員長。コイツらレベルなら何人いても、あくびのついでの片手間だから」

「……うん、ありがと!」


 あたしは一言そう告げると、ハルカに背を向けてその場を立ち去った。

 ハルカは、間違いなく、何か爪を隠している。そしてその、爪を隠していること自体は隠そうともしない。

 胡散臭いこと、極まりないけど、まぁ……それでもあたしがハルカを信じられるのは、彼女があたしの“友達”……だからなのだろうか。

 ――ありがとう。

 あたしがポロッとこぼした一言は、彼女に届いただろうか――そんなことを思いながら、あたしは森の中を走り抜けた。



 △▼△▼△▼



「だからシフレ、全身びしょ濡れだったんだ」


 僕はシフレとハルカさんの、一連の映像を見ながら納得した。

 その横で、一緒に映像を見ていたハゴコロくんが僕に目線を投げかける。


「で、どうする、リオ・エリオード。貴様はこのままシフレ・レグナソルテを追うのか?」


 そう僕に問い質すハゴコロくんの目は、どこか爛々と輝いていて……僕は苦笑しながら応えた。


「……ハルカさんの戦いぶりが、気になるんだよね?」

「……まぁ、否定する理由は無いな」


 つっけんどんとした態度で、ハゴコロくんは僕の問いかけを遠回しに肯定した。

 ……正直、僕もそっちが気になる。そのまま、ハルカさんの戦いぶりを見てみることにしよう。

 ……後、全身びしょ濡れのシフレ……下着が若干透けてて、ちょっと心臓に悪いし……。

 と、ハゴコロくんはそんな僕の内心を読んでいるかのように皮肉っぽく笑った。


「思い人のあられもない姿は心臓に悪かろうしな?」


 ……僕は黙って顔を赤くした。

 まぁいいや……気を取り直して、ハルカさんの戦いの続きを見よう。

 意識を切り替えようとした時、ハゴコロくんは更に話を連ねた。


「……リオ・エリオード。別に俺は貴様の気持ちを否定する気は無い。だが……恋心ソレは弱点にも成り得る。その辺りだけ気をつけろ」

「……?」


 どういう意味だろう……?

 僕は首を傾げながら、しかし深くは意味を考えず、ハルカさんの戦いへと意識を切り替えたのだった。

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